第6話【狂い始めた歯車】〜ホテル攻防戦〜
イーストビジネスホテル屋上。
雨は既にあがり雲はながれて隙間から月明かりが差し込んでいた。
「今から一時間前、今回のターゲットであるクリップ兄弟が37階の部屋に戻り、5分前にはこのホテルへ奴らのボスである"ロウエル・トラスト"が取引をしにこのホテルに入ってきた」
手元に持つタブレットを操作してホテルの全体図を映し出す。
「奴らの巡回は1時間ごとの交代で、つい先程交代したばかり。その中で交代した男は2人ほど必ずこの屋上に煙草を吸いにやって来る」
「そいつをどうするんだい?捕まえても特には何も無いだろう?」
マスクの側頭部にNo.5と薄く書かれた「Assassin」というクライマーは手に持つハンドガン【Cz75】に
「Assassin、まだお前は完全に理解してないな……」
途端、ガタンと屋上昇降口が開かれ煙草を咥えた黒服の男がサブマシンガン片手に現れる。見るからにクライマーたちには気づいていないが、数歩歩いた瞬間暗闇に目が光る複数の髑髏を見てサブマシンガンを構えた。
しかしその瞬間、サブマシンガンに何かが巻きついたかと思えば有り得ないほどの勢いで引っ張られサブマシンガンが飛んでいく。
「なっ……!ぐぁ……ッ!!」
慌てて懐のハンドガンを抜こうとするも抜こうとした右手に急激な痛みが走り服の上から血が滲み出す。見ればいつの間にやらナイフが刺さっていた。
痛みにもがこうとしたその瞬間に先程サブマシンガンに巻きついた何かに首を締められる。
(ろ、ロープ……?!)
次の瞬間、声すらあげられないように縛られた男の身体は宙を飛んで背中から屋上ヘリポートの中心へと叩きつけられる。
「ぐ、……!」
叩きつけられた場所に倒れ、慌てて立ち上がろうとするも顔を何者かに蹴り飛ばされ膝を付く姿勢となる。
呆然とした顔で周りを見れば複数の骸骨が自分をゴミでも見るように見下していた。抵抗しようとするも首を鞭で締め付けられ立ち上がろうとすれば蹴りを入れられてしまう。
「あら、叩きつけても生きてるなんてタフガイね」
queenが鞭で絞め殺さない程度に力を込めながら感心したように頷いた。
「ロウエルの部下は軍を除隊されたはみ出し者や、傭兵経験、従軍経験のある奴らばかりらしいからな」
Cloakがその男を軽く蹴りながらいう。
この骸骨の言う通り元軍人である自分が、こんか小柄な奴に蹴られて何故こんなにももがき苦しんでいるのか。男は彼らの正体よりも化物を相手にしている気分だった。
「さて……と」
Deathの声とともにカチャリと音を立てると男を囲むクライマーたちがそれぞれの懐や腰のホルスターからハンドガンを抜く。
「なるほどね……」
Assassinは少し遅れながらも1度しまったハンドガンを再び抜き他のメンバーと同じようにその男の頭に突きつけた。
「そういうことだ、Assassin……」
「ま、まて!なにを……」
撃鉄を起こし──
「開幕の生贄だ」
男の必死の抵抗虚しく、数秒と待たずして男に向けられた数丁のハンドガンの引き金が引かれ同時の息ピッタリの銃声の後、男の脳髄は地面、そして彼らのコートやマスクへと飛び散った。
「ふっふふ〜ん」
チャイナ服を身に纏った少女は気分良さげに鼻歌を歌い、短めのサイドポニーをながら両手に出前で使う岡持ちを持てばホテルのフロントまでとてとてと歩いていった。
「こーんばんはっ」
およそ150cmぐらいだろうか、背の低い少女は背伸びをしながらフロントの女性従業員へと話しかけた。
「こんばんは、どのような御要件でしょうか?」
「私、"
自分が誰かをうち明かすとガサガサとポケットから紙を取り出して読む。
「このホテルにいる、ブランドン・トリックって人に注文頼まれて配達に来たヨ」
名前を言われ、従業員はカタカタと素早くパソコンで検索した。
「ええ、いますよ。37階の375室です」
「名前同姓同名だと困るネ、電話確認して欲しいヨ」
「かしこまりました、少々お待ちを」
「どうもっ」
少女は笑顔で返すと爪先をトントンと地面を叩き、岡持ちの中身が冷めてないのかをチラリと確認する。
中身が問題ないと確認するとフロントの方を見た。受話器片手にどうやら名前確認と注文したかどうかの確認をしてくれているようだ。
すると、フロントの女性が少女に尋ねる。
「注文の中身は、なにか、と……」
「泰平餃子3人前と、王々軒特製大盛りチャーシュー味噌ラーメン、あとセットのチャーハンとレバニラね」
少女の述べた注文品を従業員は繰り返し、しばらくすると「部屋まで届けてくれ」と従業員の口から伝えられ少女は了承した。
「従業員さん、謝々ね」
笑顔で御礼を言い、丁度開いた近くのエレベーターへとサッと入ってゆく。ギリギリセーフで駆け込み安堵のため息。
(階段使えば遅くなるからエレベーターつかお。また店長に遅刻したらどやされちゃう)
そんな事を思いながら目的階を目指す。途中途中に黒服のビジネスマン数人を乗せていく。
だが……。
(な、なんか怖い人多いなぁ……)
共にエレベーターに乗る黒服ビジネスマン3人は少女を中心に囲うように立つせいで、少女は気が気じゃない。
やがて目的階に着いて、早々にそこから出ようとした時である。
「へっ?」
エレベーターの前で、またもや黒服ビジネスマンの2人、今度は後ろの3人よりもガタイのいい男たちが肩を並べ立っていた。
「す、すいませ〜ん通りま〜……す……」
「…………」
「あ、あの……?」
エレベーターの前で立ちふさがる男2人はどかない。階数を間違えたのかエレベーターへ戻ろうとした時、金属のような物が後頭部に当たる。
「ひっ……!?」
なんと、少女を囲うように立っていたエレベーター内の3人が少女の頭にハンドガンを構えていたのだ。
「ちょ、これどういうことね!?私ただの配達員だよ?!」
突然起きた意味不明な出来事につい大声をあげてしまう。
「失礼」
すると、目の前の右側の男が少女に近づくとチャイナ服の上からまるでボディチェックをするかのように胸から腰へとまさぐり始める。
「えっ、ちょ……ん、っ!」
これまた突然のことに擽ったさと恥ずかしさが重なり体に触れられる感触に身をよじらせた。しばらくすると、何も持ってないようなのを確認し終えると少女から離れた。
「おい、なにしてんだ」
その途端、エレベーター外の廊下から怒鳴り声が聞こえてくる。そしてその声の主は歩いてきた。
黒の背広を身にまとう眼鏡をする日本人顔の厳格なビジネスマン。しっかりとスーツを着こなした姿はまさに仕事のできる男といった感じだ。
「チャイニーズフードの配達員です、ボディチェックを……」
「その必要は無い、それは俺とデヴィンが注文した奴だ。見ろ、お嬢さんが怯えてるじゃないか。すぐに銃をしまって俺達の部屋まで案内しろ」
「も、申し訳ありませんMr.ブランドン……」
日本人顔の男は眼鏡をくいっとあげるとその場を立ち去ってしまった。 少女を囲う銃をつきつけた男3人は大人しく銃をしまう。少女は何が起きたか分からず、助かったことを認識すれば涙零れかけた目を手の甲で拭い岡持ちを持ってボディチェックをしてきた男へとついて行った。
「申し訳ない、お嬢さん。うちの部下たちが迷惑をかけた」
イーストビジネスホテル37階、375号室。
少女は先程の眼鏡の男性と、今度は彼の兄弟か或いはなにかであろう顔中傷だらけでブラウンの髪をオールバックに流し、まるでレスラーのような体格をしたカジュアルジャケットを纏った男を目の前にしていた。
「い、いえ〜……そ、そんな……あはは……」
どうしていいか分からず少女は頭を掻いた。そして部屋一帯を見回す。この2人を合わせ、部屋の中には黒服の(恐らくはビジネスマンではない)男たち5人が肩からサブマシンガンを吊るして立っている。
「あ、それではこちら注文の品物ね!」
早めに退散しようと少女は大急ぎで慣れた手付きで岡持ちの中の料理をテーブルへと並べていく。料理は未だ冷めてる気配はなく、まだ湯気を放っていた。
「デヴィン、お前餃子頼んだのか?」
「偶にはいいだろ、ブランドン。俺だって脂っこいものが食べたい。この餃子、脂たっぷりで旨いぞ」
まるで1度食べたことがあるのか、デヴィンはその美味しさを隣のブランドンに語り始めた。
「これで、以上ね」
先程と打って変わった落ち着いたように少女は料理を並べ終え領収書をチャイナ服を取り出す。
「ふむふむ……おい、俺の財布とってくれ」
領収書に目を通し近くに立つ手下らしき男の一人にブランドンは指示をだすと男は手早く持ってくる。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ…………はい、これで。お釣りは要らないよ」
「えっ。いー、ある、さん、すー……で、でもこれ」
渡された金額は領収書に記入されてるより遥かに多い。落ち着きを取り戻した少女も貰った金額をみて再び驚愕する。
「部下たちが迷惑をかけたお詫びだ、受け取ってくれ」
「いや、でもこんなには……」
「……ふぅ、見ての通り俺達はマフィアでね……この街で商売させてもらってる。部下の誰もが武装してるのはマフィアだからさ。現に隣の部屋ではボスが他の組織と取引をしてるし、なにより武器を持った武装集団がここにいる……なんて俺たちの事を外部に渡されるのは……」
少女はすぐに察した。これはつまりは賄賂だ。"金とともに安全に生きて返してやる。だからこの事は外部には漏らすな"ということだろう。なんともおいしい話だが、逆に言えばその約束を違えれば殺すと言ってるようなもの。少女は承諾する他もない。
「それは良かった。そうだ、食べ終わった食器はどうしたらいいんだ?」
デヴィンが岡持ちを持って帰ろうとした少女に声をかけた。どうやら出前のシステムがわかってない様子だ。
「食器はフロントにでも預けておいて下さい、食べ終わった旨をお店にお電話頂ければ回収にくるですよ」
丁寧な説明をするとデヴィンは感心したような風に頷くとその隣のブランドンもまた似たような反応をする。
「わかった、それじゃ食い終わったらフロントに預けておくか。すまなかったな、お嬢さん」
笑顔で礼を述べるデヴィンのその姿はとてもマフィアとは思えない顔だ。悪い人ではないのかもしれない、ふとそんな事を思う。
「いえいえ、こちらこそまた注文くださいね。謝々っ」
重そうな岡持ちを軽々と持ち、外に出ようとして扉を開けたその瞬間だった。
ダーンと、1発の銃声が部屋にまで響いてきた。
「え……」
突然のことだった。ドアを開けた瞬間、銃声が響いたかと思えばそのドアの前で男が一人眉間を1発で撃ち抜かれて倒れていたのだ。
「キャ────ッ!!!」
「なっ、これは……!」
即座に誰かの手が少女を掴み部屋の奥へと押し込んだ。ブランドンだ。何を思ったか、少女の手を掴んで部屋の奥のベッドへと押し倒したのだ。
「そこの3人、お嬢さんを廊下に出さないように見張っとけ」
デヴィンが指示を出して、ブランドンと共に廊下へと走った。
「なにがあった!」
「デヴィンさん、武器を持った変な仮面の連中が……!」
慌てて廊下へと駆け、右側の廊下へと視線を向けた。
「な……!」
そこには異様な光景があった。廊下には3つの死体が転がり、その廊下の遥か向こうから骸骨の仮面をした黒のコートを纏う不思議な集団がそこにいた。
「…………」
Deathは右手に構え突き出していたM1911ハンドガンを下ろすとホルスターへとそれを収めた。
「こちらStriker、ターゲット確認したぜ」
『Striker了解、こっちも確認した。いつでも狙撃可能』
次々と部屋にいた黒服の男たちが銃を構えて出てきた。奥の方では、ターゲットのクリップ兄弟が視認できる。
「あいつの部下たちが邪魔でよく見えないわね……」
flowerが背伸びしてクリップ兄弟を見ようとするが、彼らの部下たちが邪魔なせいでよく見えない。
「あら、結構いい男よ。弟のほうかしら、あのムキムキなのは」
背の高いqueenは背伸びもせずに、デヴィンの方へとマスク越しに見つめた。「いじめがいがありそう」と語尾に一言付け足して。
「ぷっ」
思わずStrikerとCloakが吹き出してしまう。なんとも予想外な反応か。
「そういえば、さっき女の悲鳴みたいな物が聞こえてきたようですけど?」
「出前かなにかだろ、資料に中華料理大好きってあったし」
Assassinの問いにCloakが答えていると、突然Deathは前へと進み出した。ある程度前へと進み、立ち止まれば向こうの方からデヴィンとブランドンが部下たちの間を潜って出てくる。
「…………」
「…………」
2人とDeathが視線を交わし合う。すると、デヴィンは転がる部下の死体を蹴った。
「……殺し屋のクリップ兄弟だな」
相変わらずマスク越しで加工された低い声でDeathが口を開く。
「てめぇは……」
なにか言おうとしたデヴィンをブランドンは止めた。
「その死体か?なに、ちょっとした挨拶替わりだ、Mr.デヴィン・トリック」
「……俺たちが殺し屋と知っててこんな真似を?」
遂にブランドンが口を開く。その声と物腰はとても柔らかで殺気立つデヴィンと違い冷静そのものだ。しかしその冷静さをまとった声の裏腹、視線は怒りがこもっていて、その殺気をDeathのみならずその場の全員が察していた。
「知らなきゃこんな真似しないだろ。アメリカマフィア・Backyard(バックヤード)直属の殺し屋、弟のデヴィン・トリック。そして兄のブランドン・トリック」
Deathもまた冷静な雰囲気漂わせ言う。
「狙いはなんだ、骸骨ども」
少しは落ち着いたのかデヴィンが未だ微かに殺気立ちながら尋ねた。
その時である、ブランドンとデヴィンの間から髭を生やした紳士的な装いをした葉巻を咥えた男がまるで秘書のような女性を一人そばにつれて姿を現した。
「ボス、お部屋にいて下さいと先程……」
「HAHAHAHAHA、何をしてるかと思って見に来たらいけないかな?」
「ですが、命を狙ってるかも……」
「望むところだ、見たところまだ子供見たいじゃないか。ほんの数人で何が出来るというのかね?」
男はまるでこの状況を遊びか或いは冗談かのように笑い飛ばした。
ロウエル・トラスト、32歳。この男こそ、このマフィア・Backyardをほんの1年でまとめあげ大儲けをしているこのマフィアのボスである。
「さて……君たちの狙いはなんなのかね?ボーイ」
あくまで社交的に、紳士的にロウエルは言った。
「他人との会話に勝手に混ざるなって礼儀を学校で習わなかったか、ロウエル・トラスト。そこのデカブツと話をしてたところを割って入ってくんなよ」
「おやおや、若いくせに口だけは達者なようだ。その意気やよし、立派だ」
笑いながら葉巻を咥えて一人ロウエルは拍手をする。本当に態度が大きい、この態度に気に入らないのか後ろで待機していたストライカーが「けっ」と吐き捨てていた。
「目的はなにかな?雇い主は?」
「生憎と、ヤクで小遣い稼ぎしてるてめぇの腐りきった命はいらねぇよ。俺たちの目的は……」
手をかざし、デヴィンとブランドンを指さす。流石に予想外過ぎたのか、ロウエルは目を丸くすると笑い出し、それにつられて周りの部下たちも笑い出した。この兄弟を除いて。
しかし、そんな笑い声すら聞くつもりは無いのかDeathは続けた。
「クリップ兄弟、お前たちは今の私たちにとって驚異になり得る一番の敵だ。その命、貰うぞ」
瞬間、Deathとその後ろに立つクライマーたちがそれぞれ愛用のハンドガンを構える。
それを見た兄弟も、ボスであるロウエルもこれはもはや遊びではないとようやく悟ったようだ。周りの部下たちが瞬時に列を作りサブマシンガンを構えて掃射体勢に入る。そして間髪いれずに後ろの列からM249軽機関銃の銃口が5つ現れた。
「OK、OK。君たちの本気と、狙いがこの兄弟だというのはよく分かった。だがみたまえ」
ずらりと並ぶ幾つもの銃口をまるで自慢するかのようにロウエルは見せつける。
「そちらはハンドガンが数丁、こちらは……ライフル、軽機関銃、サブマシンガンと豊富だ。勝ち目はないだろう?」
勝利を確信し、また笑うロウエル。その顔は、戦力差は歴然だ、諦めて降伏しろと言わんばかり。
だが、この程度で退く筈もなし。Deathやクライマーたちは無論それは分かっていた。
ちらりとマスク越しに後ろをみた。全員震えている。恐怖ではない、ましてや臆した訳でもない。それは紛れもない興奮。獲物を目の前にした獣の猛りだった。
(やれやれ……)
「これだから、血の気の多い奴らは……」
小さく、呟く。
「あ?」
何かを言ったのか、Deathへと尋ね返す。しかし、返ってきた言葉は想像していた答えとは違うものだった。
「ロウエル・トラスト、圧倒的なその力を振りかざそうと俺たちは退くことはない」
「……なに?」
「聞こえなかったか?ヤクのやりすぎで頭だけでなく耳もイカれたのか? つまり、だ……今夜でお前らは終わりなんだよ」
パリン────ッ。
突如、横のガラスに亀裂が走った。何事かと思い、横を向いたその瞬間である。
彼の後ろで軽機関銃を構えていた男たち5人の頭が吹き飛びその脳漿が付近にいた部下や兄弟、そしてもちろんロウエルの顔にも飛び散った。
何が起きたか分からず、後ろで倒れる頭のない5つの死体にロウエルは絶句する。
(まさか、スナイパー……!)
ブランドンが狙撃された方向をみる。隣のビル、同じ階数の部屋から黒光りするものを視界に捉え眼を見開く。
「この威力……M82アンチマテリアルライフルでの遠距離狙撃だと……ッ」
「あまり、俺たちを見くびるなよチンピラども。俺たちは本気だぜ」
ビーッ!ビーッ!
ガラスが割れた衝撃からか、ホテル内の警報が一帯に鳴り響く。すると非常用シャッターが下りて彼らの居る廊下の端と端を封鎖する。
「ちっ!!」
デヴィンがとっさに近くにいた部下のサブマシンガンを奪いDeathに向かって乱射。しかしDeathはそれをものともせず即座にハンドガンを腰のホルスターへと納めればなんとその乱射を後ろにバク転して回避する。
「嘘だろ……ッ?! スモークだ!」
微かに唖然としながらデヴィンは地面に転がる幾つもの爆発物を見る。 Deathが回避と同時にコートの下に隠していた幾つものスモークグレネードを地面に転がしていたのだ。
突如として全員の視界が塞がれ黒服たちはスモークに包まれて咳き込みながら後ろへと後退していく。
(この視界不良の中、発砲しないのは懸命だな)
敵が1発も撃ってこないところを見ると、流石は軍人ばかりと言ったところだ。こればかりはDeathも感心してしまう。
「Death、こっちこっち」
ホテルの部屋のドアを開け、その中へと一旦回避する。中に入ると死体が4つ転がっていて、どれもテーブルに集まりそれぞれの手にトランプを持っているということは恐らくはポーカーか何かの最中に彼らに殺されたのだろう。
「予定通り、35階から下へは行かないように非常用シャッターを下ろしてあるし、屋上でさえいけないように40階からはシャッターを閉じたから」
「ご苦労、queen。Assassin、武器を」
Assassinはテーブルの4つの死体を蹴り飛ばしてどかすと真ん中に大きな鞄をおろし、開けばそれぞれに武器を手早く渡していった。
「flower」
「ん?」
「ほらよ、受け取れ」
Deathが武器をひとつAssassinから渡されるとそれをflowerへと投げ渡しflowerはそれを軽々と片手でキャッチした。
「これは……?」
手渡されたそれはまるでショットガンのような感触だが、カタチが無骨過ぎるせいでショットガンなのかよく分からない。
「コロンビアの奴らがオマケでくれたもので、デュアルフィードシステムを採用したケル・テックCNC開発のKSG12ゲージショットガンの改良型だ。
「まぁ……!」
子どものような嬉しそうな声をあげるとflowerはコッキングし、装填する。
「ショットガン好きだろ、お前。それで今日は暴れろ。最大射程はおよそ30からギリギリ40m、装弾数は15発だが弾はたくさんあるから遠慮なくやれ。途中から合流する事になるがWitchと一緒にこの37階フロアを制圧」
「わかったわ、ありがとうDeath」
マスク越しでもわかる上機嫌な声で言うと部屋の扉の前に立ち、再び廊下に向かってスモークグレネードを投げれば待機する。
「礼はいらねぇさ。シャッターが開いたと同時に移動して制圧だ。35階は既にmouthが狙撃で制圧してくれてる、36階にはqueenとAssassin、StrikerとCloakは39階と40階を頼む、Speedyと俺は38階に行く」
「「了解」」
それぞれ相槌を撃てば武器に弾倉を装填し、ゴーサインを待った。
「Death、奴らの取引相手はどうする。一応はあたしらの目撃者だぞ」
取引相手、それは先程までロウエルと取引をしていた相手で姿こそは見ていないが監視役であるこのホテルのオーナーやmouthからは何も告げられてないという事はまだこのホテル内のどこかにいるということだろう。それを見つけた際、殺すか、はたまた見逃すか。
「その場のお前らの判断に任せる、それは考えてなかったしおまけに考えるのめんどくさい」
Deathは真剣な顔で一言一蹴する。
「でたよ、めんどくさい」
Cloakが呆れ気味に首を横に振った。Deathはとても飽き性な性格で、作戦を一時的に考えはするものの途中から飽きて考えなくなる。
「子育ても放任主義」
「アンタ子どもいないやろ」
緊張感なく言うDeathに対してぱしっとSpeedyが頭を叩く。
「だが、戦力がどのくらいかはわからないからな。交戦するのは構わないが危険だと感じたならすぐに撤退しろ」
「Death、そろそろよ。スモークが晴れるわ」
「了解」
ガチャッとハンドガンにマガジンを込めてドアへと向かう。
『シャッター開閉まで、10……9……』
「くそっ、シャッターが開いたらボスたちをヘリポートまで連れていけ、ヘリがあと数分で来る」
足元に転がる軽機関銃拾い上げればデヴィンは彼らの立っていた廊下の方向へ構えた。
「く、くそ……マダムたちは?」
「マダムたちは既にヘリポートへ向かっているようです、ボスはこのまま退却を、俺たちが食い止めます」
ブランドンは秘書らしき女性とともにロウエルを立ち上がらせると後ろの方のシャッターへと向かう。
もうじき煙が晴れる。晴れた途端にこの弾を全てぶち込んでやる。デヴィンも部下たちもそんな勢いだ。
────ブーッ、ブーッ。
響くサイレンにも似た機械音。同時にシャッターが上へとゆっくり上がってゆく。ブランドンはロウエルを女性秘書に任せて部下の1人からライフルを投げ渡されそれを受け取った。
「デヴィン!」
「まだだ、まだ……」
「何を待ってる!構うな、そのまま煙の中に撃ち込め!」
「ぐぁっ……!」
その瞬間だった。隊列を作り前の方で片膝をつきM16アサルトライフル構えていた数人の部下が大きな発砲音とともに倒れる。
デヴィンはその部下を見ると頭が的確に撃ち抜かれていることをはっきりと見た。煙はまだ完全に晴れてはない、つまりはあの煙の中から発砲してきたという事だ。しかし彼らはマスクをしている、マスクで大幅な視界を遮られているにも関わらず更に煙が加わっては狙いを定め辛い。
(まさか……暗視ゴーグル付きのマスクかっ!)
油断していた、ブランドンが言ったのはこのことだろう。恐らくは彼はあの集団が只者ではないことを、先程の狙撃などで察していた。遠距離狙撃から、目をくらませるためのスモークというようにこれまで意表をついてきた。彼らは自分たちが大きなマフィア集団であることを熟知し、更には名を知り、武装を知り、戦力差を知って尚戦いを挑んできた。ならば自然と相手は充分な装備を整えているとブランドンは確信したのだ。
また意表をついてくる、そうブランドンは予想した。果たしてその予想は見事的中していた。
──ふわり、煙の中から何かが飛び上がる。飛び上がったそれは先程の骸骨のマスクをした集団などではない。前の方で武器を構えていた黒服たちの視線が一気に上へと集まる。
そこにいたのは、ブレザーを纏いスカートをたなびかせた華凛な女子高生のような少女だった。飛び上がった衝撃からか淡いピンクの髪とスカートの裾は揺れ上がり、近くにいた男たちは一瞬そのスカートの中身の下着へと目を奪われる。
しかし、華凛な女子高生はその清らかな美しい制服には不釣り合いな格好と共に無骨な黒いショットガンをその手に持っていた。
カチャッ、と……銃口が男の1人に向けられる。
微笑むと同時に少女はその男の1人を一瞬の瞬きのうちに撃ち抜いたのだった。その光景に近くの男たちはハッと我に返る。これは敵だと、遅れて脳が認識する。
「遅いわよ」
冷徹な凍えた雪の様な声が一言告げる。
「がっ……」
男たちは、少女の素早いショットガンの操作に対応しきれずその凶弾の元に倒れた。
早い。幸いにしてブランドンの目はとても良く、蠅やプロの卓球選手の球筋を目で終える程素早くブランドン自身もその動体視力の良さを自称している。
(滞空時間はほんの一瞬、部下たちが自身に見とれ驚いている隙に素早くショットガンを装填、発砲……そしてそれを3度繰り返す……あの一瞬でそんな事が出来るとは……)
「デヴィン、お前はボスの所へ急げ」
「なんだと?」
「相手は只者じゃない。俺たちが目的だと言うが実際は分からない。いいか、ボスを守れ」
「馬鹿野郎!あれが只者じゃないなら尚更2人の方が……はっ、まさか……」
デヴィンが少女の後ろの廊下を見る。他の骸骨の集団がなんと居ないのだ。
「奴らは部隊を分断してボスを追うつもりだ、早くいけ。すぐに合流する」
「ちっ……任せたぞブランドン、死ぬなよ……」
「……わかってる、プロの殺し屋があんな子どもに負けるわけないだろ」
ブランドンは笑った。笑い懐から二丁のハンドガンを取り出す。
「そうだな……ボスをヘリに無事乗せたらすぐ戻ってくる」
「助かる……行け」
その言葉とともに、デヴィンはそう遠くには行ってないであろうボス・ロウエルの元へと駆けた。
「……さて」
ブランドンは遥か眼前でショットガンで正確に部下たちを仕留めていく姿に関心すると同時に恐れた。人間離れしたあの素早さ、判断力、そして戦闘能力。
見た目はただの何処にでもいる真面目な女子高生だ、そんな女子高生が武器を持ち従軍経験のある精鋭たちを瞬く間に倒していく。これを恐怖せずしてなんとするのか。
だが、ブランドンには自信があった。目の前の敵は確かに強い、これまでよりも……しかして自分の方が踏んでいる場数が違う。
自分はこんなガキに負けない殺し屋だ、と。
(ふふっ)
優香は楽しんでいた。手に持つ新しいパートナーはとても頼もしい。たちどころに敵の脳髄飛び散らせ破壊する、彼女はこの武器を大いに気に入った。
「よいしょ」
サッと物陰に隠れる。銃弾の雨は止むことはなく、物陰に隠れる優香をいつまでも狙い続けてきた。その間に素早くショットシェルをショットガンへと込めていく。やがて満タンになると優香はそのショットガンを背中へと背負った。
(少し、我慢……)
ブレザーのネクタイを少し緩め肩の力を抜いた。その一瞬、銃声がなり止みその一瞬で優香は物陰から飛び出し走る。
(あら、さっきのメガネの男が居ない)
予想通り、男たちは装填している最中だった。素早く廊下を走り抜け途中落ちているサブマシンガンを拾い上げそれを薙ぎ払うように乱射する。次の物陰に近づくと同時に弾切れになった二丁のサブマシンガンを男の2人に投げ捨て的確に顔面にぶつけ、ひとたび物陰に隠れればすぐさま突出しショットガンを構え乱射。
返り血が彼女の顔へとつく。
「うふ……綺麗な、お華」
イーストビジネスホテル36階フロア、queen・Assassinペア。
「全く、嫌になるわね」
壁際から身を乗り出し愛銃である、M4クイーンカスタムを発砲しながら愚痴を零す。その顔は仮面を外しているため、素顔は露わになっている。その反対側の壁際、Assassinもまた己の仮面を脱いでいた。
「おや、今回のは乗り気じゃないので?」
緑の髪を揺らして、Assassin……もとい神村雅はマガジンをG36アサルトライフルに込めて同じように身を乗り出して発砲する。
「そういう訳じゃないわよ、雑魚ばかり相手にしてると楽しみなくなるわ……いい男いないし」
ため息漏らし、身体を壁際へと引っ込めた。彼女(?)にはどうやらこんな弱い連中を相手にしてるより目的のあの兄弟を相手にしたかったようだ。どうにも、あの筋骨隆々な方、デヴィン・トリックが気に入ったらしい。
「ああいう男、虐めてみたくない?」
「さぁ、どうでしょう……僕はタイプではありませんね。それっ」
グレネードを廊下の奥に投擲する。
「僕が女性なら、片割れのあのブランドンという男がタイプですかね」
「あら、意外。厳格な男がタイプ?」
グレネードが爆発すると2人は同時に身を乗り出して廊下を走り進んだ。
「いえ、仮に僕が女性ならああいう男性の方が惹かれます。僕はどちらかと言うと遊び人な女性が好きですので」
廊下で立ち止まりグレネードの爆発から逃れ未だ息のある黒服2人の頭を撃ち抜く。
「へぇ、アンタはギャル系とか好み?お家が厳しいんじゃなかったかしら」
なんということか、2人は呑気に世間話をしている。敵陣真っ只中にいるというのに2人はその緊張感すらまるでない。否、これが2人のやり方だ。
女王(queen)のようにその場を悠々自適に歩き、暗殺者(Assassin)のように静かにさり気なく敵を仕留める。
「さ、行くわよ。このフロア片付けて次の仕事しなきゃアタシたちは」
「そうですね……では、レディーファーストを……女王様」
皮肉を言うように雅は頭を下げ、先へどうぞと紳士的に促す。それにシエラは軽く笑いかけ、ライフル構えて歩き出した。その後ろを、雅は静かに後をついて行く。
39階フロア、廊下。
「くそっ、くそっ!」
ここでも、黒服たちは苦戦していた。
「おらおら、どうした!」
自分よりも背の高い男を香織は苦もなくその巨体を持ち上げ盾にして銃弾を防ぐ。既に盾にしている男の息はなく、頭を撃ち抜かれ絶命している。
「そら、受け取れっ!」
死体を男たちの方へと投げ、それに乗じてグレネードのピンを抜き転がす。
「へへっ、どんなもんだ」
香織もまた仮面を取り素顔を晒したまま戦闘をしている。そんなにもあの仮面は彼らにとって重要ではないものなのか。
「暑苦しいな、やっぱり」
部屋の一室からCloakが姿を現し、血の付着したサバイバルナイフを払う。血はその場に転がる死体の一つに飛び散り、Cloakはナイフを腰のホルダーに納刀すれば仰ぎながらマスクを取る。
「だーから言ったろ、暑いからあたしはマスク付けたくないって」
ハンドガンの弾倉を再装填しながら香織は首を横に振った。額からは汗を流し、袖でその汗を拭う。
彼女の前に立つオレンジに近い茶髪で切れ長の目の少年は頭をフルフルと振って髪型を整えるとぶら下げていたAN97アサルトライフルを持った。
「まぁ、どのみちここにいる奴ら全員殺すから別に見られても問題ねぇしな」
言いながら隣の部屋へ移動し、ドアからいきなりフルオートで発射する。部屋の奥から聞こえる幾つかの悲鳴、恐らくは奇襲か挟み撃ちでもしようとしていたのだろう。そんなものは効かないと言わんばかりに少年は鼻を鳴らし肩を竦める。
次行くか、とアイコンタクトを取ると2人はフロアの角を曲がろうとする。
「げっ!」
先に歩いていた香織が素っ頓狂な声を上げ即座に身体を引っ込め少年はそれに釣られて引っ込んでしまう。
「シロ!!」
耳に付けている無線のスイッチを入れ、慌てて名前を呼ぶ。
『…………え?なに?』
何かを咀嚼する音と共にしばらくしてようやく返事が返ってくる。
「……何食ってんのお前」
思わずポカンと香織は口を開けたまま尋ねた。
『……ドーナツ』
「マジかよ、俺にも後でくれシロ」
『これ、最後のひとつ……はむっ』
静かにそう答えると、大きな発砲音が無線越しから響く。
「って!!ちげーよ、シロ!」
『ん……どしたの』
慌てて香織は話題を元に戻し再び今度は何かに気をつけながら壁際から身を乗り出した。
「お前、大した装備は無いっていってなかったか!?奴らとんでもねぇモン持ってやがるぞ!」
香織が何を言っているのか分からず、隣の少年も気になるのか微かに顔半分を壁際覗かせる。
「うっわ……やっべ……」
『……?』
「奴ら、セントリーガン配備してやがる!」
『……詳細を』
「今送る」
少年はマスクを被ると視覚をズームさせ廊下の向こうにある幾つもの固定されたガトリング砲を見た。そして、パシャリと連続してシャッター音がなりすぐさまCloakは身を隠す。
「…………」
写真はすぐさまシロの手元の端末へと送られてきた。
「……これは、まずいね」
写真に写っていたのは3基のセントリーガンと呼ばれる固定されたガトリング砲。
『ハッキングできるか?』
「無理……これは完璧に孤立したマシーン、ホテル内のネットワークとかには繋がってないしハッキングは無理」
『ちっ!破壊する他無いわけか……!』
「やめといた方がいいよ、香織。そのセントリーガン、かなり特殊」
カタカタと端末のコンソールを弄りそのセントリーガンの構造をシロは調べる。
「既存のセントリーガンより異なるタイプのだ、恐らくはオリジナル……或いはカスタムされたやつ」
『もちっとわかりやすく言ってくれ』
呆れた声でCloakが言う。
「要するに、ちょっとやそっとじゃ壊れない。装甲はタングステン加工されててアサルトライフルと言ったような並の銃弾は通さない……僕の12.7ミリなら破壊出来るけど生憎そこまで届かない」
ホテルの構造からして見えない訳では無いが、壁が厚く幾つも貫通する事は難しい。つまりはシロもこれはお手上げだ。
「……Deathに指示を仰ぐ、2人とも対ミサイル誘導用のフレアグレネードは?」
『持ってる』
「了解、フレアグレネードの効き目はひとつおよそ1分未満。1人3つは所持してるから2人で合わせて6つ、そのセントリーガンは敵味方の識別を鮮明にすると同時に熱源探知して動くしそのフレアグレネードを囮にしてしばらく時間を稼いで」
『わかった、なるべく早くしてくれ』
一旦狙撃の手をやめて通信回線を切り替えて端末のDeathと書かれているアイコンをタップする。
「あ?どした」
二丁のハンドガンを構えてDeathは器用にも同時に弾倉2本を捨てればこれもまたほぼ同時にリロードをする。
『少し問題が』
「待ってろ」
言い終わらないうちに無線機を切る。話している余裕は今の彼と隣のSpeedyには無かった。
多い。他のフロアよりも比較にならないほどの数だ。恐らくはこのフロアはボスであるロウエルが泊まっていたフロアなのだろう。それで人も多く警備が厳重なのは納得だ。
部屋から続々と黒服たちが出てくるが大半がなすすべなく倒れていく。部屋のドアを開けて攻撃しようと身を乗り出した途端に的確なヘッドショットが襲いかかるのだ。
しかし、それでもDeathやSpeedyに襲いかかる銃弾の雨も他のフロアとは比較にならないものだ。先程から何発もその体に受けているにも関わらず2人は平然とその場に立ち黒服たちを倒していっている。
「なんでだ!なんで奴は倒れない!防弾チョッキ来ててもダメージはある筈だろ!」
「くそ!ヤクでも使ってんのか……ぐぁっ!」
(お前らみたいなのと一緒にするなよ……)
廊下で口々に叫ぶ黒服たちに心の中で言い返す。
「随分ぎょーさんの弾丸持ってきたもんやな敵さんも」
Deathの後ろで隠れてSpeedyがリボルバーをリロードしながら敵に感心する。確かにSpeedyの言う通りここまで持ち込むにはそれなりの協力が必要となる。恐らくはだれかが税関やらなんやらで手を回したりしたか或いは賄賂などで買収したのだろうか。
「リロードは済んだのか、早く手伝え」
「そんな急かさんでええやんか、ほんならはよ突撃合図出しいや」
そう言われると、途端Deathは身を翻した。
「へっ?」
Speedyが声を上げると同時にDeathとSpeedyの位置が逆転した。言葉での合図を待っていたのだが、これが彼なりの合図だ。
位置を逆転すると、なんというタイミングか敵がチャンスと言わんばかりに廊下へとでて来た。
だがそれが運の尽きだ。それは決してチャンスなどではない。
コートを翻し、1度納めたリボルバーが驚くべき速さで抜かれる。そのリボルバーの名はシングルアクションアーミー、通称SAAと呼ばれる西部開拓時代のリボルバーであり現代ではほぼ見ることの無くなったものだ。
一瞬にして、雪崩出てきた男達はすぐさま死体となる。1発1発が的確に心臓を撃ち抜いている。その速さは2秒と経っていない。
それを期に、1度攻撃の手が止んだ。
「ふぅ」
銃口の硝煙を吹き、リボルバーをくるくるとガンアクションのように回せばすっと流れるようにホルスターへと納めた。
「お見事だ、Speedy」
それを見てそう告げるとSpeedyの背後から身を乗り出して走り出した。
「おおきに〜」
Deathの後をSpeedyが追うと曲がり角までたどり着く。Speedyはこれまた驚くべき速さで手早くリロードしてDeathもまたリロードを終えて一気に二人並んで曲がり角を曲がる。ここもやはり数が多い、情報より20人は超えている可能性がありそうだ。
カチッ、カチッ。
「やば」
連射してドカドカ撃っていたM1911ハンドガンのスライドに薬莢が挟まる。不運なことに両方ともだ。Deathはそのジャムったハンドガンを両方とも投げ捨て壁へと隠れそれに釣られてSpeedyも隠れた。
「Speedy、ライフル寄越せ」
「ほいきた、大事につかってな」
一旦Speedyはホルスターにリボルバーを納めると背中に背負っていたこれもまた西部開拓時代のレバーアクション式ライフル、M1873イエローボーイを投げ渡す。
「サンキュ」
キャッチするとレバーをカチャリとコックしてすぐさま廊下へと突出し、構えると発砲。
彼の速さも大したものだった。Speedyには劣るものの鍛えればそれなりに張り合えるだろう。
前進しながらコックし敵の頭を狙いすかさず発砲。それをDeathは苦もなくこなしていく。
「ちぃ、っ……くたばりやがれ……!」
胸を撃たれてなお男のひとりが立ち上がった。そしてポケットから手榴弾を取り出したかと思えばピンを抜き持てる最後の力でDeathに向かって投げる。それを見ていた後ろのSpeedyが叫んだ。
「ちょ、Death!前々!」
「よっ」
驚くことにDeathはそれに怯むことなどなく、手に持つライフルを投げバレル部分を持つと野球バットの如くそれを振るい飛んできたグレネードを打ち返す。
「え……」
男の抵抗虚しく、爆発とともにその男は消え去る。
「ナイスホームランだな」
肩にライフルを担ぎ誇らしげにDeathは言う。その様子にいやいやとSpeedyは思わずツッコミを入れる。
(やっぱ……怖いわコイツ……なんで一切の恐怖もせずにあんなこと出来んねん……)
「ん?……Speedy」
「なんや、どないした?」
Deathが視線を向けてる方へとSpeedyは視線を送る。廊下の遥か向こう、階段へと続く通路にはデヴィンと女性秘書、そしてロウエルの姿があった。数人の部下に囲まれ上を上がっていく様子から察するにヘリポートから逃げるつもりなのだろう。
すると、こちらに気づいたのかデヴィンがDeathの方を見る。そしてロウエルもまたDeathの存在に気付き、2人を睨み付ければ悔しそうに舌打ちをして階段を上がっていく。
「Speedy、このフロアの後始末を任せる」
「ん、了解」
「上のほうでセントリーガンが暴れてるらしいからな、止めてくる。ついでに……」
ちらりとデヴィンたちの走り去った方を見る。
「わかった、ほんじゃ後はうちにまかしいや。すぐに片付けてうちも行く」
リボルバーを二丁ホルスターから取り出しウエスタンのガンマンが如く構えてSpeedyは言う。そしてそれを了承したDeathは持っていたレバーアクションライフルを地面に置き足元に転がるアサルトライフルを足で巧みに蹴り上げ手に取って走り出した。
しかし、走り出したのはなんと敵陣真っ只中だ。敵中突破、待つこともなくDeathは走りその後からリボルバーでSpeedyが擁護し、Deathの邪魔になる敵を1人1人始末していく。男の1人が胸を撃たれ膝をつくとその顔を踏み台に高く跳躍、一気に敵陣を抜け階段へと到達しロウエルたちを追った。
「…………」
部屋の一室を蹴り開け優香はショットガンを再装填しながらゆっくりと部屋へと入った。
部屋は暗く、何も見えない。微かに隣のビルの光と月の光が隣のビルから反射してある程度は見えるぐらいだ。
耳をすまし、部屋の中を探る。気配はない。流石はビジネスホテルだけあって中も広く、ひとりで使うには勿体ない。優香は人気がないことを確認するとショットガンの銃口を下げてテーブルの方へと歩く。
「……いい匂い」
既に冷めてしまったのだろうか、テーブルの上にはデヴィンとブランドンが出前で頼んだ中華料理がいくつか並んでいた。だが、その美味しそうな匂いとともに別の匂いが優香の鼻腔をくすぐる。
ベッド近くに垂れ続ける大量の真っ赤な液体、紛れもないそれは人間の血液だ。しかしこんな匂いは既に慣れている、特に嫌というわけでなく清々しい気分にもなる。
だが、気に入らなかった。彼女にはその血の飛び散り方が美しくは微塵たりとも感じない。ただ垂れただけの血、ただ流れるだけの血には興味はない。
そして、恐らくは自分はこの手口の使い手を知っている。的確に喉を掻き切り、潰し、腹を切り裂くその手法の持ち主。
ブーツで床の血溜まりの上を踏み歩きながらベッドの近くで震えている赤いチャイナ服を纏った少女を見つけた。
「へ……?」
そこにいた少女は、デヴィンたちに中華料理を届けに来た娘だ。優香の気配に気付き、上げられたその顔は恐怖で包まれ、頭を抱えていたその手には血溜まりにでも触れたのか血が付着している。
「ここで何してるのよ、Witch」
途端、少女の震えが止まる。そして怯えていた表情は消え、にへらと優香へと微笑みかけた。
「あり?バレちゃった、えへへ……」
バツが悪そうに少女は立ち上がると血塗れた手のまま頬を掻き、それを見かねた優香はポケットからハンカチを出して手渡す。
「
「
中国語で御礼を言う少女、Witchに対して優香もまた中国語で返した。
「ふふ、随分と手際がいいのね」
彼女の足元に転がる3つの死体を見て褒めるように優香は笑った。
死体は2つとも的確に喉を切り裂かれている。クライマーの中でここまで的確な暗殺をするのはこの娘くらいなものだ。
「今回薬物は持ってきてないんだ、ホントならこの死体の顔に硫酸かけて溶かそうとしたのに〜……その方がやっぱり綺麗なんだけどなぁ……」
どことなく残念そうに言いながら手の血をあらかた拭き取りチャイナ服の懐へとしまう。
「このフロアは片付けたの?」
死体の一つからサブマシンガンを取り、残り2つの死体からも弾倉を奪い部屋にあったバッグへと詰め込みそれを肩にかけた。
「残るはメガネの男だけよ、雑魚の相手してたら逃がしちゃって」
苦笑しながらいうとさり気なく手に持つショットガンへと弾を込める。やがて二人して準備が整えば廊下へと向かう。
「状況はどんな感じ?」
「いつも通り、優勢よ。敵のボスと兄弟の片割れはヘリポートに向かってて、追い詰めてる。私は今からメガネの方の片割れ捕まえて始末するわ」
「それじゃ残ってる獲物はそれだけか〜……合流してフロア制圧って言われてたのにー!!」
ぶんぶんと手を子供のように振ると優香の胸をぽかぽかと叩く。それに優香は笑いながら頭をよしよしと撫でた。すると叩く手は止み、むしろ撫でられるのが嬉しいのかWitchは笑みをこぼす。
「さ、行きましょ。モタモタしてたらいつ警察が嗅ぎつけ……」
部屋のドアをくぐり外へと出ようとしたその瞬間、フッと優香は頭部のみを後ろへと下げた。ツーッと、優香の首から一筋の血液が流れ出る。そこにあったのは目に見えない極細のワイヤー。Witchは背が低いため回避出来てたが優香がもう1歩進み出ていたら確実に首が切断されていただろう。
「せいっ」
Witchが手に隠し持つ細い針でそれをピッと切断する。
「ちっ……勘が鋭いな、お嬢さん」
部屋を出て左奥、眼鏡スーツの男・ブランドンが英国紳士のようにステッキを持ちながらそこに立っていた。
「探す手間……省けたわね、ブランドン・トリック」
カチャッ
素早く銃口を向けてトリガーを引くが、弾は発射されなかった。
「…………」
薬室には弾を込めた、いつでも撃てる状態にしていた。だが、弾は放たれず次の瞬間には手に持つショットガンの銃身がズルリと豆腐のように地面に落ちていく。
優香は表情ひとつ崩さず優しい気配漂う無表情のまま瞬時に既に使い物になるはずの無いそのショットガンをブランドンの顔に向けて投げ捨てる。
それに合わせてWitchは優香の横から姿を見せると一気にブランドンへと先程鹵獲したサブマシンガンを掃射。しかしてそれは1発として当たることはなくブランドンはバックステップでそれを回避して物陰まで行くと身を隠した。
「あちゃー……当たらないよあいつ」
「そう見たいね、ふふ、流石はプロの殺し屋。身のこなしが化物じゃない」
即座に2人とも廊下へと出ればブランドンと同じように反対の廊下へと行き物陰へと退避する。
「お嬢さんたちこそ、化物じみた身体能力じゃないか」
「そちらほどではないわ、殺し屋さん」
物陰に隠れたままブランドンと優香が言葉を交わしていく。Witchは弾倉を再装填し、優香は手持ちの武装を確認する。拳銃は愚か飛び道具がろくに無く、あるのは愛用の武器である特製ワイヤーのヨーヨーとサバイバルナイフのみだ。
「まずいわね……」
恐らくは相手も武器はワイヤーのようだが、手にしていたあのステッキがいかにも怪しい。
「Witch、あの獲物……貴女にあげるわ」
「えっ、ほんとっ!」
その言葉を聞くとWitchは目を輝かせた。
「あれ、でもなんで……」
「私は武器がもう無いしね、今日そんなに楽しめてないでしょ」
それは彼女なりの気遣いだった。恐らくは今までずっとあの部屋でWitchが待機してたという事はつまりあの3人の男ぐらいしか殺せてないという訳だ。それではあまりにも不憫、そう優香は考えていた。
「油断はしないでね、私は下のフロアにいるqueenたちの方へ行ってくるわ」
「わかった、気をつけてね、flower。はいこれ」
持っていたサブマシンガンとマガジンを詰め込んだバッグを渡すと物陰から体を出し、flowerは後ろの廊下へと下へ向かうため階段へと走っていく。
「いたいた……」
廊下の向こう、先程と同じ位置にブランドンは立っていた。しかしその手にはワイヤーは無く、手にしていたのはやはり杖、老人が使うようないたって普通な杖だ。しかし一見木製に見えるそれは目を凝らしよく見れば電灯で微かに光を反射している。
「まさか、あのチャイニーズフードの女が奴らの仲間だったとはな」
ステッキをくるくると棒術のように扱うとそれを中国拳法のように構えた。
「にししー、結構うまい演技だったでしょっ悲鳴とか」
微かに疑っていたとはいえ、実際ブランドンもこのWitchには騙された。なんという演技のうまさか、悲鳴といい、怯え方といい。
「役者の方が稼げるんじゃないか、チャイニーズ」
「あいやー、私も役者で女優目指したいけどネ。あいにく中華料理屋のバイト娘だからっ」
まだ演技を続けているのか片言の胡散臭い中国人口調でからかうようにいえば、チャイナ服のスカートの裾から何本もの針を取り出せばそれを両方の指の間で持ち功夫の構えを取る。
「来るネ、本物の功夫見せてあげる」
Witchはちょいちょいと針を持つ拳で手招きをした。
39階フロア西廊下では銃撃戦が今なお続いている。セントリーガンにより、StrikerとCloakは行く手を阻まれているせいで手も足も出ない状況だ。
「Death、まだか!フレアもう無いぞ!」
「Striker、こいつで最後だ」
「くそ……!」
隣のCloakから受け取りそれを廊下端へと投げ捨てた。セントリーガン3基ある時点で既に厄介だ。3基を釣ることは出来たのだが、かといって身を乗り出せばすぐに照準をこちらに向けてくる。おまけに敵の銃撃も止むことなど無かったせいでまともに戦えたものではない。
「まってろ、もうすぐだ」
39階へと続く東階段付近。Deathはそこでデヴィンとロウエルを始末しようとするも数人の部下が円陣を敷き守っているせいで先程から少しずつ進みながら階段での攻防が繰り広げられていた。
「あの野郎、すばしっこい!」
サブマシンガンをデヴィンは連射するも即座に壁へと隠れられ1発としてDeathには当たらない。そしてまた部下の1人が頭をDeathにより撃ち抜かれて倒れる。
「デヴィン、デヴィン!」
ロウエルが弾倉交換しているデヴィンの名を叫んだ。
「奴らの目的はお前らだろう、ならこのフロアで食い止めろ!」
「ですがボス、ヘリポートまで守らねぇと……」
「馬鹿か、お前は。お前らが傍にいるだけで奴らの巻き添えを喰らう!いいか、私のガードはメリッサと他の部下がしてくれるからお前はあの連中をこのフロアで足止めするんだ、絶対私のところまで来させるなよ」
「くっ……」
悔しそうに舌打ちするとちらりと彼の秘書である女性のメリッサを見た。デヴィンにはどうにも弱々しいこの女がボディガードには向いているとは思えない。だが、この場は決断する他なかった。
「お前ら、ボスをヘリポートまで案内しろ!」
すぐそこの階下にいるDeathに向かって牽制射撃をして階段を上がれるように道を開く。Deathが一歩として進まずにいたそのチャンスを狙うとロウエルはメリッサに連れられ素早く階段を上がっていった。
「逃がしたか……」
同時にデヴィンはロウエルの後を追わずにそのまま39階へと消えてゆく。
『Death!』
怒鳴り声が無線から響く。
「へーへー、うるせぇな。今いくよ」
ため息混じりにそういうとDeathは仕方なしといった感じで階段をあがる。待ち伏せを想定し39階に1度到着すればすぐに壁へと姿を消す。
「出てきやがれこの骸骨野郎!!」
案の定だ。デヴィンは軽機関銃を構えてその場で待ち伏せをしていた。まだそんな武器を隠していたとは恐れ入る。
「
マスクを暗視モードに切り替え、コートの懐から幾つかのグレネードを取り出す。
「そら、受け取れ。サンタさんからの一足早いクリスマスプレゼントだ」
ピンを引き抜きスモークグレネードをありったけ取り出しそれをデヴィンや他の敵がいる廊下へと投擲、或いは転がした。
「ぐ、またスモークか……!」
転がってきたスモークは瞬く間に赤い煙を吹き散らしながらその場に広がり廊下一帯を包み込み全員の視界を遮ってしまう。
「fuck!!」
デヴィン自身、Deathが来ることを察知したのか彼がいるであろう廊下へと視界遮られる中で発砲する。しかし手応えはまるでなく、射撃を止めたその一瞬の出来事であった。素早い何かが通り過ぎ敵陣を突き抜けていく。デヴィンの後方の煙の中で響く悲鳴と発砲音。それは紛れもないDeathの仕業。
彼はデヴィンを仕留めずに通り過ぎると煙の中をまるで駆け抜けるが如く走り、両手のカランビットナイフを走りながら振るう。振るわれたそれは煙の中で立ち往生していた男たちを無情にも切り裂き、命を死神の如く刈り取る。
やがて暗視モード越しにセントリーガンの熱源を捉えた。
「シロ、手早く頼む。スモークの効き目は短いからな」
『了解、まず銃座の下にある関節部の隙間わかる?』
「バッチリ見える。配線たっぷりだな、カロリー高そうだ。これを切り裂けばいいな?」
『切り裂くよりもまずはモーター駆動部になにかナイフをぶち込んで停止して』
「OK」
幸いにして所持するナイフは1本のサバイバルナイフと2本のカランビットナイフ。犠牲にするのは多少惜しいがその際仕方ない。Deathはカランビットナイフの鋭い先端部を突き刺した。するとガトリング砲がガクガクと油を挿し忘れて壊れかけたロボットのように動く。
『それだけじゃ止まらない、さっきの配線部分を切断するか破壊して。その手順で行かないと砲身が爆発する』
「これだから機械は嫌いなんだよ、小うるさい女みてぇにデリケート過ぎる」
先程廊下を走りながら鹵獲したハンドガンを抜きそれを配線に向かって連続して撃ち込む。数秒後、雑な機械音とともに1基のセントリーガンは沈黙する。
「よし、次だな」
「おらぁっ!!」
「あぶなっ!!」
突如Deathの立っていた場所へ軽機関銃のストック部分が振り下ろされ間一髪で回避、強烈なその馬鹿力により軽機関銃のストック部分が破壊された。
「見つけたぞ、小僧……」
ハァーとデヴィンが息を吐き、まるで狼男かのようにその巨躯でDeathの前へと立った。
「馬鹿でかいなぁ、おい……」
「逃がさねぇぞクソガキィ……」
さっきまでそんなに大きくなかったデヴィンの体が大きくなり筋骨隆々な身体はより一層の隆々さを増している。間違いなくこれは薬物使用による作用、Deathは何度と見てきたからそれはすぐに分かった。
「筋肉増強型強化ステロイドか、厄介なブツ使ってやがる」
「死ねぇ!!」
両の拳を握りハンマーの如く振り下ろされたそれをDeathは前に転がり再び間一髪回避する。デヴィンのその一撃に先程破壊したセントリーガンの上部が微かに凹んでいる。
「うぇ……タングステンが凹んだ……」
今になってデヴィンがステロイドを使ったということはDeathたちにはこうでもしないと勝てないと踏んだのか、それともこれが彼なりの戦い方なのか。なんにせよ戦闘スタイルの情報は手に入れてないためどうする事もないし、打開策はない。それに、めんどくさい。Deathはそう心の中で呟いた。
「ふふふふ、どうだ……これならお前に勝ち目はあるまい小僧……」
さながらアメリカンヒーローの悪役に出てきそうな巨大な体へとデヴィンは変化しているせいでどうにも自然と勝ち目がなさそうな気がしてくる。
「デヴィンよ、お前案外周りをよく見ないタイプだろ?」
「……ハァ?」
Deathの言ってることが分からずデヴィンは彼が上げた右手を見た。その手にはいつの間にかスイッチが握られていてなにかと首を傾げる。
「それでこのホテル爆破しようってか?おいおい、そんなことしたら……」
「流石にそこまでヤキ回ってねぇよ、俺だって死にたくねぇしな」
カチッと手元のスイッチが押される。しかし、どこからも爆発音はなく建物が揺れる素振りもない。
ギ、ギ、ギギギ……シュー……
「なにっ?!」
それは爆弾などでは決してなかった。スイッチが押された直後まだ残っていた2基のセントリーガンが煙を出してショートしてしまっている。
「うちのメカニック特製のEMP無効化装置だ、精密機器なのが仇となったな。もう使えねぇぜそのセントリーガンは」
「こ、のっ……クソガキがぁぁ!!」
「おっと、後方注意だぜおっさん。大型トラック地獄直送便のお通りだ」
デヴィンがまたも拳を振り下ろしDeathを叩き潰そうとしていたその瞬間だった。後ろからのとてつもない殺気に思わず後ろを振り向く。直後視界を二つの左右非対称の靴底が塞ぎそのまま顔面へと勢いよく飛んで顔を踏みつけ直撃する。人間離れしたそのパワーに圧倒されその勢いでデヴィンは廊下をゴロゴロと転がっていった。
そして蹴った本人であるStrikerとCloakが着地してDeathの傍に立つ。
「うちのチーム特製、キック強化した軽量かつ硬い特製厚底ブーツ。今なら5000円で購入可能、お求めは地獄の雑貨店でな」
がくりと、デヴィンは壁に叩きつけられた後にしばらくしてその場で気を失ってしまった。
「ったく、おせぇぞ馬鹿。死ぬかと思ったじゃねぇか」
「そういうなよ、Striker。Deathが来なかったら今頃どうなってたか」
怒りDeathを睨むStrikerを宥めるようにCloakは言う。Strikerは納得行かないように地面の死体を蹴り、その怒りを発散する。
「そう怒るな、Striker。今回のは予定外だったんだ、仕方ない」
ちらりとDeathは気絶するデヴィンを見た。確実に殺してはいない。
「あいつで発散しようじゃねぇの」
手持ちにはハンドガンしかなく、Deathは落ちていた先程のデヴィンが使用していた軽機関銃を手に取る。そして3人はデヴィンの目の前まで行くと、武器を構え身体へと銃口を向けた。
ピッ
「はいはーい、こちらWitchでーすっ」
『Witchか、Deathだ』
「どしたのー、Death」
『こっちは終わった、そっちは?』
「こっち?もう終わったよ、とっくにね」
Witchは、針によって体や顔を串刺しにされ喉を切られ腹を綺麗切られそこら一帯に血溜まりを流した眼鏡をした男の死体の上に座っていた。
『なら、queenたちと合流して基地へ早めに向かえ。俺たちは後で基地で合流する』
「りょっ、かーい」
勢いよく立ち上がるとチャイナ服の裾をぱっぱと払い埃を落としてすたすたと歩き出す。
「少しは楽しかったよ、眼鏡のお兄さん。またうちの中華料理注文してねー」
去り際にそう言葉を残すと駆けていっく。無論、既に死体である男は何も答えず眼鏡越しに目を見開いたまま血溜まりの上で冷めない眠りへと落ちていった。
「どうだ、すっきりしたか?」
Death、Striker、Cloakの3人は非常用階段を駆け上がりヘリポートを目指していた。ロウエルはまだ生きているし、今生かしておけば後々大勢引き連れて復讐しに来るだろうと考え3人は早々にロウエルを始末しようと計画したのだ。
「ま、ちょっとはな。後はいけ好かないロウエルの息の根をあたしのこの手で仕留めれば満足だ」
「なら、ロウエルはStrikerにあげるか」
走りながらCloakが諦めたようにいう。Cloak自身も奴を殺したいという感情はあるが不機嫌なStrikerを満足させるために今回は譲るらしい。
「さ、行くぞ」
屋上のヘリポートへとたどり着くと既に外ではプロペラの回転音が聞こえていて既にヘリは到着しているようだ。Deathはダイナミックに屋上へと続くドアを蹴り破るとそのサイドからStrikerとCloakがライフルを構えて前進する。
「みっけた!」
ダダダッとStrikerが発砲。その先にはヘリと確かにロウエルがいて今まさにヘリに乗る寸前だ。
「逃がすかよ!!」
逃がしはすまいとStrikerは武器を捨てて少しでも身軽にし走り出す。
「Cloak、カバー」
「了解」
Deathの指示に従い、ライフルを構えてリアサイトとフロントサイトを覗くとロウエルを守るためにサブマシンガンを装備した彼の部下をヘッドショットしStrikerに攻撃が当たらないよう擁護する。
「くそ!」
部下のひとりを押しのけるとロウエルは更に死にたくない一心から慌ててヘリへとしがみつき近くにいた自分に取って邪魔だった秘書のメリッサをヘリから落として自らが乗った。
「出せ!早く出せ!」
「あっ……」
突き落とされたメリッサが悲しそうにロウエルを見た。しかしてそれをロウエルは気にも止めずに叫ぶ。
「いいか!そいつらを足止めしろ!!俺の身代わりに死ね!」
言葉と同時にヘリはヘリポートから飛び立っていった。そして、部下の1人とメリッサがその場へと取り残される。メリッサは脱力したようにその場へとへたりこんだ。
「あ、くそっ!!逃がした……!」
ヘリ間近に来ていたにも関わらず逃がしてしまったStrikerは悔しそうに獲物逃した野獣の如く喚いた。
「ちっ……」
「仕方ねぇさ、奴のアジトはここ以外にもあるはずだ」
Strikerの元にDeathとCloakが走り寄り肩を叩く。Strikerの顔は実に不機嫌そのものだ。
「なら……そいつらに聞こうじゃねぇの」
歯ぎしりをしながら、Strikerはヘリポートの位置でへたりこんだメリッサとまだ生きている奴の部下であろう1人を睨んだ。
「メリッサさん……」
女性の顔は実に悲しげで、そしてそんな悲しげな顔のメリッサを男は慰めようとするもののすぐにDeathたちの存在に気付きサブマシンガンを手に取るとメリッサを守るようにしてその場に立ちはだかった。
「…………」
メリッサたちとDeathたちの視線が混ざり合う。メリッサは主人に捨てられたショックからか1度Deathたちを見たかと思えば顔を地面に向けうなだれた。
「さぁて、洗いざらい話してもらうぞクソッタレども。話してもらったらその体を射撃場の的にして殺してやる……」
バキバキと手の骨を鳴らしてStrikerが彼らの元へと近づこうとする。が、それをDeathは止めた。
「待て、Striker」
「あ?なんでだよ」
「いいから下がれ」
「こいつらロウエルの」
「下がれ、何度も言わせんな」
「っ……」
Deathの気配に押されたStrikerはまたも悔しそうに舌打ちをすると口を閉ざし後ろに下がっていく。そしてDeathは一歩ずつ彼らの元へと近づく。
「く、来るな!」
男は勇敢にもメリッサを庇いサブマシンガンの銃口を近づくDeathへと向けた。Deathは手を挙げてなにもしないと意思表示する。
「安心しろ……取引だ」
「と、取引……?」
その言葉を聞き、男は首を傾げメリッサはDeathを見る。
「簡単な取引だ、とりあえず武器を降ろせ。安心しろ、危害は加えない」
「そんなの信じられるか!」
「……そうか、ならそのままでいい。よく聞け」
「…………」
手を上げたままDeathは一歩、ほんの少しずつゆっくりと近づきながら取引を始めた。
「奴の居場所、隠れ家の情報が欲しい……そしたら命の安全を保証する」
「そ、そんなことしたらボスに殺される!」
「まぁ、まて。なにもタダでじゃないさ……俺たちと一緒に来い、お前たちを俺達が匿うし、新しい住居や仕事を用意する」
(Deathはなにしようとしてんだ?)
(さぁな、お前を止めるってことはあいつらになにかあるんだろ。そもそも、うちのリーダーが何を考えてるかなんて俺もわからん)
StrikerとCloakはDeathが何をしているのか全く分からず首を傾げて考え込むもやはり分からない。Deathにはなにか企みがあるのだろうか?
「お前たちを見捨てたロウエルに復讐したくないか?」
「…………」
復讐、その言葉にメリッサは反応した。この反応はわかる、少なからず復讐したい念があるという表情。
「俺達が復讐を果たしてやる……そのためにはお前達の協力がいる、奴の隠れ家の情報を教えろ。そうすれば間違いなく奴を仕留めて、お前達には安全な生活をさせてやるしこれまでお前らが加担した奴の罪を全て洗い流す」
男は優柔不断に慌てていた。彼にとってそれは嬉しいかも知れない、命が助かるのだから。だが、本当に目の前にいる骸骨の仮面のいうそれは信用できるのか?そして男はメリッサにどうしようか、どうするべきかと問いかけた。
メリッサはただじっとDeathを見つめていた。その視線はまるで、本当にそんなことが可能なのかと問いかける視線であり、信用してもいいのかと問いかける視線。そしてメリッサは彼を見つめているうち、彼がどことなく仮面の下で笑ったような……そんな感覚がした。
Deathが目の前、すぐ近くの距離まで近づき、目線合わせるように腰を下ろしたその時メリッサはようやく口を開いた。
「……ひとつ……」
「メリッサさん……?」
「ひとつだけ……お願いが……」
「────────」
「なかなか凄い手口だな」
イーストビジネスホテル地下駐車場。黒いセダンの後部座席で座る少女はホテルの監視カメラの一部始終全てを録画し車内で延々と見ていた。
「すごいねすごいね、あんな戦い方。ねっ、ルルちゃん」
「そうだねそうだね、あんな事が出来るなんてまるでプロだねっ、リリちゃんっ」
運転席と助手席に座る2つの影が全く同じ声でクスクスと楽しそうに笑いあう。
「なるほど……骸骨のマスク……ロングコート、"クライマー"か……」
「どうするのどうするの、ナナちゃん」
「追いかける?追いかける?」
「いや、今回はスルーだ。取引が台無しになったからな、帰るぞ」
「「はーい」」
後部座席の少女はパソコンを閉じ、運転席と助手席の影はまたも笑いあいしばらくして車が発進される。
(クライマー……また会える時を楽しみにしてるよ)
『それで、全て片付いたのだね』
「はい、全て片付きました。少し予想外なことがありましたが」
午後21:25分、とある民家の屋根の上でDeathは風に髪を揺らしながら携帯で誰かと話をしていた。
『それは災難だったのぉ、それで後片付けは?』
「後始末は救急車や警官に見せかけた掃除屋たちが全て完璧に行ってくれましたし、ホテルのオーナーも新しいホテル設立のための支援をしてくれれば今回のことは多目に見るとのことです」
『うむ、任せたまえ。その程度、ワシの財閥でなんとかなるわい。これで少しは安心したろう、驚異の一つを消して』
「はははっ、違いありませんね。ただ……ココ最近の一ヶ月、なにかとおかしい事が多すぎるかと」
『その様だな、学園の風紀委員たちが君たちを全面的に追跡し始め、学園内部にクライマーたちがいないかと不安が広まっている』
「しばらくは活動をやめたいところですが……無理でしょう、やることが残っています」
『山程な。君たちも活動しないのは嫌だろう?』
「メンバー全員恐らくそういうでしょうね、今度からは極秘裏に事を進めることにします。いつも通りあなたがたはバックアップしてくだされば俺たちは構いません……岩動理事長」
──フラレンシア学園、理事長室。
誰もいない暗い部屋で岩動元丈は椅子に座りながら背を預け電話の回線をスピーカーにして会話をしている。
「ああ、やり方は君たちに任せているからな。好きにやりたまえ、なにか欲しいものや支援して欲しい事があるならば言うといい」
『わかりました……それでは俺はこれで、まだ夕御飯食べてないので失礼します。先程の2人の件、よろしくお願いしますね』
「いいだろう、そのぐらいの支援でいいのなら喜んで手配しよう。では、これで。すまないな、汚れ仕事ばかり任せて」
『このぐらいはどうってことありませんし、俺達が望んだことです。お気になさらず』
「はっははは、頼もしい限りだ。引き続き頑張りたまえ、和明君」
プツッと、和明は通話を切り端末をコートの胸ポケットへとしまう。
静かにその宵闇に蒼い後ろに束ねたポニーテールを風に揺らしながら月を眺めた。
(今夜の満月は、いつにも増して美しい……吸い込まれそうだ……)
──男は1人、月明かりから隠れ暗闇へと消えていく。
unknown story 音黒フィリア @nekuro_filia
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