お試し投稿
晴田墨也
第1話
僕の高校は、決して進学校などと呼ばれるような頭の良い学校じゃない。中堅という言葉がふさわしい、ほどほどに勉強して、ほどほどに部活も楽しんで、ほどほどの進路をたどって行く生徒が多数を占める学校だった。それが関係するのかは分からないが、魔法美術大学に進もうなんて生徒も、ここ数十年ほぼいなかったそうだ。
だから、美術科の先生は面白がって受験に最大限の協力をしてくれた。筆記試験の対策から、実技の“hand-made” つまり、魔法が高度に発展した現代ではほとんど行われない「手作業」で絵を描いたり塑像したりする練習まで、全部付き合ってくれた。
「お前ならいけるさ」
そういって送り出してもらった試験当日を思い出す。確か、当日も今日みたいな真っ青な空だった。違うのは、季節外れの雪があることだけ。
さくさくと音を立てながら僕は歩く。普段なら
「うう、寒い」
「軟弱だなあ」
「兄さんは黙っててよ」
両親はこの学校を受けるのに大反対だった。それでも我を通し切れたのは、兄さんの応援があったからだ。
一つ年上の兄さんは去年の同じ時期に、超一流大学にラクラク合格、今も結構いい成績で古代魔法についての研究をしている。けど、勉強が全てじゃないと言って、僕の夢を応援してくれた。
ちらと時計に目をやる。十二時五十五分だった。合否発表まで、あと五分。校門はすぐそこで、僕たちを待ち構えている。心臓がばくばくと大音量で叫ぶ中、僕はそれをくぐった。布がかかった大きなボードのまわりには、黒山の人だかりができている。
「さて、お前の番号はいくつだっけ」
「10037だよ」
「了解」
ざわめきが大きくなる。ボードを見上げて僕は、パキリと音がしそうなくらい冷たい早春の空気を、大きく吸い込んだ。すうっと神聖な気分が、体中を満たす。
「時間だ」
バサリ。
兄さんの言葉が終わらないうちに、布は大げさな音を立てて地面に落ちた。わあっとあたりが騒がしくなる。僕は必死に目を凝らして、10037の金文字を探した。10037、10037……
「……あ」
あった。金文字が、太陽にまばゆく輝く。兄さんが何か言っている、けれど、理解なんか出来ない。10037が、そこにあった。その事実が、喜びと視覚以外の感情と感覚を奪っているんだ。ふわりとハナミズキの花びらが降り掛かる。兄さんと僕は、笑い合う。
三月。僕に、春が訪れた。
お試し投稿 晴田墨也 @sumiya-H
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