第7話  対面/頼み



「全然眠れなかったなぁ……」


 目を擦りながら小さく呟く。

 昨日警察に捕まることなく、無事に学園に帰って来れたといっても、警察沙汰になってしまったので、それが学園側にいつばれるかハラハラしていた零はよく眠れず、授業中に睡魔と戦っていた。

 ただえさえここに来たばかりで授業についていくのが大変なのにこれでは不味い。

 だがしかし、体は正直なもので、瞼が重く、気を抜いたらすぐに眠ってしまいそうだった。


「なんとか乗り切らなくては……」

「グッドモーニンッ!!」

「ファッツッ!?」


 零が眠気と戦っていると大声と共に頬に冷たい感触が訪れる。

 突然の出来事だった為、零は思わず座っていた状態から体を跳ね上がらせた。そして膝を机にぶつけて悶絶する。

 突然の出来事に周囲から視線を集めたが痛みでそれを気にすることは無かった。


「ぐぉ……」

「あー……いやごめん、そこまで驚くとは思わなかった。

 これあげるから許して?」


 膝を抱える様にうずくまった零が目を濡らしながら顔を横に向ける。

 そこには苦笑いをしながら缶コーヒーを片手に持っている焔の姿があった。


「なんでここにいるんですか……一年生の教室なんですけど」

「君に用があったからいるんだよ」

「僕にはないです。

 お引き取りください」

「君はかたくなに私を拒もうとするね、そんなに嫌い?」

「嫌いではないですけど好きではないですね」

「正直な答えをありがとう。

 これからは好かれるように頑張ることにするよ」


 笑顔でそう言いながら焔は持っていた缶コーヒーを零に差し出す。


「で、何の用なんですか?」


 零は差し出された缶コーヒーを受け取り、目を細めながら焔に問いかける。


「あぁ実は……」

「あれ?焔先輩じゃないですか?何してるんです?」

「内緒話なら私たちも混ぜてくださいよーっと」


 焔が口を開くとその後ろから香蓮と良太が歩いてくる。


「やぁ香蓮ちゃんに良太君。

 丁度良かった、二人に頼みたいことがあるんだけど」

「頼みたいこと?」

「これから私と零君は学院長のとこに行くから、次の授業の先生に伝えてくれないかな?」

「学院長先生のところですか?」

「えっ、先輩はともかく僕なにもしてませんよ?」

「私が何かやったみたいに言わないでほしいな」


 昨日派手に魔法を使っていたことをまるで気にすることなく、ケロっとした表情でいう。

 零は思わず目を細めて批難の視線を送るが効果はなかった。


「さて、じゃあ行こうか」

「行きたくないなぁ……」

「そんなこと言わないで、ほら」

「腕を引っ張らないでください、ちゃんと行きますから」


 零は渋々と言ったように立ち上がり、焔と一緒に教室を出る。

 その後姿を見送っていた香蓮と良太は二人して顎に手を当てた。


「……傍から見るとイチャついてるようにしか見えんな」

「焔先輩の方は少なからず零君に興味を持っているんじゃない?」

「そうなんだろうが……」

「よし、後をつけろと私の記者魂が鳴り叫ぶ」

「やめんか」


 二人が去った後の教室でこのようなやり取りが教室内で行われていたが、廊下を歩く零たちが知ることは無かった。



  §  §  §



「はい、ここが学院長室」

「……なんというか、木製の扉なんて今時珍しいですね?」


 二人の目の前にあるのは零の言った通り、木製の大きな両開きの扉だった。

 装飾も多く、多彩な金具や木彫りがあり、非常に凝った作りとなっている。

 今の時代は学校の教室でさえも自動ドアなのでこのようなものはとても珍しくほとんど目にすることは無い。

 その為、扉に驚いた零はまじまじとその扉を見る。

 だがその隣に立っていた焔はどこかつまらないといった様子で扉を睨み付けていた。


「あのばーさんの趣味だよ」

「ばー……?」


 焔の言葉が誰を指すのがわからず、首をひねる。

 それと同時に焔は躊躇なく右側の扉をバンっと勢いよく右足で蹴り開けた。


「ちょっと何してるんですかっ!?」


 突然の焔の行動に零は驚きの声を上げる。

 だが焔はそれを無視してズカズカと蹴り開けた扉から室内に入る。

 おろおろとしていた零だが、咄嗟に左側の扉に隠れながら中を覗き込んだ。

 室内には向かい合う二つのソファとその間に大きなテーブル。その奥には横に長い机とリクライニングチェアに座るスーツの女性がいる。

 リクライニングチェアに座ってた女性は室内に入ってきた焔を見ると顔を顰める。


「……ノックもしなければ普通に扉を開けることもできんのかお前は?」

「できるけどしないだけだ。

 こっちはあんたの顔なんかできれば見たくないんだよ」


 女性は焔の言葉に顔を顰めるが、すぐに諦めたように全身の力を抜いてため息をついた。

 その様子を零は冷や汗を垂らしながら覗く。

 焔が目の前に対峙している女性はこの魔学院の長である永沢真澄ながさわますみ

 日本で最高峰と呼ばれる程の強さ持っている魔法師だ。

 得意な魔法は水を操る魔法と言われているが、本人が人の前に現れるのは少ない為か、その詳細はあまり知られていない。


「一発ぶん殴ってやろうか小娘」

「きゃー、理事長先生が可愛い生徒に向かって暴力をふるうのですかー!こわーい!」


 可愛い声を出しながらプリプリと体を動かす。

 それをみた真澄は握っていた万年筆を砕く。

 さすがにそれ以上はまずいと思った零は素早く扉から室内へと移動する。


「お久しぶりです学院長」

「あぁ零くん。元気そうで何よりだ」


 零の顔を見た真澄は何事もなかったように笑顔になる。そして砕けた万年筆から漏れ出ていたインクがまるで蛇のように動き、小さな黒い球はになってその場にとどまった。


「器用なんですね」


 法機を使わずに魔法を発動するのはさほど難しいわけではない。しかし、発動ができるだけでコントロールするのはかなりの熟練度やセンスなどが必要だ。


「こんなの誰にだってできるさ」

「お黙り小娘」


 インクの球は焔の顔に向かって飛ぶ。だが、その途中でピキリと凍らされ、床に落ちる。焔は法機を装備していない。しかし、呼吸をする様に行われたそれは焔がいかに優秀な魔法師であることを証明している。それを見て零は、焔は魔法師として力量が高いことを再認識した。


「はぁ……あんたが相手だと話が進まないよ」

「歳のせいだろ」

「先輩」


 しかし、それとこれとは別。真澄に対して嫌悪感丸出しで聞く耳を持たない様子を見て強く言う。焔はそれにムッとするが息を吐いて力を抜く。話を聞く耳を持つことにしたらしい。

 それを見た真澄は「おっ?」と驚いた表情になる。


「どうかしました?」

「いいや、なんでもないよ。

 さて、じゃあ話を済ませようか」


 真澄が人差し指をトントンと机をつつく。すると零達と真澄の間にホロウィンドウが表示される。

 そこには先日行われた焔と剛力の模擬戦の様子が映し出されていた。


「今日呼び出したのは剛力学君についてだ」


 真澄がそういうと丁度剛力が暴走した瞬間が映し出される。スタジアム各所に設置されているカメラから映し出されるそれは直接対面した時ほどではないがかなりの気迫があった。


「剛力先輩について?

 やっぱり彼は何かやってたのかい?」

「いや、特にそういう反応は出てないよ」


 焔の質問に答える真澄。しかし彼女は深刻そうな顔をする。それを見て焔と零はただならぬ気配を感じ、身構える。


「だけれど、剛力君はこの日から目が覚めない」

「……なんだって?」


 焔は予想外の言葉に顔を顰める。剛力についてはしつこく絡まれたために彼の頑丈さのことはよく知っている。少なくとも模擬戦でボコボコにしても翌日にはピンピンと動き回るほど元気になってるほどだ。故に、真澄の言葉は信じられなかった。


「原因はなんですか?」

「魔力枯渇と医者は言っている」

「魔力枯渇……ですか?」

「魔力は人にとって第二の血液だ。

 貧血と同じで体の中にある魔力が足りなくなると同じ様に眩暈や脱力といった症状が出る。

 これは授業でやったかな?」

「えぇ、この前丁度……」

「魔力枯渇そのものは魔法師なら誰でも一度なら体験するから対して珍しくない。

 ひどいものでも一日すれば回復する程度だ」


 真澄が腕を組んでリクライニングチェアに寄りかかる。


「だが、回復しない。

 具体的に言うと魔力が体内で貯蔵されないというそうだ」

「……なんだそれ」

「肉体から魔力の生成はされる。

 だけど作られた先から体の外に漏れ出てしまうそうだ。

 底が割れた水瓶みたいに」

「……それで、その原因はこれだと?」


 焔はそう言ってホロウィンドウに映し出される映像を指差す。それを見て真澄は縦に頷いた。


「ただ、この映像だけじゃよくわからない。

 他の職員から話は聞いたけど、一応、直接戦闘していた本人達から話を聞こうと思って呼び出したんだ」

「そうなんですか……」

「そんなわけで、あの時何があったのか話してもらえないかな」


 真澄はホロウィンドウを消して背筋を伸ばす。零と焔は顔を見合わせて頷く。そしてあの時あったことを余すことなく伝えた。

 話を聞き終えると真澄は右手の人差し指でを机と左手の人差し指で額をトントンとつついていた。


「魔法の威力向上と魔力の増強か……」

「それは暴走する前にも感じていたことだ。

 その時は普通に成長してただけだと思っていたんだが……」


 焔が頭を掻きながら不服そうに言う。あの時感じた違和感がつかめないことが気に食わないようでムスッとしている。


「そして額に現れた謎の紋様に紫の光ね……」

「なにかわかりましたか?」


 零が訊くと真澄は首を横に振る。


「わからないどころか、謎が深まるばかりだよ……」

「そういう専門家っていないのですか?」

「いない訳じゃないが……いや、ありがとう、参考になったよ」

「それじゃ、もう戻るよ」

「あぁ、構わないよ……あ、剛力三年生のことは他言無用だ。

 これは一部の者しか知らないからね」

「わかってるよ」


 焔はそう言って部屋から出ようと速足で歩く。それを見た零は真澄に会釈をしてその後をついていく。そして部屋から出る直前、後ろから「あ、そうだ」と真澄が何かを思い出したようにいう。


「焔は残れ、別に話がある」


 思わず二人はそれに足を止める。

 焔はそれがわかっていたのか、「やっぱり……」といって先程いた場所に戻った。


「すまないが零君はしばらく扉の前に待っていてもらえるかな?」

「えっ?まぁ、いいですけれど……」


 すぐ教室に戻るつもりだった零はまさか自分も呼び止められると思っておらず、少し戸惑うもののそれを了承する。


「えっと……じゃあ待ってますね」


 焔にそう言って零は学院長室をから出て、扉を閉めた。


 §  §  §


「それで話って?」


 零が出て行ったことを見届け、焔は真澄に向き直る。


「昨日、お前らが絡まれた一件についてだ」

「あれは不可抗力だ。

 咎められることなんてないよ」

「あれだけボコボコにしてよく言う……」


 真澄は目を細めて呆れた。

 だがすぐに真剣な表情に戻る。


「本題はそっちじゃない。

 お前と零君が狙われたほうだ」

「んっ?それがどうした?」


 焔は真澄の言葉に疑問を持つ。

 焔は良い意味でも悪い意味でも学内で名が知れ渡っている。

 嫉妬や模擬戦で負かした生徒に絡まれたり、闇討ちの真似事は経験がある為にあまり気にしていない。もっともこの前の他人を利用したやり方は初めてではあったが。


「私が狙われることなんて何ら不思議じゃないだろう?」

「そっちじゃない。零君の方だよ」

「あぁ、そういうこと」


 真澄の言わんとしていることを理解した。

 零は魔学院に来て日が浅い。なのにもう誰かに襲われるなんておかしいと。


「でもこの前の一件で戦っているのを見たからじゃないのかい?」


 焔がそういうと真澄は首を横に振った。


「それは無いな」

「……なんで断言できる?」


 焔の質問に黙殺で答える。

 その態度が焔を苛立たせ、気分を害させる。


「はっきりしないな……」

「悪い。細かい事情は今は言えん」

「……」

「ただ、お前にはあの子を守ってもらいたい。

 誰の手にも渡らず、誰かに傷つけられることもないように」


 真澄は俯いて擦れた声で言った。机の上に置かれた手は力強く握られており、その言葉の重さを表している。


「まぁ、いい。

 個人的に零君のことは気に入っているからね」

「助かる」


 その言葉を聞いて焔は学院長室を出た。



 §  §  §



「それじゃやっぱり、昨日のことはバレていたんですね」

「そりゃこんなところのトップなんだから魔法で起きた出来事なんてすぐ把握できる情報網は持ってるだろうさ」

「でもやりすぎで怒られるとはお笑いですね」

「つい熱が入っちゃうとついやりすぎちゃうんだなぁ~」


 ヘラヘラと笑いながら焔は言う。

 それに釣られて零も笑うがふと一つ疑問に思った。


「先輩と学院長ってどんな関係なのですか?」


 学院長の名前を出すときに出す表情。そして本人を目の前にした時の態度。さすがに気になってしまい、零は焔に問いただす。

 すると焔は嫌そうな顔になって言った。


「私の叔母で、魔法の師匠」

「へっ?」


 零は想像の外の答えが返ってきたことに驚いて思わず足を止める。

 そして先程聞いた言葉をゆっくりと脳で処理して理解する。


「はっ!?マジですか!?」

「嘘ついても仕方ないだろう?」

「いやそうですけど……。

 むしろその関係であそこまで仲が悪いのが逆に不思議なんですが」


 零がそう訊くと焔は足を止め頭に手を当てる。


「あのばーさんはスパルタなんだよ。

 一桁の子供を川や崖に落としたり、肉食獣と戦わせたり、森林に一人で放置したり、私じゃなかったら生き残れないレベルの修行をしてきたからな。

 あぁ、思い出しただけでもイライラしてきた。いつかぶっ飛ばしてやる」


 拳を握り締めてシャドーボクシングをする焔。それを見て零は苦笑いをする。そしてふと、別の疑問が頭に浮かんだ。


「ご両親に魔法を教えてもらわなかったのですか?」


 軽い気持ちでの質問だった。

 だが、それを聞いた焔の顔から表情が消えた。


「死んだよ」

「えっ?」

「私の両親は一〇年前に死んだ」


 冷たく、鋭い言葉だった。

 零はそれを聞いて言葉が詰まる。

それに気づいた焔はハッとすぐに口調を明るくして


「あぁ、いや、もう昔の話だ。

 別に気にしないでくれ」


 焔は笑顔で手を振りながら空気を和らげようと軽い調子で言う。


「すみません……」

「いいから、ねっ?」

「……わかりました」


 これ以上長引いても気まずくなるだけだ。

 それを理解した零はその言葉に縦に頷いた。


「さて、今からなら二時限目に間に合うだろう。

 急いで戻ろうか?」

「えぇ、そうですね……んっ?」


 二人で速足で授業に向かおうとした時、零は視界の端で人の姿を捕らえる。思わず足を止めてその方向を見た。

 そんな零に気付いたのか焔も足を止めた。


「どうかしたのかい?」

「いえ、大したことじゃないんですけど、ほらあそこ……」


 じっと見ていると校舎の中庭でこそこそと動いている男子生徒の姿が見えた。

 零はその人物に見覚えがあったので思い出そうと頭の中で記憶を漁る。


「あれ、腰巾着の石崎じゃないか」


 焔がそういうと同時に思い出す。

 模擬戦前日、剛力に隠れる様にして一緒にいた石崎勇夫だ。

 そのまま石崎の様子を見ると、ふと目があう。

 一瞬、驚いたような表情をするが、すぐにその場を立ち去ってしまった。


「何をしていたんでしょうかね?」

「さぁ……?」


 石崎の行動に二人は首を傾げると同時にチャイムが鳴り響く。


「「あっ」」


 結局、遅れて授業に参加することになった。

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