エピローグ

「赤貝、美味しいですよー!」

「今朝も活きのいい赤貝、入ってますよー!」

「さあいらっしゃいいらっしゃいー!」

 春の夕暮れ。国内では最大級チェーンを誇る回転寿司屋の一店舗で、俺は声を張り上げていた。以上のセリフ、全部俺。

 が、現在俺が赤貝を叫んでいるのは、二週間前の理由ではない。

 今日は、ネタの質を見ておすすめを決めている。昨日は本マグロだった。マグロ最高。

「お会計、3240円です」

 伝票を受け取り、三人家族の会計をする。ぴったり金額を受けとると、レジにしまう。しめて32皿分。

 その家族の帰り際、その母親が言う。

 ――なんかこの店、元に戻ったみたいね。


 翌日。

 俺は、いつもどおり朝起きて、いつもどおり学校に行って、いつもどおり放課後を迎えた。授業がかったるいのもいつもどおり。

「……き、今日、おわった、ね」

「おう、そうだな」

「…………バイト、や、休み! だね……」

「なあどうしたの?」

 いつもどおり、二人で家に帰る。

「……え、ほんとにそんな感じ?」

「何が?」

「いや…………えー…………?」

 通学路、進行方向左は工業地帯だ。この辺は郊外というか、大都市に挟まれたベッドタウンといえばきれいに聞こえる。実際は公害の町として知られているのだが。郊外だけに。ディスっちゃった事は口外しないでね。郊外だけに。もうやめるから安心して。

 理衣花に歩くときに手を揉む癖なんてあったかな。いや別に理衣花の手だけを常に見て生活してる訳じゃないけど、何となく、ね。

「…………赤貝、よかったね」

「そうだな」

「全然気づけなかったね」

「お前が仕事に集中しないからだろ」

 俺は、昨日の店長との会話を思い出す。


「お皿を、持って帰った?」

「本当に申し訳ありません!」

 おじいさんは深々と頭を下げる。

「あの日、お寿司を美味しくいただいた私は、普通にお会計するつもりだったんです。ところが……財布に入ったお金より一皿分多く食べてしまったんです」

 おじいさんはさんざん考えたあげくに導きだしたであろう謝罪文を読み上げる。

「そこで……赤貝食べたお皿を鞄に突っ込んで、偽装しました」

「そんなことよく思い付きましたね」

 一瞬の判断が素晴らしい判断過ぎる。

「それで、あんなにビビってたんですか?」

 理衣花がたずねる。罪悪感があったのだろう。

「そうですね、あなたの声が聞こえたときはバレたと思いました。だからお茶をこぼして……店員さんが来たらどうしようかと思いましたが、助かりました」

 ごめんなさいそれ俺らの怠慢です。

 しかし、俺はここでひとつの疑問が浮かぶ。

「あれ? でも店長、一日ごとに売り上げは計算してますよね? 一皿分ずれたのにネタの値段と誤差が出たの何で気づかなかったんですか?」

 うちの店では、寿司ネタごとに売り上げをまとめて、最後に全体の売り上げを出して、レジと見比べて一日の決算をする。当然あの日もやったはずなのだが、ここまで放置したのはおかしい。

 店長は不敵に笑う。


「ごめんね、百の位見てなかった。めんどくさくて」


 小学生かお前は。

「ったく……これじゃあどっちが悪いかわかんないな」

「いや、私は悪いです。すでに警察は呼んで、後で相応の罰を受けにいってきます」

 ちょっとお金が足りなかっただけで、そっちに行ってしまうのか。世の中世知辛いな。


「なんか、気が抜けちゃうよね。こんな終わりかた」

 理衣花は、こちらを振り向いて言う。久々に目を合わせた気がする。

 目を合わせたついでに、これも言っておくか。

「理衣花!」

 いつの間にか俺より前にいた理衣花を呼び止める。理衣花はさもめんどくさそうにこちらを振り向く。セーラー服が、ひらっと舞う。


「誕生日おめでとう」


 逆光でその表情はつかめなかった。太陽が赤いから、その表情まで赤く見える。

「…………覚えてたの」

 いつもなら聞こえない声量で、ボソッと呟いた理衣花。しかし、幸か不幸か、今は聞こえてしまったんだなー。

「忘れるわけないだろー!」

「うるさい!」

 電車組と別れ、人気の無い路地で大声を出し合う。さすがに近所迷惑かな。


「…………ありがと」


 風が吹いた。

「ごめん、聞こえなかった、もっかい」

「うるさい、ばかっ!」

 すん、と振り返ってすたすた歩きだしてしまった理衣花。

「あっ、ちょっと待てよ」

 俺の声が、その声を追いかける。


「どういたしまして」


 また、風が吹く。

「聞こえてたなら最初からそう言ってよ!」

 今度は、太陽とは関係なく、理衣花の顔は真っ赤になっていた。素直じゃねーな。俺もだけど。


 ピロロロン。


「ん?」

 なんだよ、若干いい流れだったのに。誰だよこんなときにメールしたの。

 差出人の名は、ここ最近見慣れすぎてしまったもので。

 なんかざわざわする心を抑えて、そのメールを開く。


 ――ごめん、かんぴょう巻き十倍発注しちゃった。テヘペロ!


「ええええええええ!!!!!!!!」


 俺らのデスゲームは、終わらない。

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回転寿司に行ったらまず赤貝を食べてください! 奥多摩 柚希 @2lcola

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