1話

月夜の人狼

謎の狼男


 5


「おはよう」

「おはよう、工。昨日は大変だったね……」

 朝。再び舞台は一年G組の教室に戻る。

 真一と工は、昨日の夜、偶然遭遇し、そして襲撃された、謎の狼男の話をしていた。

 彼の口ぶりから、それは才能が及ぼしたものだとは分かる。が、裏を返せばそれしか分かる事はなかった。

 その話を聞いたのか、クラスメイトの櫻木が二人の前に歩み寄ってきた。どうやら、二人の話に興味があるらしいのは分かった。

「狼男……? もしかしてそれって」

「え? 櫻木もそいつのこと知ってんの?」

「それが、僕達昨日帰る時に狼男に襲われたんだ。誰かは分からないけど」

「そっか……」

 櫻木は小さな声で呟くと、深刻そうな顔で、工たちから離れて行った。二人は、櫻木も不安なんだな、と、そう思った。それはそうだろう。急にクラスメイトが狼男に襲われたのだ。普通の感性ならば、恐怖しないわけがない。しかし才能でなんとかなる相手でもあるがゆえ、闘ってしまうかもしれない。だからこそ、工は櫻木に警告をかけることにした。

「櫻木も狼男に気をつけろよ。通学路に現れたってことは、ここの生徒の可能性が高い。もしかしたら暴力沙汰やらかした篝火かもしれねえし」

「うん……」

「……工…………」

 工は、ひとつの予想が、自分の中にあることを、櫻木に言い放っていた。

篝火龍児朗。

 以前、他の生徒を保健室送りにした、このクラスの男。彼が昨日の狼男だったのではないか、と。

 当然、自分のクラスメイトを疑いたいわけではない。しかし、目立ったトラブルを起こしたのは、この生徒ぐらいだったので、工は、その赤髪の男をまず先に疑った。

 自分と一緒に襲われた真一は違うとして――では、一体誰が――。やはり篝火なのか? それとも、別の誰かなのだろうか。

「……わっかんねー……とりあえず、馬場に相談してみようぜ」

「う、うん」

 そうだ。

 馬場鉄人。このクラスの担任。

 彼ならば、何か分かるかもしれない。

 G組の生徒を教えているのだから、このクラスの誰がその才能を持っているのかも、分かるはず。

工は、そう考えた。

「授業が終わったら、職員室に行ってみるか」

「うん」


 6


「狼男か」

「はい。何か分かりませんか。馬場先生」

 真一と工は、昨日のことを担任の馬場に話した。

 馬場は、少し考える姿勢を見せると、徐に椅子から立ち上がり、職員室のドアを開けた。

「様子から見て十中八九変身系だろうな。確かうちのクラスにそんな能力のやつがいた気がする。ちょっと待ってろ。生徒の才能リストを探してくる」

 そう言うと、馬場は職員室を後にする。

 これならもう安心だろう。と、二人は心中ほっとした。これで誰かが傷つく可能性もなくなるのだから。

 それにしても、その狼男とは誰だったのだろう。馬場の口ぶりから、うちのクラスの生徒の誰かなのはほぼ確定ということ。それを思うと複雑だった。

「……」

 しばらくの時が経ち、馬場が職員室に再び姿を現した。しかしその手には何も持っていない。うえに、複雑な表情をしていた。

 嫌な予感がして、二人の顔も少し歪んでいた。

「すまん。資料が見つからなかった。いつもは資料室にあるのだが」

 ――予感は的中していた。

 これでは狼男の正体をつかむ事はできない。二人はまた、再び不安に苛まれる事となった。

「どうしよう……」

「幸いまだ三時間目が終わっただけだ。ちょっと言いづらいが、クラスでそれ話してみようぜ」

「で、でも、うちのクラスの誰かがその狼男かもしれないんでしょ……?

 本当にみんなに言わなきゃダメなのかな?」

 真一が不安そうにそう言った。確かにそうだ。最悪、不安にかられたその狼男の正体の生徒が、暴れ出す可能性もあるし、それが意識が残らないタイプの変身ならば、それを知ってショックを受ける可能性もある。だが、工は言った。

「何言ってんだ……だからこそ言わなきゃダメなんだろ! これ以上こんなことさせねえように!」

「……うん」

 そうするしか、今のところ方法はなかった。いや、これが一番確実だったのだろう。

 “二人で、独断で狼男を追跡するよかは賢明な判断だ”と、心の中で、工は自分に言い聞かせた。


 7


「狼男!?」

「ああ。朝、櫻木には言ったんだけど、俺たち昨日の夜、狼男に襲われた」

 昼休み。二人は38人のクラスメイト達にそれを伝えた。

 そしてそれは、謎の狼男警戒のための、緊急ミーティングのはじまりだった。

「なんじゃそりゃ。まーた誰かがやってくれたってェのか!?

 ふざけんじゃねえ! ふん捕まえてブッ潰す!!」

 その話を聞いた牛岡が、すぐに立ち上がって怒鳴り始めた。血の気が多く、すぐに興奮する質のようだ。

「落ち着け。どちらにしろそれが分からない以上、今は何もできないだろ」

 出席番号19番、不知火しらぬい寿人としひとが牛岡を宥める。不知火は、橙色のやや丸まった寝癖のある髪と、凛とした切れ長の目が特徴の美少年であり、このクラスの中でも、何かしらの特筆すべきものを持っている生徒だった。

 なぜなら、噂によると、彼はこのクラスにいること自体がありえないのではないか、と、S組の生徒がしきりに言っていたことが原因だった。

 彼はとてもGなどでは収まる生徒ではない。Sに入れて当たり前の生徒だと。そしてそれはG組全体にも知れ渡っていたので。

「確かにそうだけどよゥ、寿人。じゃぁー、このまま誰かがボコられてもいいのかよォ!」

「そんなことは言ってない。むしろ僕も止めたいと思ってるよ」

「だろ!? なら早く見つけよォぜ」

「ですね。ワタクシのクラスメイトがそのような悲しい事をしているのは、耐えられませぬ」

 黒子坂も続けて言う。すぐさまその狼男の心配もする点、他の生徒とはやや異質ではあるが。黒子坂竹丸は、入学当初から少し変わっている発言や行動が多かったので、そこまで誰も気にしてはいなかったが。

「僕は興味ないよ。厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だから」

しかし、出席番号36番、もり佳夜けいやのような反応をする生徒もいた。

 森は、眼鏡をかけた黒髪の目立たない少年だった。顔は可愛らしく、やや端正な顔立ちではあるが、その陰気そうな雰囲気から、あまり近づいてくる人間もいなかった。だからこそ、予想通りの反応だと、皆は思った。人には色々な考えがあるのだから、責めるのもお門違いだとも思っていたので。

 「ふざけんな佳夜! てめぇも強力しろォ!」と、牛岡は青筋を立てて怒鳴っていたが。

 「俺もちょっと……こえーし」と、生妻。

 「面倒ごとはゴメンだ。俺がケンカ売られたら返り討ちにすっけど」と篝火も続けて拒否の姿勢を見せる。

 黒を貴重としたロリータファッションに身を包んだ女子生徒、出席番号18番、しきみ有栖ありすも、興味がなさそうにその場を後にした。関わりたくないのだろう。

 彼女は、誰ともコミュニケーションを取ろうとせず、ずっと本を読みふけっていた。話しかけても「話しかけないで、それ、興味ない」と、けんもほろろだった。なので、今はほとんどの生徒が彼女に話しかけることをやめていた。

「またアリス様は本読みに行ったのかァ?」

「好きですわねー。『私にはなんの関係もない』、って女王様気取りですかぁ? 社会に出ると苦労しますわよん?」

「やめなさい! 失礼ですよ、八神やがみ君、木下きのしたさん!」

 その樒の態度が気に入らなかったのか、チャラチャラとした格好の男子生徒、出席番号37番、八神陽慈ようじと、ロールにした髪が特徴の女子生徒、出席番号10番、木下りんが悪態をつく。

 その発言を、クラス副委員長の眼鏡をかけた女子、出席番号6番、及川おいかわ瑠璃るりが注意を喚起した。

「でもよぉ、あいつ態度悪すぎんだろ。イヤなやつ。誰かの危険が迫ってんのに、あれはねーよな。森と篝火も自分勝手すぎっショー」

「他人が全員自分と同じ考えってわけじゃないですよ。人間なんですから。それにこれはさすがに危険すぎます。やりたいと思う方達だけで、先生にも声をかけ、許可を貰った状態で実行しましょう」

「その通りだな。私達だけでは何かがあった時に取り返しがつかんだろう。馬場先生に何かしら話すべきだな。おそらく駄目だと言われるだろうが」

 及川と紅林が今回の指針を指摘しながら話を進める。そうだ。生徒だけの独断で行動することは、多大なリスクが発生する行動なのだ。

 危険性が上がるというだけではない。見事、成功して帰ったとしても、先生方から大目玉を食うことになるだろう。それならば、やはり相談することが一番の通り道になる。

「というわけで、まずは馬場先生に私達で、狼男をどうにかして良いか話してみる。ホウレンソウは大事なことだからな」

「ホウレンソウ? ヤサイのどこがだいじなんだ?」

「野菜の菠薐草のことではござらぬよ、牛岡殿。ホウレンソウとは、“報告”、“連絡”、“相談”の三の単語の頭文字を取ってそう云うのでござる。

 物事の伝達を行う際、重要なこと三つをそう称するのでござるな」

「はー、メンドクセーなァ~」

 木庭が牛岡にそう言うと、牛岡は面倒臭そうに机にへたり込んだ。やはり彼は行動派なのだろう。そういった話には実に興味がなさそうである。

「あれ、元々どっかの会社が言い出したんだっけ?」

「300年以上前のな。こんなに年月が経っても未だに有名って凄くね?」

 生徒達が、そんな話をする。紅林は、再び口を開くと、話を戻した。

「話は後だ。調査に行きたい者は挙手しろ」

 ――いくつかの手が挙がった。

「――ふむ。なかなか多いな」

 手を挙げたのは、阿光、牛岡、海野、及川、木下、紅林、黒子坂、剣崎けんざき、木庭、狛村こまむら、不知火、工、真一、知恵野ちえの時野ときの野上のがみ日田ひだ桃瀬ももせ、八神、山田やまだ吉村よしむらの22人だった。クラスの約半数が挙手したことになる。

「しかし――22となると少々多いな。では、4組に分けるとしよう」

「組み分けは、先生の許可が出たあと、相談で決めましょう」

「馬場のやつ……許可してくれっかな……?」

「そればかりは、訊いてみないと分からないよ……」

 真一と工は、クラス委員の紅林、及川と共に馬場のいる職員室に向かった。


 8


「ダメだ」

 即答だった。

 分かってはいたものの、実際にその言葉を口にされると、出鼻を挫かれたような感覚になる。

 紅林は「そうですか、残念です」と、あっさりと引き下がったが、及川は「それならば、馬場先生も一緒にお願いいたします。私達も少しはお役に立てると思いますので」と、もう一つの提案を提示した。

「……しかし、うちの生徒を危険な目に合わせるわけにもいかないしな。息巻いているところ悪いのだが、これもお前達のためを思ってだな……」

 それでも、馬場は引き下がらない。これには、学校の理念の一つ、”能力を持つ生徒を正しい道に育てる“というものに基づいてのこと、そして、馬場自身が、自分達の生徒に何か起きたらいけないと考えてのことだった。

「やっぱ駄目か……」

「残念だけど、先生に任せよう」

 4人は、諦めて職員室を後にしようとした。その時、一つの声がする。それは重く、全ての事象を支配するような、そんな、”声“とは名状しがたい別の波動のようだった。

「面白い。そこまで自信があるのならば、やらせてみたらどうだ」

「学園長……」

 ――学園長。

 この草薙学園の創始者であり、現在もこの学園を統括する支配者。

 その男か女かも分からない。否、人間かどうかも分からないそれは、馬場や真一ら、5人の背後にいた。気配すら悟られぬまま。

 学園長は、漆黒のローブを纏い、黒の鉄仮面を顔に覆っている。そのため、性別は分からない。声は低く、男の声と分かるが、このような姿なのだ。男と確定する要素はほぼないに等しいようなものだ。

 それは、学園長というよりかは、魔王と称するべきで、誰も逆らえない。いや、逆らう事を自らの意思で拒否してしまうほどに、彼は不可思議な存在であった。

「学園長……!?」

「この人が、そうなのかよ……。こんなの、どう見たって人間じゃ……」

「園咲!」

「……すみません……」

 思わず萎縮した馬場が、園咲の頭を押さえる。それほどに、この学園長という存在は、異質で畏怖されるべき存在なのだろう。真一は、その空気に、恐怖さえ覚えていた

「しかし、生徒のみで危険な真似はさせられないでしょう。学園の教育理念に基づいてもいないはずでは」

「馬場鉄人。貴様はルールに則るだけの人間なのか? もう少し良く考えてみろ。

 確かに、この子供達だけでは私は認めなかっただろう。だが、貴様は教師だろう? ”そういった事態の対処法“も身を以て教えるべき――そうは思わんのか。

 この世界は、決して平和な世界などではない。それに、“奴ら”の脅威もある。綺麗に舗装された教育は、確かに安全ではある。しかし、安全なだけだ。不慮の事故にも逐一対応のできる人間が作れるとは限らん。

 馬場。生徒の意見を汲むのも教師の役目だぞ。少なくとも、この学園の教師はな」

「……しかし……。わかりました。

 ただし、先程紅林が言っていた希望者のみ、そして、俺が率先して行動することが優先。それでいいですね?」

「ああ。

 それと、狼男は満月に目覚め活動する生物だということを、覚えておけよ。それと、生徒のことは、しっかりと見守っておくことだ」

 学園長は、再び姿を消した。文字通り、姿が一瞬にして消えたのだ。これも学園長の力なのだろうか。

「……次の満月は明後日か。明日、希望者を集めて緊急ホームルームを開くことにする。明日の放課後、第8会議室に集合しててくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

 こうして、夜に出没した謎の狼男を、G組は探し出すことになった。被害を拡げないため、なにより、その狼男であるはずの生徒を助けるために。


 9


「では、これから緊急ホームルームをはじめる」


 学園の会議室。

 そこで、昨日の夜出没した狼男に対しての対策。そして、次の満月の日の調査の日に備えるための会議が行われていた。

 部屋に居るのは、馬場鉄人及び、調査への参加を希望した生徒22人である。

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Great Class 40 白神紫狼 @shioru_shironokami_09

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