第6話アパシードール

 その薬局は、シャッター商店街の通りからさらに一本隣りの通りにぽつんと建っていて、周りの店はほとんど閉まっていた。

 建物自体はそれほど古くは無さそうだったが営業しているのかどうか、よく見ないと解らない状況だった。

「すみません」

 黴臭い暖簾をくぐって入ると、怪しげな漢方薬や薬品が乱雑に陳列されていた。

「いらっしゃい」

 奥から、老婆が出てくるかと思ったがそれは若い男性だった。

「すみません丸源ドリンクを置いてると伺ったんですが? 」

「丸源ドリンク? そんな物騒なドリンク置いてる訳ないだろ」

「そ、そうですよね」

 やはり単なる噂だったのだろう。

「まぁ、似たような効能の品ならあるんだが」

「似たような効能? 」

「うーん、厳密に言うと違うんだが、明日の自分に頑張ってもらうというのが分かりやすいかな」

「それって、どう違うんですか? 」

「丸源ドリンクの場合は疲れや空腹、眠気を先送りする。だが、丸今ドリンクは今日そのものを先送りするんだ」

 説明を聞いて余計に訳が解らなくなる。

「つまり、何か嫌な事、大変な事をする前に飲めば明日の自分が代わりにやってくれるんだ」

「なんだか凄そうですね。でも副作用とかないんですか? 」

「副作用は、丸源ドリンクと一緒で結局後で辛いって事かな」

「なるほど。飲みすぎたら廃人になるなんて事もないんですか? 」

「さぁ、試した事はないけど大丈夫だと思うがな」

「ちなみにお値段は? 」

 僕がそう言うと薬屋の店主はニヤリと笑い三本の指を立てた。

「3千円? 」

首をふる。

「3万円か?」

さらに、首をふる。

「300円だ」

「安いな、じゃあ買った!」

「ちなみに丸源ドリンクは破格の3万円だよ」

 店主は、ないと言っていた丸源ドリンクのビンをゴロッと出してきた。

「僕は丸今ドリンクでいいや」

「まいど」

 丸源ドリンクにも興味はあったけど、値段が魅力的だったので、そちらを購入する事にした。

 特に使う予定はなかったが鞄の中にいれておく事にした。

 まぁ、試してみていまいちだったら森山課長にでもあげよう。

 そんな風に僕は気楽に考えていた。

 次の日、僕は仕事でとんでもないミスを犯してしまった。

 取引先の蒲山様の機嫌を損ねてしまい9百万円の工事の契約を白紙撤回させてまったのだ。

「どういう事だね森山くん、これは我が社の命運をかけた一大プロジェクトだよ。それを、こんな若造に一任して滅茶苦茶にするなんて何を考えているんだね」

「申し訳ありません」

 僕と森山課長は実際に頭を地面にこすりつけて謝っていた。

「申し訳ありませんは、聞き飽きた。この損失をどうやって、穴埋めするかと聞いているんだよ」

 部長の投げた灰皿が、狙った訳ではないが森山課長の肩に当たる。

「すみません。全て私の責任です」

「そうか、それもそうだな。では、君が9百万円払ってくれるんだな」

 部長の目は本気だった。

 何も言えずに黙り込む。

 課長には家庭も未来もある。

 責任など取りようがないが、自分が何とかしなくては。

「私は、これから社長と話をしにいく。覚悟をしておくんだな」

 それだけ言うと部長は帰って言った。

 僕と森山課長は押し黙り自分のデスクに戻ったがとても仕事をする気にはならなかった。

 ふと、鞄の中に例のドリンクがある事に思い当たったが、使うのは今なのかどうか解らない。

「課長」

 呼びかけてみるが、返事がなかった。

 クビになる程度ならまだマシで、最悪会社から訴えられてしまうのだろうか。

 その日、僕と課長は社長室に呼ばれた。

 恐らく、ここで最後の通達があるにちがいない。

 絶望する前に僕はドリンクを飲む事にした。

そして、社長室に入る寸前で急に目の前が白くなり何も考えられなくなった。

 気が付くと僕は自宅のベットの中にいた。

 どうやら社長室以降の出来事を回避したらしい。

 時計を見ると、出社の時刻が近づいていた。

 クビになったのだろうか。

 このまま出社するべきか迷ったが、会社に行ってみる事にした。

「 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アパシティーシンドローム @namimor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る