エピローグ

エピローグ

 見上げれば、気が遠のくような漆黒の闇が押し寄せる。母なる太陽系はどこだろうか……無数の名もなき星々が浮かんでいた。そして眼下には恒星の光を受けて輝く大海が広がり、その上を白い雲が粉砂糖を回しかけたように優しく覆っているのだ。外宇宙とケプラー22bの大気との境目は鈍く光り、どこまでも緊張感のないカーブを描いている。

 スペースシャトル・エンデバー号から母船のインディペンデンス号に移乗した僕らは、何だか懐かしいブリッジに集合していた。例の木製コンソールを前に、しばらく留守にしていた間の総点検を終えたばかりだ。

 


「……歩行戦闘型の電神・レギュラスを連れて行けば、カルキノスなんて怖くもないわね」


「ああ……。奴の20㎜チェーンガンは強烈だからな」


 ネコミミ少女のスケさんが訊いてきた。ふわふわ浮遊しながら、キツめの宇宙服を持て余し気味にしている。脱いで純白の下着姿になるのは、やめて欲しい。


「オカダ君、いつまで外を、そうやって眺めているつもりなの?」

 

「そうだな……飽きるまで」


 アニマロイドのカクさんが無重力下で何か食っている。マリオットちゃんが作ったという糸コンニャクを入れて焼いたドリア……

 通称イトコンドリアを上下逆さまで頬張っている。


「シュレムと喧嘩したまま、黙ってここに来たのはヤバいぜ。別れの予感がする」


「縁起でもないこと言うなよ……」


 そうは言ってもマジでピンチだった。僕が、植民惑星査察官として次はゴンドワナ大陸も調査しなければならないと頑固に主張したところ、シュレム様はお怒りになったのだ。


『オーミモリヤマ市が、まだ完全復旧できていないのに反対側の大陸に行くつもりなの? それは、あまりに無責任すぎるよ』


 彼女の主張は、もっともだと思われる。だがミューラー市長を中心とした新体制に当初から懸念された大きな混乱は発生せず、各コロニー都市は本来持つ機能の8割方を回復させつつあると僕は判断したのだ。

 実を言うと、以前から我々は話し合っていた。地球から来た査察団が権力を振りかざして支配的な地位にいつまでも居座るのはダメだ、ケプラー22bの事は開拓移民に全て任せよう、などと。 

 カクさん曰く。


「うひひ、オカダくん、国際連合宇宙局UNOOSAによる監視の目もここまでは届かないぜ! インディペンデンス号とコンタクト・ドライバーの力をフルに使えば新総督にだって……」


 スケさん曰く。


「そうね、その気になれば植民惑星を自由気ままに支配する王様になる事も決して不可能じゃないし、夢物語でもないってところが何とも……」


 だが我々はそんな野望を実現するために、命がけでこの辺境惑星に来たんじゃない。言わば自分はバランサーの役目でしかないのだ。体調を崩した人間に処方される薬のような存在か。

 僕は……新天地である植民惑星ケプラー22bに蒔かれた全人類希望の種を優しく見守る人でありたい。孤独な宇宙で健気に頑張るアマゾネス……いや、開拓移民の発展を最後まで見届けたい。そう、それこそが太陽系外植民惑星一等査察官の使命なのだ! 僕は再び旅立たねばならない! 悪く思うな、愛しのシュレムよ。

 

 その時ノイズのような音声が、ガツンと脳内に響いた。


『……オ・カ・ダ……くん……』


「うげ!? スケさんか、カクさんなのか?!」


「いいえ、目の前にいるじゃない」


「な~に焦ってんだ。ヒバゴンか、3メートルの宇宙人でも見えたのかよ?」


「何だ、誰なんだ、この脳内通信テレコミュは……いきなりビックリするじゃないか」


 だが、もう僕には誰からなのか、とっくに感じていた。彼女、僕があの時に捨てたナノテク・コンタクトを回収して後生大事に持っていたんだ。脳増量を含む特殊技能を叩き込まれたコンタクト・ドライバーでもないのに、軍用コードを突破してテレコミュできたのは正に宇宙の奇跡。

 やっぱりすごいな、僕よりコンタクト・ドライバーとしての才覚があるんじゃないの?





『行ってらっしゃい……オカダ君。

 私……いつまでも帰りを待ってるから…………』




 

 

 (終わり)



 



















 

 



 

 

 


 



 

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異星界アラフォー戦記~アマゾネスの惑星~Ver.2.0 印朱 凜 @meizin39

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