第5話【狂い始めた歯車】〜正義か偽善か〜

6月、梅雨の時期がとうとうやってきた。梅雨の時期というのは実にいろいろと面倒だ。楽しみにしていた外での体育の授業は座学となり、普段屋上で食事をしたりして昼休みを過ごす生徒たちは屋内での食事をとる。

そして、このフラレシア学園内の学生食堂もまた珍しく雨のせいで賑わっていた。いつものメンバーである和明、孝介、利人、優也は4人はなんてことない雑談をしながら仲良く食事をしていた。見る限り、敦史の姿が見当たらない。敦史は風紀委員の郁とその他の風紀委員たちと昼を過ごすことが多くなった。と、いうのも以前学校に侵入してきたクライマーのせいで風紀委員たちは集団で行動するように理名により義務付けられ昼休みと放課後は1日おきの風紀委員生徒達のローテーションで校内を見回りすることになっている。学校側もそれを拒むことなく是非という事で風紀委員は風紀委員同士3人から4人一つのチームで行動するようになった。よく見ればこのバカ広い学生食堂内にも2つ3つほどの風紀委員のチームが見えるが、しきりにキョロキョロしている様子からどうやらしっかり見張っているようだ。

「聞いたか?」

「何を」

なんの脈絡なしに和明が唐揚げを咀嚼し、飲み込んでから隣でカレーを食べる孝介に話しかける。

「この街の暴走族で一番デカイチームあったろ?」

「んー……? あー……確かまだそのリーダー含めた30人が行方不明なんだってな」

和明の言いたいことを察したのか言われる前に代弁してしまう孝介。

「そうそう。ほんで、なんかそのリーダーらしきヤツが中国人マフィアに縛られて海外売り飛ばされた〜なんて情報があるんだよ」

「どこで手に入れたんだよそれ……」

味噌汁啜り利人がいまいち信用出来ないその情報を疑うように眉をピクリと動かす。

「これ、ネット情報」

そういい和明は自分の携帯端末取り出してとある動画サイトのページを開けばその画面を自分たち4人が座る場所のテーブル中心にその端末を置いて動画を再生する。

「う、わ……」

和明除いた3人はその映像を見るため食事の手を止めて和明の端末を覗き込む。その映像に音声は無かったものの、黒スーツサングラスの怪しげな集団に力づくで箱の中に詰められる特攻服を着た明らかにヤンキーな男が映っていた。その男は頭でもいかれてしまったのか、それとも恐怖なのか男たちに箱の中へ押し込まれながら大声で喚き暴れている様子が見える。そして完全に箱の中へと押し込まれれば蓋を被せられ開けられないよう外から釘などで固定されていく。そして黄色いテープが巻かれそこには"弱脆"と書かれている。これは中国語で"割れ物注意"の意味だと和明が3人に教える。しばらくしてその箱はクレーンで運ばれ船へと載せられたところで映像は途切れてしまい、和明は端末を自分の元へと戻す。

「物騒だなぁ……おい……」

「……こわっ」

利人と孝介が嫌なものを見たように首を左右に振る。一方の優也は、ないわーと言いながら御飯をかき込んだ。そして和明もまた食事の手を再開する。

「でもさ、これ合成なんじゃないのか? 今の技術このぐらい余裕で合成出来るし……」

「それ……合成、ちがう……」

「お、シロ……と、ゴリラ女」

「んだとコラァ!」

突如後ろから聞こえる声に和明は振り向けば、海鮮丼盛り合わせを持ったシロと彼のクラスメイトで部活仲間の香織が特盛り牛丼をお盆に乗せて両手に持ちそこに立っていた。

「隣……いい?」

「おう、いいぜ」

「ありがと」

拒むことなく孝介は返答すると少し右にずれて一箇所スペース空けて和明もまた横に一歩移動して香織の座るスペースを空ける。

シロは着席すると挨拶代わりに孝介と拳をぶつけ合う。

和明と孝介が2人分のスペース空けるとそこに座るシロと香織は手を合わせ「いただきます」と一言いい食事を始める。

「なーなー、シロ。合成じゃないって、なんでわかるんだ?」

「僕も……今朝、和明にその映像見せて貰った……」

優也の質問に答えながら近くにある調味料置き場の醤油に手を伸ばして続き答えようとするも手が届かなくて必死に腕を「んーっ……!」と伸ばしてるせいで答えるのを一旦中止する。

「んーっ……! はぁ……はぁ……」

「「…………」」

取れない。

「ふぅ……んーーっ……!」

「「………………」」

まだ取れない。

「っ……んっ……!!」

今度は体ごと伸ばして取ろうとするが……

「「……………………」」

やはり取れない。

「…………」

取れなくてずーんと落ち込むシロのその様子に利人は醤油を醤油を手に取り彼の手の届く場所に置けば、シロはそれを手に取り両手で天高く掲げて「とったど〜……」と言いたげなほわほわとした表情をする。それに同席する和明や孝介たち飲みならずその近くに座る生徒たちが小動物見るように見つめつい和んでしまう。

(これは素なのか……)

狙ってるのかわからないその自然すぎるシロの仕草に疑問を持ちながら優也はうどんをちゅるりと啜る。

海鮮丼に醤油をかけて口元のマフラーを少し下に下げて1口頬張ればそれを飲み込んだ後に先程の話の続きを話し始めた。

「今朝……時間、なかったから……ロボット研究部の部室で1時間ぐらい解析してたら……合成、じゃないって……わかった」

相変わらずおっとりとした口調で言うシロ。

「機械学部のシロがそういうなら、そうなんだろうな」

彼のその説明だけでその場の彼らは追求はしなかった。なぜなら、シロの機械に関する技術力や考察力はこの学園で培われたものでなく生まれつきの知識。

シロこと、空石梨斗は父親が電気屋を経営しており生まれてから父親の仕事を傍で見て自然と機械について詳しくなっていった。その実力は小学一年生でパソコンをブラインドタッチで操作でき、更には機械類の分解方法から組み立てや配線の仕組みなどを記憶し、機械工学への造詣も深い。

父親が土地を払えない都合で電気屋をたたみ、エンジニアへと転職してからというものシロは更に機械のことを学びたいと思いこの学園へ来たという。将来は親のために会社を建て親子で経営したいとのこと。

そんな彼の成績は工業科ではトップを争うほどの頭脳明晰である。そんな彼が先程の映像を合成でないというのならば確かなのだろう。

「でもこんな映像をわざわざ誰がだしたんだろうな。しかも大手無料動画サイトに」

ふとそんな疑問を持った和明が炭酸飲料をひと飲みして言う。

「どーせ、その中国人マフィアの奴らが自分たちで撮影して自分たちで投稿したんだろ。中国人ってのはみんな野蛮だからな……」

牛丼をガツガツとかきこみ一息ついて和明の疑問にそう答えた。

「って、なんでそんなのわかんだよ……」

「中国人のダチが一人居たんだよ、昔。そいつ、日常で起こるくだらない事とか動画にしてそのサイトに幾つも載っけてる。クラスメイトをドッキリに仕込んだ奴や、身内に本場四川の激辛料理を無理矢理食わせたりとな」

「なにそれ鬼畜」

つい孝介はそんな惨状を想像してしまい背筋震わす。実は孝介、辛いものが大嫌いである。それを当然知ってる和明と利人と優也はそれを察して3人は苦笑い浮かべた。そして気を紛らわせるように利人は話題を変える。

「中国っていえば、俺はアメリカ行ってみたいんだよね昔から」

「どうやったら中国からアメリカに飛ぶんだお前の脳内は」

「関連性がないな」

和明と香織が言葉で利人をグサリと貫く。どうやらこの話題転換は無理があったようだ。

「ま、まぁあれだよ。ほら、俺って実家牧場だからさ……少しアメリカの本場の牧場って言うのが気になるんだよ」

「あー……そういえばそうだったな。利人の家で馳走になった手作りピザ美味かったな〜……」

昼食を既に食べ終え、満腹のはずだと言うのに優也が以前利人の家に遊びにお邪魔したときに食べた手作りピザを思い出し涎を垂らし始めた。そしてあろう事か腹が鳴る。

「え、ピザ?」

孝介がそれに反応する。それに続けて和明もまたどういう事だと言いたげな風に尋ねた。

「おい待て、俺も初耳だぞ利人の家でピザって。去年BBQしたのは覚えてるがピザは覚えがねぇ」

「あー……去年の冬に遊ぶ約束して、大雪降ったことあったでしょ?」

そう言われ孝介たち2人は去年の事を思い出し、確かに4人で出かけるはずが突然の大雪で中止になった事を思い出した。

「それで、あの大雪降る中に優也は家に来たんだよね……」

「いや〜、せっかく途中まで行ったわけだから引き返して帰るのも勿体ないし大雪の中利人の家に行ったんだ」

「あの大雪の中どうやって来れたのかむしろ不思議だよ……はぁ……」

「まぁ、あれだな。気合だ、気合。はっはっは!」

大して自慢にもならないというのに優也は高らかに笑い出した。その様子を見て和明と孝介が視線を合わせてアイコンタクトで語り合う。

(おい和明……こいつ……)

(ああ、筋金入りの馬鹿だ……)

そして、利人が言うには優也は利人の家の牧場まで行き夜まで遊び夕飯は彼の父親が作るピザを馳走になった。更には大雪で帰れなくなった挙句1日そのまま宿泊したという。

「いや〜……利人の両親の牧場で作った牛乳やらチーズ使った料理とか美味しかったぞ〜」

「「でじまっ(まじで)!?」」

自慢げに言うその優也の顔はとても幸せそうでいまにもとろけそうな感じだ。その表情についつい和明と孝介も想像して涎を垂らしてしまう。

その途端である、だらしない顔をしている最中の和明を誰かが後ろから抱きしめてきた。

「えっ」

「かーずーあーきーっ!」

突然の抱擁、そして頭の上に置かれる柔らかな感触と甘いシャンプーの香り……その持ち主は長く綺麗なストレートの金髪をした褐色肌の超絶美人転入生の女子生徒、早乙女キアラだった。

「んなっ、き、キアラ……」

たわわなその胸を和明の頭に乗せながらキアラの両腕が後ろから抱きしめる。

「んも〜、和明ったら釣れへんなぁ〜……学食で食べる言うなら誘ってくれたってええやんか〜……」

胸を和明の頭の上に乗せたまま体をくねらせ、ぶーぶーとキアラはぶつくさ言う。

「断る、ってかいい加減……は、な、せっ!!」

しつこく体を密着させる彼女を和明は押しのけた。「やんっ」と声を上げながらようやく彼女は和明から離れ、和明はしわくちゃになりかけた制服の襟を直して言う。

「ことある事に抱きついてくんじゃねぇこのアメリカンガール!!」

「え〜……いいやないの、ウチと和明の仲なんやし、ねっ」

言いながら近づいてきた途端和明はストップと手を突き出してその場に彼女を制止させる。

「限度を知れ、限度を!見ろこの周りの奴らの反応っ!つめたっ!冷凍庫の奥にある保冷剤よりつめたっ!!」

びしっと周りを指させば、周りの生徒たちはほとんどが冷ややかな視線を和明に向けていた。シロたち2人はどうやら無関心のようで2人で静かに食事をしている。が、孝介たちは睨みつけ妬ましいようにジト目で和明を見ていた。ああ、これは痛い視線だ。とても。

「だって……もう、和明ウチと……きゃっ」

急にキアラ自分の両頬に手を添えて頬を染めて恥ずかしそうに言う。その瞬間更に冷たい視線が和明に集まる。

「誤解を招く発言はやめろっ!! そもそもなんでお前此処に居るんだよ。教室で弁当喰ってたろーが」

「もう、和明よくウチのこと見て……」

「黙れ牛女」

言い終わらずの内に一蹴する和明。普段の和明ならば普通女子にはそこそこ優しく接するのだがなにやらキアラには物言いが酷い。

「あっははは!冗談やって和明、そんな本気にしなーや」

酷く言われたにも関わらずけらけらと楽観的に笑いながらそれを受け流す。

「お前の冗談は冗談じゃねぇってのが俺は一番よく知ってる」

「はははは、まぁあれや。学食がどんなとこかって見に来たんよ、ちょーっと気にはなってたから。おまけにどないなメニューあるか知りたくてな」

和明の問いに大してやっと真剣に答えると彼の後ろ向こうを指さす。そこには奏江と由佳が居て奏江は挨拶するように手を振ってくる。

「はぁ……」

「ごめんて、和明。ちょいからかいすぎたのは謝るから」

「いや……いい。ほら、早く行けよ。大方学校軽く案内してもらってんだろ奏江に」

言いながら和明は制服のネクタイをきゅっとしめなおし制服を整えた。

「なんでわかったん?……はっ、もしかしてウチのこと……」

「ちげーわ!はよいけ!!」

がーっと怒鳴る和明を見てキアラは充分からかったと満足して笑い、和明と共に座ってた孝介や利人たちに手を振って胸を揺らしながら奏江たちの待つ所へと走った。その姿を見送りながら孝介たち3人も手を振る。3人の視線は、明らかにキアラの尻を捉えてる。間違いない。

「ったく……」

疲れたように、そして呆れたように溜息吐けば座っていた場所へと再び腰を下ろす。その途端再び孝介たち3人の冷たい視線が注がれた。

「なんだよ……」

「災難だな、和明」

隣に座る香織が机に頬杖つきながら言う。食器がないところを見ると既に片付けていたらしい。

「いま、の……だれ……?」

食後のプリン食べながら尋ねるシロに和明はただ一言「知り合いだ」と適当に答える。

「ほんとかよ?ただの知り合いにしちゃやけに親しくねぇか?」

「う、ん……なんか……とても、仲良かった……」

「あー……んー……」

めんどくさそうにしながら、和明は彼女について説明し始めた。

彼女は早乙女キアラ。数日前にここフラレシア学園普通学科に転入してきたばかりの生徒だ。なんでも、海外の学園に居たのだが学校がトラブルだらけで強制閉校してしまい両親と相談した結果母親が日本人という事もあってか日本に行こうという事になりこの街に引越し、この学園の女子生徒として転入してきたらしい。

そして、シロと香織は何よりこの2人の関係性が気になった。先程のあの親しさはただの友達という訳でもない、まるで長く付き合いのある隣人のような互いのあの態度が。

──実は彼女、この藤倉和明とは幼馴染みの関係であった。

「ほー……あいつが?」

口ではそんな驚いていないようであったが香織の顔は驚いていた。

「そう。つっても小学生の頃だからな、小4の時にアメリカに帰ってからというものそれ以来会ってないんだよ」

「そして……数日前に転入してきて……」

「そう、それで再び再会したのさ」


ふと、数日前クラスに転入してきた時のことを和明は思い出した。

その日の朝はまだ梅雨入りもしておらず晴れた朝だった。いつも通り登校し軽音部の朝練に参加して教室に行きクラスメイトたちとなんてことない雑談。そして朝のHRが始まり転校生がいると担任の教師に言われ彼女を見たのだがそれまでは彼女とは気づいていなかった。

驚くことに彼女の自分の自己紹介がなんと……

「藤倉和明くんの幼馴染み、早乙女キアラです。これからよろしゅうなっ」

と、次の瞬間に和明はやばいくらいに噎せクラスメイト全員が驚愕したという。


「ぷっ……っく、くくくっ……」

「…………」

「おいシロ、肩震えてる時点で笑ってるの知ってんだぞ」

微かに笑う香織に対して笑いを我慢して肩を震わすシロに和明はジト目で見つめる。何がおかしいというのか。

「じ、自己紹介で……お、幼馴染みって……あっははははは!」

「香織、笑いすぎ……ふ、ふふふ……」

「こいつら…………」

「あははは……ま、まぁ笑うのも分かるけどね」

「俺は気に入らない」

「早乙女が?」

「和明が」

「なんで俺やねん」

野菜ジュースを飲みながら孝介が舌打ちをする。彼の気持ちもわからなくはない、なにせ

「HRの時に和明に急に抱きついたんだものな」

優也がふとそんなことを言う。

そう、実はあの早乙女キアラ……数日前に転入してきた際和明との突然の再会に歓喜のあまり教室で和明を抱きしめたのだ。それも思いっきり、ぎゅっと。もちろん教室中は騒然とした訳だが。

「ったく、あんな馬鹿でかい胸に抱きしめられるなんて……」

ぶつくさぶつくさ孝介が文句を言い始め、その途端机をダンと叩いた。

「俺だってな、あのでかい胸に抱きしめられたい!!!」

突然のカミングアウトに和明たちは飲んでいた飲み物を盛大に吹いた。なんとも孝介のその純粋な願いというか視線に和明たちは「うわぁ……」と苦笑する。

「あ、そういえば今日の放課後どうする?」

利人は今日の放課後なにもないのか和明と孝介に放課後のあの秘密のギャンブルのことを尋ねた。

「あー……俺今日5時から夜10時までバイトだから無理なんだよ」

「俺は雨で部活なし」

「あれ、和明バイトしてたの?なんのバイト?」

「平日はセントラルにあるコンビニ、週末とかにたまに運搬業」

「ほー……」

意外過ぎる和明の返答に利人と優也は感心したように頷く。あのクラスでも馬鹿トップ3に入る授業中の居眠り魔である和明がバイトとは予想できなかった。

「しばらくは放課後はやめた方がいい。風紀委員たちが全員張り切ってやがるから、いま続けてたら確実に危険だ」

周りに聞こえないよう和明が身を軽く乗り出してそう告げる。実質前回の放課後あの理名に全員教室で見つかり、和明の機転でわざと放置していたトランプは没収された後にその教室に残っていた和明たち全員は理名に反省文を3枚書かされた。

しかし、後日分かったことなのだが孝介はその反省文をやらされていないらしい。

「って、待てよ。お前途中でトイレっつってトンズラしたよな?」

「げっ……バレてやがる」

和明の問いにバツが悪い顔をして目を逸らした。そう、実はあの時トイレに行くと行って孝介は本当に用をたした後、こっそり学校から抜け出して帰ったという。

「忘れるどころか覚えてるわアホ。お前覚えとけよ、俺たちを囮にして逃げやがって。……にしても、あの後敦史が教室に来て全員まだ帰宅してないな?なんて聞いてくるからビックリしたぜ」

その日の放課後、バレないように片付けを終えてしばらく教室で雑談やらで待機していた和明たちの所へ敦史が走って来てその場の全員ひとりひとりを確かめた。大方、その中にクライマーが居るのかと思ったのだろうが、その予想は外れた。その場にいない孝介はトイレに居ると知らされ不審に思ったがその後トイレ行くと確かに孝介はいたようだ。

「俺もビビった、トイレに急に敦史が来るもんだからな……出るもの出なかったぜ」

「おいここで下ネタやめい」

下品(?)な事を言う孝介にすかさず和明は彼を黙らせる。

「とりあえず……しばらくはほとぼり冷めるまで禁止、か」

利人が少し残念そうに言う。梅雨故のこの大雨で馬術部は部活がなく、すぐに帰りたくても朝はこの雨のせいで送迎だったせいか親の車を完全下校の時間まで待たなくてはならない。だから、放課後は暇で暇で仕方が無いのだ。

「孝介はどうするの?」

「俺も部活ねぇから、今日は生徒会室で少し会長の手伝いしてから帰る。それに少しやることあるしな」

「んー……そっか。そういえば孝介は生徒会副会長だもんね……優也は?」

「お前と同じく暇だな、うん。お互い暇だから農業校舎のとこにあるカフェテリア行こうぜ」

「あ、それいいかも。一度行ってみたかったんだ」

この2人はとても仲が良い。この2人が楽しそうに会話する姿を見ながら孝介はそんなことを思う。思えば去年の入学式で教室が分からず迷っていた利人を優也が案内したとこから2人の関係が始まった。だが結果は2人同時に道に迷っていた訳だが……それを見兼ねてたまたまそこに居合わせた孝介が無事教室に案内したという。

「あら、珍しいじゃない孝介」

「ん?お、優香」

ふと声のかけられた方向を見るとそこには淡いピンクの髪の毛をたなびかせたお嬢様オーラプンプンの優香とその横には超絶美形、高身長で恐らくは普通の女子よりも美しいかと思われる学園生徒全員公認オネェであるシエラがそこに居た。

「はろー、和明とその他3人」

「よっ、シエラ」

シエラの挨拶に和明は手を上げて軽く返し、シエラもまた微笑みながら手を振る。

「その他って酷いもんだな」

「あら、事実じゃないの。この中での基本ムードメーカーは和明でしょ」

「ま、確かにな」

それとない会話をしながらシエラと孝介は拳を軽くぶつけ合う。

「和明たちとご飯なんて、面白い時もあるのね」

優香がその場の全員ににこやかに挨拶して普段なかなか和明の周りでは見ないシロと香織を見る。

「たまたまだよ、たまたま。シロの奴、和明たちが珍しく学食で食ってるの見かけて普段どんな話題してるのか気になってこの席選んだんだよ」

「ん……和明たち、いつも……仲良し。だから、どんな話題で話をしてるのか……気になった」

和明、孝介、利人、優也の4人は入学式に知り合いそれ以降ずっと仲がいい。それこそいつものメンバーだ。学科ごとの授業以外、普段はこの4人はほとんど一緒である。授業での移動教室、学校の登下校などほとんどが一緒だ。

その様子をシロは良く見ていた、そしてその4人が少し羨ましくなったのだ。というのも、シロはほとんど口数も少なく他人とのコミュニケーションもあまりしないし何より得意ではない。つまり簡単に言えばコミュ障である。だからこそ、和明たちが羨ましく、学年1番のヤンチャなこの3人が普段どのような会話をしているのか気になったのだ。

「俺ら普通に話してるだけだしなぁ……こう、なんてことない世間話?」

和明がこれまでの会話を思い起こして、うーんと悩み始める。

「世間話……だな、うん」

自身の顎に手を当てて普段どんな内容を話していたのか考える。よく良く思えばそんな対した話もしてなく、ほんとにただの世間話で話題も変わる変わると話をしていただけだ。孝介がそう伝えると他の3人も、うんうんと頷いた。

「あれ、そういえば優香とシエラはなんでまた学食に? いつも茶道室で飯食ってるだろ?」

ふと和明がそんなことを言う。

「こんなふうに、よく話題変わるんだ。ひとつの話題で終わったことなんてねぇな」

なんともいいタイミングで、意識したのか無意識なのか和明が話題を転換させたおかげで孝介がつまりはこういうことだとシロに説明する。それにシロはポカンとした顔をするとなるほどと呟いた。

「あんま参考にすんなよ、特に和明のは」

「本人近くにいるのにそういう失礼な事言うのはどうかと思うぜ孝介」

「お前だから良いんだよ」

慈悲も遠慮もなく孝介は言い放った。

「解せぬ」

孝介の発言に不満なのか和明はぶーぶーと呟く。

「ふふふ、相変わらず仲が良いわね2人とも……」

2人の様子をみて優香は羨ましげに笑えば先程の和明の質問に答えた。

「理事長がね、和明を呼んできてくれって」

「なにっ!?」

「成績の事とかじゃないよ、安心して。本校舎4階のボードゲーム部の部室で待ってるらしいから」

「ほっ……良かったぜ……今年度始まってたった2ヶ月で退学宣言されるかと……」

ほっと胸を撫で下ろして安堵のため息を吐いた。

「お前なら有り得ない話じゃないな」

しれっと孝介が言う。つくづく酷い。だがこんなのは今に始まった事でもないので和明も特に怒る様子もなく苦笑するだけだ。

ちらりと左腕の時計を視線を移すと昼休みも残り30分程と言ったところ。

「大方いつものチェスの相手だろうし……またチャチャッと負かしてあげますか」

立ち上がると椅子をしまい、得意気にそう言って「またあとで」と告げて歩いていった。とはいえ、ここは1階だから4階までの階段は辛いため和明は辺りを見渡すと教師が居ないかを確認して教職員エレベーターへとサッと入っていきそれで上へと上がる。

(また馬鹿やってるよ……)

(言ってやるな、あいつは馬鹿なんだから)

利人の視線の意味を理解したのか孝介がやれやれと首を左右に振る。彼の馬鹿さ加減には呆れるどころか慣れたせいでむしろ笑いたくなると言っても間違いではないだろう。

「そうそう、シロちゃんと香織ちゃんをラルゴ先生が探してたわよ。今度の交流射撃大会のうんたらかんたらって……」

去っていく和明を見送りながらシエラが言う。途端香織は深くため息吐きながら机の上に上体を伸ばす。

「めんどくせー……交流射撃大会とかやる必要ないだろ〜……」

「香織……いま、行かないと……忘れたままに、なる……」

隣でうなだれる香織の頭をシロがぺしぺしと叩く。まるで主人に構って欲しい仔犬だ。

「わーったわーったから……」

完全に無気力顔である。食後の彼女はいつもこんな感じで、彼女は食後はとても無気力になり午後の授業などほとんど寝ているのだ。しかも、堂々と。成績が良い訳じゃない、むしろ悪過ぎて和明と大差ないぐらいだ。

「ふぁ〜……っ……行くか……」

大きくだらしない欠伸漏らせばシロとともに立ち上がりその場の彼らに別れを告げればラルゴ教諭のいる1階の職員室へと歩いていった。

「俺たちもそろそろ教室戻るか……」

「そうだな、次の授業数学の冴木さえきだろ?」

「げっ、あいつ時間に厳しいから急いで戻るか……」

孝介たちも時間を見て気だるげに立ち上がった。

「シエラたち、どうするよ」

孝介がそう尋ねた。見たところ既に昼食は終えてるようだが孝介たちがこの場を去ったらどうするのか。

「アタシたちはシロちゃんたち呼ぶついでに来ただけだし教室に戻るわ」

「あ、待ってシエラ。茶道室にお茶菓子とか放課後のために用意しに行かないと……」

「なら、茶道室に寄りましょうか」

優香の願いにシエラは断ることなく笑顔で了承すると「そういうことだから」と言って孝介たちに告げて2人肩を並べてその場を後にしていった。

「…………」

去り際、孝介たち3人は2人の背を見送っていた。ふと、ずっとその背中を見ればシエラは優香より一回りも背が高いのだがこうしてみるとまるでカップルだ。彼らに恋人がいるなんて話はひとつも聞かないが、実際はどうなのだろうか。そんな事を思う3人は微かに和ましく微笑むと2階の自分たちの教室へと向かう。

「あ、そだ。悪い利人、俺ちょいと自販機行くついでにトイレ行ってくる」

「ん、わかった。先に教室行ってるよ」

「なんだ、孝介自販機行くならついでに何か俺にもジュース頼むよ」

「じゃあ眠気スッキリ、ブラック・オブ・ブラックコーヒーな」

「お前俺がコーヒー飲めないの知ってて言ってるだろ」

優也が真顔でそんな事をいい、孝介と利人が笑う。こんななんてことない冗談を言うのもまた日常、孝介は優也からジュース代金貰えば孝介は利人と優也の向かう通路とは真逆の廊下を歩いていった。

その時である、優也はなにかを感じた。去り際の孝介は目線を自分たちにから外して歩いていくほんの一瞬だけ厳しさに満ちた視線が見えたような、普段の孝介にはない感覚を優也は感じとる。ふと利人にどうしたのか尋ねられ彼は「いや、なんでもない」と返答すれば利人と共に教室を目指した。

(気のせいかな……)


フラレシア学園本校舎1階職員室。

「失礼、します……」

「失礼しまーす、ラルゴ先生に用があってきましたー」

きちんとお辞儀して職員室へと入るシロに続けてそれとは真逆、お辞儀もせずに悠々と職員室へと入っていく香織。その2人が名を呼ぶと職員室の奥からガタッと立ち上がり、その机が揺れる。机が揺れると同じ机に座る周りの教師たちは気にせず作業を続けていた。

(ゴリラ……)

(いや、あれはむしろ怪獣だろ)

ふとシロと香織が耳打ちをしてそういう。

ガタイが大きいため彼に見合う机はなかなかなく、立ち上がる度にこうやって机が動くのだ。本人も困ってはいるものの、周りの職員たちは気にしていないらしい。

「いや、よく来たね。ここで立ち話もなんだ、理事長が隣の応接室を使ってくれと言うのでそこに行こう」

2人のところまで行くと応接室の鍵を壁から取り2人を連れて一旦廊下へと出た。そしてすぐ真隣にある理事長室と隣接した部屋を解錠し中へとラルゴ、シロ、香織の順で入る。2人を部屋の奥のソファに座らせてからラルゴは部屋の鍵を施錠し、自分はその向かいのソファへと座る。

「わざわざすまない、今度の交流会の件なんだが……」

「僕、は……構わない……その日、は……暇……」

「あたしも別にいいさ、参加する」

「ははは、それは良い。では参加するということで書類は私が書いておこう」

3人はそんな事を話し、ラルゴが大きく高笑いした途端にポケットから携帯を同時に取り出し発信ボタンを押す。

シロは発信ボタンを押すとソファの真横に不自然に置いてあるアタッシュケースを取り出せばそれをテーブルに置いて開く。それはアタッシュケースに見せかけた中身はPCの組み込まれたものだった。

「……mouth、準備OK……」

「Striker、OKだ」

突如、2人はラルゴを目の前にしながら自身の「クライマー」としてのコードネームを名乗った。

「army《アーミー》、スタンバイOK」

そして、ラルゴもまた携帯に向かって己のコードネームを名乗る。そう、ラルゴもまたクライマーの一員であり直接関与はせずとも彼らへの協力者である。

ラルゴ・ボスコノヴィッチ。

元アメリカ海軍の特殊部隊に所属しその時の階級は大佐。退役後CIAにスカウトされそこでは時折直接現地に赴く事もあれば主に人員育成部教官として活躍していた。

現在CIAは引退しフラレシア学園の教師として働いていた──のだが、現在は教師である傍らとある人からの依頼で彼ら「クライマー」の手助けをしているのだ。

『flower、queen準備完了』

次に聞こえてきたのは、優香の声……のようだが声は変えられている。そして次々とクライマーたちが返事を返していく。

『cloak、接続したぞ』

『Speedy、OKやで』

『Witch、OKでーすっ!』

シロは開いたディスプレイ画面をラルゴや香織にも見えるように置く。そこにはログイン状況と画面上部に表示され画面中央にはログインしているメンバーの名前とアイコンが表示されていた。声を出せばそれもアイコン横に表示されて誰が喋ったかわかるなんとも便利なシステムだ。

加工された声で彼らは各々で返事をしてWitchと名乗る声が元気に大声を上げた途端に香織は鼓膜が思わず割れそうになる。

『あり?こんだけかいな、DeathとAssassinはどこや?』

関西弁で話すクライマーの1人が尋ねるが沈黙となるも、数秒後返答が返ってくる。

『Assassinは今日は別のことをやらせてるから不参加だ……Death、接続完了』

彼らクライマーのリーダーであるDeathが回線へと入ってきた。そして咳払いを軽くして話を進め始める。

『突然どうしたのよ、Death。普段この緊急連絡手段は使わないのに急に』

「そうだよ、前回の仕事はあたしらで綺麗に片付けたはずだろ。なにも不手際は無いはずだ」

ディスプレイを見るに今のは優香だ。

前回の仕事とは、港の倉庫での香織やシエラたちが暴走族たちを一方的に始末したあの仕事だ。発見した警官の記憶もシロは消したし目撃者の反応もなければ生きているものもいない。

『落ち着け、2人とも。その話じゃない、口を挟まず黙って聞け。この緊急連絡を使ったのは、緊急で新しい依頼が入ったからだ。mouth、説明してやれ』

「ん……わかっ、た……」

シロはDeathに言われると頷きカタカタとそのディスプレイ下のキーボードをタッチする。

「こ、の……画面……見て……端末に、出した……」

画面移動するとクライマーたちに手元の携帯画面を見るよう促す。

そこには時津市内が大きく細かく表示され、小さな画面一つ一つに道行く人たちが映っていた。見るからにこれはこの街の監視カメラの映像だ。

「ついさっき……12時頃、僕達の授業中に捉えたんだ……」

表示される小さな画面のひとつをクリックするとそれが大きくなり、見るとこの時塚市中央、セントラルアミューズメントパークの所に2人の黒服の男が映されている。1人はラルゴのような大きな体をもち、素肌は日焼けして顔に多数の傷痕をつけてサングラスをしており、もう片方は眼鏡をしたまるでごく普通のサラリーマンのような男だ。

「この2人は……前回の仕事で片付けた暴走族たちの所属してたマフィアの専属の殺し屋兄弟……殺した対象を何人も重ねて上から壁に貼り付けにして殺すから……ついた名前は……通称、クリップ兄弟……」

言いながらまたカタカタとキーボードをタッチすると2人のプロフィールが出現する。

『クリップ兄弟て……センスの欠片もあらへんなぁ……』

変な名前だと言わんばかりにSpeedがいうと、それに同意したのかcloakが「全くだ」と言葉を漏らす。

「名前つけた奴らの頭を疑うぜ……んで、この2人をどうしろと?」

『話が早くて助かる、Striker。大方こいつらはあの暴走族たちの後釜でありながら俺たちを探し出して殺すつもりだ。mouth、こいつらの率いる部隊の数と武装は?』

「自分の持つ手下と合わせておよそ1個小隊と2個分隊。武装は……M16アサルトライフル、MP5サブマシンガンに一人一人がハンドガンを携帯……ああ、軽機関銃らしきボックスが見えたからそれも警戒して……」

『軽機関銃なんぞこの街に持ち込みやがって……現在の位置はわかるか?』

「うん、ばっちし……こいつらの宿泊予定はセントラルにある東のイーストビジネスホテル……そこの35階から40階を貸し切り状態にしてる……今夜7時に、他の組織との取引らしいよ……」

素早くキーボードをタッチしてそのホテルの立体見取り図とその殺し屋たちが宿泊するであろう場所が赤く表示される。


──本校舎1階、茶道室。

『queen、あのホテルのオーナーはお前の親は知り合いだな?』

「ええ、仲の良い同級生でアタシももちろん面識あるし、理解のある優しい人よ」

『なら、親父さんかお袋さんに頼んで連絡いれて、奴ら以外の宿泊客をなんとか極秘裏に外へ移動させられるか?』

「余裕よ。あの人なら快く引き受けてくれるだろうし客の部屋ひとつひとつに電話して嘘をいえばどうにもなるわ」

『なら、これから来る客はほとんどキャンセルさせてダミーの客をflowerの屋敷の使用人たちに任せてもいいか?』

「了解。アタシのところのママとパパに頼めば従業員たちも使える」

「私もシエラ……じゃなくて、queenの従業員と同じように使用人たちを使うこと出来るから大丈夫よ」

『助かる。Mr.army(ミスターアーミー)』


「ふむ、なにかねDeath君」

『武器の調達をお願いしたい、市内のコロンビア人の商人と話をつけてきてほしい。特に、スモークグレネードやハンドガンとライフルを大量に。金に糸目はつけません』

「了解した、それではこれから行くとしよう。彼らの居場所は……」

『はい、いつものようにmouthが場所を知っています』

話しながらシロがラルゴの端末に地図のデータを送信する。ラルゴは1度端末を耳から離して送信された地図を見ると納得し、了承する。

「Death、今回のは仕事か?それとも勝手なゲームか?」

香織が最も疑問に思ったことを尋ねた。この殺し屋たちは以前の暴走族たちの所謂仲間だ。これは彼個人として動くのか、それとも前回と同じ依頼主からの仕事なのか。それは、香織にとっても他のクライマーたちにとっても重要なことだ。


──本校舎、某部屋にて。

教室は暗い。梅雨の時期もあり外は暗い曇り空、太陽の欠片も見えることは無い。そしてこの部屋もカーテンを全て閉め切り、果てには電気もつけてはいないようだ。

この暗闇こそ、彼にとって至極の場所だ。暗闇にはもう一人の人影があり、その人影は何も語らずただテーブルで何かを動かしていた。

先程、クライマーの一人であるStrikerから尋ねられたことがある。これは個人としてか、それとも依頼か。その問いに対し暗闇の中でDeathは微かに微笑んだ。ひと息吐き出し、ゆっくりと端末に向けて言い放った。

「単なる遊びさ」


「…………」

その冷たくもあり優しいその言葉につい香織は笑みを零した。そしてその横に座るシロでさえ、まるでおもちゃを誕生日に貰った子どものような雰囲気へとなっていく。

『それに、こいつらは現時点での俺たちの脅威になりえる対象のうち1番危険だ。こっちの尻尾掴まれる前にこっちから出向いて叩き潰す。今夜6時半、いつもの場所に集まれ。それまでに俺とシロとでプランを立てる』

彼はそう言い、他のクライマーたちも了承するように頷いた。そしてDeathが会話を切ってログアウトすると後を追うように次々とログアウトしていった。

シロはディスプレイを閉じ、元のアタッシュケースの状態に戻すとそれを元あった場所へと戻し香織やアルゴと共に立ち上がると鍵を開けて応接室を出ていく。

「それでは、香織くんシロくん。部活ができるようになったらまた連絡するのでよろしく」

ピシッと軽く敬礼にも似たポーズを取り、それに答えるように2人はお辞儀をしてその場を去っていった。その2人の背中を見送りながら口髭をビョイーンと弄ると応接室に鍵をかけて職員室へと入ろうとする。

「ラルゴ教諭」

「ん?」

突如声をかけられ、後ろを振り向く。そこにはこの学園の教頭である岩動叶子がいて、声をかけながら歩いてきた。

「おや、これはこれは教頭。如何されましたかな?」

「丁度よかった、頼みたいことがあったのですが次の授業に空き時間はありますか?」

その問いにラルゴは午後の授業の予定を思い出す。特には何も無いようなので「特には」と返答した。

「それでしたら、少しお使いを頼みたいのですが宜しいかしら?」

「おお、それぐらいお安い御用ですぞ。して、どこで何を買えば宜しいのですか?」

彼女は彼の前を通り過ぎると職員室へと入っていく。

「此処ではなんですので、買い出しリストが机の上ですし中で話しましょう」

笑顔でラルゴに言うと、後を追うようにラルゴも職員室へと入っていった。


「…………」

2-C教室では既に数学の授業が始まっていた。窓際1番後ろの席に座る和明は今にも眠りそうにうとうとしている。慌てて首をブンブンと横に振って眠気を飛ばそうとするがやはり抗えないのか和明は数学の教科書を前に立て、隠すようにして眠る。なんとも古典的なやり方なのだろう。

(よし……孝介と、この教科書を盾にして俺は……)

そう考え眠りへとつこうとしたその瞬間だった。ぽん、となにかに軽く頭を叩かれる。

「藤倉、寝るな」

そこにいたのは数学教師である、冴木宏さえきこうだった。

「ばかな……俺の孝介の身体を利用したバリアーと教科書バリアーをこんなにも早く見破るとは……」

驚きのあまり戦慄する和明、その表情に教室にいる数人が微かに笑い声を漏らす。

「はぁ……よく見ろ、藤倉」

「へっ?」

「お前の目の前の席を」

冴木にそう言われ自分の目の前の席を見る。そこはつい昨日席替えをした時に孝介が座っていた場所……のはずだが、なんと孝介が居ないのだ。

「あり……なんでいないのこいつ」

彼が授業に遅れたことなど一度もなく、寝惚けてるのかと思って目を擦ってみるが確かにいない。

「藤倉……お前さては、俺の話を聞いていないな?」

右手に持つ丸めた教科書を左掌をポンポンと叩き和明へと呆れた視線を向ける。

「あいつになんぞあったんすか?」

「授業開始の時ににいったはずだが?あいつは貧血で倒れたらしいから保健室で寝てる。もうそろ戻って……」

そう言いかけた時だった。教室のドアが開くとそこに全員が視線を向け、見れば孝介が未だ苦しそうな顔で紙を1枚片手に持ちながら入ってきた。

「おう、戻ってきたか市河」

冴木は孝介の元へと歩いて目の前まで行くと顔色を伺い始め大丈夫かと聞く。

「す、すいません、授業に遅れてしまって……」

いつものような覇気もなく苦しそうに孝介は答え、手に持つ「授業遅刻届」と書かれた紙を冴木へと差し出した。それを受け取り右手に持っていた教科書を下敷きにしながら立ったままその髪に何かをペンで書き始める。

「仕方ない、貧血なんて突然来るもんだ。にしても珍しいな、お前が貧血だなんて」

「はい……飲み物買いに行って戻る途中にいつの間にか倒れてたみたいで……気づいたら保健室に……」

「まぁ、あれだな。貧血対策と言っちゃなんだが、鉄分とれ鉄分。レバーやら、ほうれん草やらよく食べるようにしとけよ?」

自分の名前をその遅刻届に書き終えると孝介に手渡して、頑張れの一言ととも背中を叩く。孝介は感謝の意を伝えるとゆっくりとした足取りで席へとつこうとする。その直前和明が珍しく弱々しい孝介に声をかけた。

「大丈夫かよ、お前。貧血なんて……こりゃ明日大雨だな」

「失礼な奴だな……大丈夫だ、すぐ治る……」

「ん〜……ま、お前がそういうならいっか」

両腕を頭の後ろに組みながら半ば心配しつつもひとまず安心する。そして孝介が席に座ると同時に授業が再開された。

「…………」

その一瞬だった。他のクラスメイトたちが全員黒板を向いている中で由佳は一人チラリと孝介の方を見つめている。

彼の背中に、なにか黒いモヤが彼女には見えていた。黒く、ドス黒いなにかが──。


午後5時を回った頃、香織は一人生徒用昇降口で雨空見上げながら靴を履き替えていた。いつもならシロと共に帰宅をしていたのだが、昼休み以降Deathとプランを練っているせいもあってか今日は先に帰宅……もといいつもの場所に向かっていた。この香織もまたこれからいつもの場所へと向かおうとする。

「……お、晴れた」

ふと空を見上げると雨が止み、傘を開こうとしていた香織は傘を閉じて右手にもち歩き出した。水たまりを避けて足早に歩いていくが、この学校を出る正門はとても遠い。

ここ、フラレシア学園は時塚市内で最も大きなマンモス校である。1学年の生徒数およそ1400から1600、3学年合わせて3000人はゆうに越えるだろう。フラレシア学園には様々な学科が存在し、様々な経歴を持つ生徒や教師たちもいるもののよく他の学園や高校生たちからは「文武両道の生徒たちしかいない」と言われているが実際はそうではない。

成績の悪い和明や、優也に香織が良い例だ。この学園は馬鹿でも受け入れられるシステムにはなっているものの、一方では明らかにただの不良や頭が良いだけの不良少年などはこの学園には入れないという厳しい一面もある。実を言うとこの学園の入学試験は創立した頃から、理事長が自ら直接面接して合格不合格をその場で決めるのだ。

例えばこの黒澤香織、彼女は中学の頃は筋金入り且つ札付きの不良で、不良の中で名前を知らないものはいないほどの狂犬だった。本来なら高校など行かずに働くなんて言っていた彼女なのだが……しかし、とある少年との出会いにより彼女はその彼の勧めでこの学園に入学することとなった。そして見事合格しこの学園の一員となった訳だ。ちなみに、中学の頃の成績は無論下の下である。ろくに学校にも通っていなかったのだ、当然といえば当然だろう。

(……にしても、やっぱり広いなここ……)

本校舎から正門まではさほど遠くはないと言えどやはり歩くのは辛いし面倒だ。この学園は校内での原付や自転車の使用に特に規制はなく校舎から校舎への移動は自転車を使う生徒が多い。けれども香織は自転車を使おうとはしなかった、その理由というのも「校内や通学で自転車を使用する際は必要書類を記入しなければならない」という校則があり、それが面倒だったのだ。この少女はとてもめんどくさがり屋だ。朝起きて朝食を抜くぐらいには。

しばらくして、雨が止んだスキに大急ぎで自転車をこいで帰宅する他の生徒たちに何度か追い越されながらもようやく正門を通り過ぎることが出来た。

(……どうしっか、このままいこ……)

携帯を取り出し時間を確認する。5時20分、本校舎から正門まで相当な時間を取られた。残り1時間以内を目安にいつもの場所へ向かわねばならないため香織は足を早めて歩く。

すると、途中腹が空腹を訴え始めた。正門を出て大通りの歩道を歩いていくとかなり前方だが、コンビニが見える。そこでなにか買おうと腹を空かせた香織は更に足を早めていく。


──時塚市内、セントラルシティから何キロも離れた古ぼけた自動車工場跡地。その跡地に数ある大きな倉庫のうちの一箇所の影に香織はバイクを停めた。

このバイクは学園付近にある隠れた駐車場へと停めておいたもので、香織はいつも通学は徒歩と見せかけてこっそりとバイクを使っているのだ。

ヘルメットを取りバイクミラーの所へと置けば背中のカバンを手に持ち倉庫をぐるりと2周ほど回れば誰にも尾行されてない事を確認して中に入った。これが、彼らの決まり事で入る前には倉庫を2周して尾行されていないのかを確認する。もし尾行されている気配があれば物を探すフリをしてその場から離れる、これはリーダーであるDeathの提案したことだ。

古ぼけたトタン板のドアを開いて中へと入れば中にはさほど大きくないコンテナやドラム缶などが数個あった。用途は不明だが綺麗に配置されているということは何かに使うのだろう。

香織はスタスタと反対側にもあるドアへと歩いていけば辺りを見回し再び安全確認をする。そして他に誰もいないことを確認すると地面、足元にあるシャッターを開いた。

なんと、そこにあったのは階段。地下へと続く階段が隠されていたのだ。カバン片手に持ち素早くそこに入れば誰にも見られないうちにシャッターを中から閉じて、下へと進んでいく。1階分の階段を降りていくとその地下から微かに数人の話し声が聞こえてきていた。

「あら、やっほー香織」

シエラは香織となにやら話していたようで、入ってきた香織を見ると会話を中断して手を振ってくる。それに対して香織も返事をすれば上の倉庫と同じほど広いその地下倉庫を見回す。

「よっす、シエラ……あれ?ほかの奴らは?」

部屋の奥を見ても誰もいないことに気づき集まる場所を間違えたのかと思ったが、此処で全員集まる筈だったと記憶はしている。

「私たち以外はもう現場で待ってるわ、彼からのメッセージがあるからこれから移動しながら説明する」

「相変わらず早いな……まだ7時にもなってないだろ」

優香が説明すると黒いスラックスのような服と香織の装備一式を投げ渡し香織はそれを受取りながら時間をみるが、既に予定していた集合時間から2分オーバーしていた。

「さ、早く行きましょ。またどやされるわよ」

「うげ……あいつの説教は勘弁」

持っていたカバンを近くのテーブルに置くと香織は手早く着替え始め既に着替えていたシエラと優香は立ち上がり部屋の隅のコンテナへと近づいてそれをゆっくりと開けていく。

開かれたそのコンテナには大量の銃火器が入っていた。アサルトライフル、サブマシンガン、グレネード系統、果てにはミサイルまでもがありコンテナ内側ドア部分でさえも満遍なくしきつめられていた。優香が言うにはこれらは今日手に入れたものばかりだとか。

「はい、新しい武器届いてるから好きなの使っていいらしいから。たまはもう全て装填済みだし、すぐに使える」

「まーた大量に買ってきたな……」

脱いだ制服を机の上に投げ捨て装備一式に着替えながらその開かれたコンテナを覗き込んだ。まるで質のいいアメリカンアクション映画ばりの数の銃火器が並んでいるその光景に香織も思わずゴクリと生唾を飲み込む。

「あたしのプライマリーの予備弾倉あるかな……」

「アンタ何使ってたっけ?」

「USP」

「それなら確かあったわよ、在庫確認してたらあっちの倉庫にもまだあったし。何本使うの?」

「6本くれ、どうせ今回も弾の消費やばいだろうし」

「ん、ちょっと待ってなさい」

未だ着替え終わらない香織の代わりにシエラが丁寧に慣れた手つきで弾倉一つ一つを取っていく。

「確かに今回は数が多いものね、およそ60から80人……死体処理はどうするのかしら」

「どうせまた、cleaner任せだろ」

優香がそっとコートを香織に手渡しそれを受け取ると香織は袖に手を通して襟を整える。丁度そのタイミングでシエラが6本の予備マガジンを香織の目の前の机に置き、香織はそれを腰のホルスターに1本1本手早く納めていく。

「さ、行きましょ2人とも。あらかたの武器類はDeathたちが持っていってくれたし早く行かないと……はい、これ」

髑髏のマスクを取るとそれを優香はシエラと香織向かって投げ、2人は片手で楽々とキャッチする。

「ああ、またなんか言われる前に早く行かないとな……」

そうして、3人はマスクを被るとそれぞれの必要な荷物を持ってその場を後にした。


「…………」

午後6時55分。イーストビジネスホテル最上階屋上にて、男は縛った蒼く長い髪をビル風で揺らしながら屋上の隅に立ち眼下に広がる大きなセントラル中心部へと続く夜景を眺めていた。

「なーに見とるん、Death」

ふと、後ろでその様子をしばらく見ていた関西弁を話す「Speedy《スピーディー》」という名前のクライマーが声をかけてくる。

「マスクしてへんと、正体バレてまうで?どっかで誰かが見てるかもわからんのやし」

「……夜景が綺麗でな、とっても。マスク越しで見るには勿体ない……」

彼の言葉に少しの間Speedyは沈黙し、彼の隣までいき同じように眼下に広がる景色を眺めた。

人や車が行き交い、人の中には子ども、大人、高校生、中学生、小学生、社会人、老人と様々な種類の人間がこのセントラルで暮らし必ずすれ違う。街の夜景の灯りは人々が灯すもの、この広いセントラルシティにどれだけの灯りが灯されているのか……Speedyは考えただけで頭がおかしくなりそうだった。しかし……それでも見た限り彼の言うように確かにこの光景が綺麗なのはあながち間違いではない。

「せわしなく人も灯りも動いとるな」

けらけらとマスク越しに笑うように皮肉めいてそう言うと、彼は街の景色から目線を外してSpeedyへと移して暗闇のなか口元が微笑んだ。

「今夜……その灯りの幾つかが消え去るがな……命の灯火が……」

「……っ……」

冷たいヒンヤリとしたそれはまるで無邪気な子どものような恐ろしいその言葉にSpeedyはなにかに気圧けおされたように背筋を震わせた。

Deathは、Speedyをしばらく見つめ再び視線を夜景に向ければ手に抱えていた髑髏のマスクを被り夜景を背に向けてこの屋上の中心部で支度しているメンバーの元へと歩く。

すると、同時にこの屋上にある2つの出入り口のうち従業員用口から3人のクライマーたちが歩いてきた。手を振って挨拶してくるクライマーの1人にDeathは手を振り返すと全員が揃うのを確認して足元の大きな黒く重々しい袋を左にいたクライマー「Assassin」に持たせる。

「Striker、作戦内容は道中でflowerに聞いたな?」

「ん、無問題だぜ。あんたに従うよ」

「……こちらDeathよりmouthへ。そちらの状況は?」

マスク耳部分に手を当て無線機に話しかける。

『こちら……mouth、通信良好……狙撃ポイント確保。……クリップ兄弟は37階の375号室にいるよ……それと、プレゼントも配置完了……』

「了解だ。queen、そっちは?」

「準備は出来てる、アタシの合図でいつでも出来るわ」

「よし……」

Deathは一度頷くとこの場にいるクライマーを見渡した。そしてほかのクライマーたちもまたDeathを見つめ返す。


「さぁ、楽しいParty《パーティ》の始まりだ」


屋上の暗闇で、複数の影が揺れ動きその場から一瞬にして闇へと溶け消えていった──。

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