コミュ障男子、異世界で国王様をやってます

彩葉屋 仙左衛門

プロローグ『異世界で腹痛に悩まされます』

 早朝。まだ日が昇って間もない時間帯から、廊下を行く人影が二つ。


 一つは男。190㎝に届こうかという高身長に、彫りの深い精悍な顔立ち、オールバックにされた黒髪は、見る者すべてに畏怖を抱かせるような雄偉な姿を形作る。それは彼が纏う黒のスーツとロングコート、そこに彩を加える真紅のネクタイとストールによって、さらに圧を増していた。


 そしてもう一人。男の斜め後方に付き従うように歩くのは、女神もかくやというような絶世の美女。まるで月光が形を成したように美しい銀髪は朝日を浴びて淡く煌めき、深い海を思わせる蒼い瞳には知的で鋭利な光が宿っている。白を基調とした礼服に身を包んだその姿は、まるで神が創り出した至高の芸術品のようだ。


 ともに物語や名画に描かれるような美男美女。その颯爽とした歩き姿は、見事な威風に満ちていた。


「ぬ……」


 と、先頭を歩いていた男がピタリと立ち止まる。彼はゆるやかな動きで振り返ると、斜め後方で控えていた美女に言葉をかけた。


「お腹が痛いです……」


 この場に第三者がいたならば、己の耳を疑っただろう。それほどに、彼の姿には似つかない弱気な言葉。


「今日は大事な会議なのですから我慢してください」


 しかし美女は、まったく動揺した様子を見せない。それどころか、男が発する言葉を予見していたかのように淀みなく答えを返す。


「ぐぬ……やっぱ俺みたいなコミュ障にガチガチの会議は荷が重い……」


「またそんなことを言って」


 それもそのはず、数百年来の付き合いになる二人にとって、この掛け合いは遥か昔から変わらない日常の1コマなのである。


「国王が御前会議にいなくてどうするのです。さあさあ前進前進」


「帰りたい……」


 男の名を浮舟征一郎うきふねせいいちろう。ここ、永世国家【アルカディア】の国王にして、他人と話しただけで腹痛に悩まされる筋金入りの人見知りである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コミュ障男子、異世界で国王様をやってます 彩葉屋 仙左衛門 @iroha_kotodama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る