第10話 エピローグ・2
「レン、もう決まったのか~?」
日曜日、俺はレンと一緒にスーパーにいた。東京に帰ってきたら必ずしたいと思っていたことを、なんだかんだ忙しくて実行に移せていなかったからだ。
「もうちょっと」
とレンは商品の棚を見ながら真剣な声でいう。さっきもそういってからもう二〇分経つ。俺は小さくため息をついた。
インスタントラーメンを、二人で買いにきたのだった。
西表島から帰ってきてから、母さんが失われた十四年のためにその料理の腕を振るいまくって、どうしてもインスタンラーメンが食べたいと言い出せる雰囲気ではなかったのだ。だから俺たちは日曜の午後、こっそり二人でラーメンを買いに来て、おやつに作って食べようという計画だった。
でも、レンが悩みすぎて決まらない。
しょうゆ、とんこつ、味噌に塩。カレー味やチーズ風味や、トムヤムクンやバターしょうゆ。俺にしてみればどれでもいいと思えるものだけど、レンにとっては真剣に悩むべき問題だったらしい。なんせあれ以来インスタントラーメンは食べていなかったから、今日食べるインスタントラーメンが、レンにとってはなによりのご馳走なんだろう。それに、こんなにたくさんの種類があるということも、レンには誤算だったらしい。スーパーの棚の前に着いたときから、ずっと座り込んで真剣に唸り声をあげている。
「レオ、まえに食べたのなに味だっけ?」
レンがいう。俺は記憶をさかのぼらせて、
「とんこつだっけ?」
と適当にいう。
「違うよ。しょうゆ味だっていってたよ」
「そうだっけ?」
といいながら、『わかってるなら最初から聞くな』といいたいのをグッと我慢する。レンに、こういう日常も知ってほしかったからだ。
インスタントラーメンぐらい、本当なら好きなものを全部買ってやりたかったが、情けないことにそういうわけにもいかなかった。西表島でから帰るとき、俺は全財産をおみやげにつかってしまっていたからだ。
「う~ん」
と悩み続けるレオが、悩みすぎて
「なに?」
とレンは不思議そうな顔をする。その目はいつものレンの目だ。黄金色にはなっていない。俺は安心して、「べつに」といってまたレンを待つ。そうするとやっと、
「よし決めた」
とレンが立ち上がった。
「やっぱりしょうゆ味にしよう。レオとの思い出の味だから」
そういってしょうゆ味の袋を二つ手に持った。
その言葉に、俺はちょっと感動してしまった。俺が小銭の心配をしている間、レンは俺とのことを考えていてくれたのだ。
「・・・いいよ」
「え?」
「・・・欲しいの、全部カゴにいれなよ」
「だってお金ないんでしょ?」
レンが不思議そうにいう。俺はポケットの中から、クシャクシャになった五千円札を取り出した。
「あーーー!」
「あのときの、父さんのお金。残った分、実はこれだけネコババしてた」
「ずるい!」
レンは喚いたが、これは新しいゲームソフトを買おうと決めて、大事に取っていた金だったのだ。いいよ、といいつつ俺の心はまだゲームソフトをあきらめきれない。でもレンは俺が葛藤している間にも、カゴの中にラーメンの袋をポイポイポイポイ入れていった。
「そんなに食うのかよ!」
「いいじゃん、レオ嘘ついてたし」
「それにしたって、そんなにいるか?!」
「二人で食えばいいだろー?」
そうむくれるレンの顔に、俺はなにもいえなかった。
「二人でか」
「うん。二人でだ」
そういうレンに俺はなんとなく納得して、山盛りのラーメンをカゴに入れて、二人でレジまで歩いていった。
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