第3話未来屋
目が覚めると、いつも通りのボロアパートの天井があった。
日曜日で会社は休みだったが自然と出勤2時間前には目が覚めた。
いつもならダラダラとした休日を過ごすところだが、今日は違った。
着替えを済ませて、家を出る。
もちろん向かうのは休日でも、開いている銀行のATMだった。
半信半疑のまま、暗証番号を入力し金額を確認してみる。
¥300270000
「は、入っていた。そんな馬鹿な」
特に意味はないが、素早く画面を閉じる。
落ち着かない気持ちを抑えて、銀行を出た瞬間、タイミングよく電話が鳴った。
「もしもし、未来屋です」
昨晩と同じ事務的な声が聞こえてくる。
「入金は確認して頂けましたか? 」
「ああ、今確認した。確かに3億振り込まれていた」
「そうですか、それでは徳田さんの未来を回収します」
「ああ、そうしてくれ」
返事をすると、一瞬視界が真っ白になった。
気が付くと、駅のホームでベンチに座っていた。
「ん? どうして俺はこんな所にいるんだ? 」
少し前に、俺は3億もの大金を手に入れた。
そして、億万長者になる未来を未来屋に売ったのだ。
何故か身体のあちこちが怠い。
それに、体も重たい。
とぼとぼと歩きながら自分に起きた出来事を思い出していた。
手洗い場の鏡に映った顔はどうみても80歳ぐらいの老人だった。
それに、体重がかなり増えていて見るからに不健康そうだ。
若い頃に、贅沢の限りを尽くして美味しい物を食べた結果、ぶくぶくと太った老人がいた。
「そんな。俺はまだ億万長者になっていない。何一つ幸せな暮らしを味わっていないぞ」
乾いた声が駅のトイレに響いた。
電話が鳴った。
知らない型の電話で、間違いなく自分のもののようだった。
「徳田様、お久しぶりです。未来屋で」
「いったいどうなっている。訳が解らない」
「徳田様が億万長者になられた時から、浪費されて今の生活になるまでの未来を確かに買い取らせて頂きました。なかなか有意義な人生だったようですね」
「なんだと? 」
「ですから、3億円を手にした徳田様が億万長者になられたのでその期間を回収させて頂きました。そういう契約でしょう?
「……」
「いやぁ、もっと早く3億円使い切られるかと思いましたが、なかなか商売上手で、あれを元手に事業を成功され、莫大な財産を築いた上に、運良く鉱山を掘り当てるなんて流石です」
腰に力が入らず、床に崩れ落ちる。
「知らない。そんな人生俺は知らないぞ」
「私どもの未来予測もまだまだ未熟ですね。3億などという、はした金であなた様の未来を買い取ってしまうとは」
「おい、聞けよ」
「長々と失礼しました。またのご利用をお待ちしております」
以前の事務的な声とは違い、どこか浮ついた声で話し終えると電話は切れてしまった。
「もう一度、かけ直そう。そして、買い戻すんだ」
複雑な未来の携帯電話の操作にてこずりながらも、何とかかけ直す事ができた。
「はい、未来屋です」
事務的な声が聞こえてくる。
「未来を、俺の未来を」
「今ならあなた様の未来を無料で診断させて頂けます。お名前と年齢、健康状態をお聞かせ願えますか? 」
「名前は徳田正好。年齢は……」
80歳ぐらいで、生活習慣病の俺の未来はいったい幾らで買い取ってもらえるのだろうか。
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