第6話
ミアーナ用に新しく建てた家に行ったミツヒロだが家はもぬけの殻で空振りに終わってしまった。どこに行ったのかとゴブリン村の中を探していると集会所が何やら騒がしい。
ミツヒロが覗いているとそこにはミアーナと大勢のゴブリン達が居た。
ミアーナはデカいソファーに座りいつの間にかできている舞台を食い入るように見つめていた。
部隊の上ではスーツを着たクニヒロとかつらを被ったシンバルが大きい声で何かを喋っている。舞台に置いてある完璧なクオリティの真実の口のおかげでそれがローマの休日のワンシーンだと分かった。
(また古い映画を選んだな~)
名作なのは間違いないがもっと他にいい映画があるんじゃないかと思ったが以前高校の英語の授業で教師にローマの休日の字幕版で見せられたことがあったのを思い出した。
きっとミアーナに何か無茶ぶりをされて昔全員が観たこの映画の劇をすることになったのだろう。
流石にセリフを全部暗記している訳ではないらしくクニヒロとシンバルは舞台袖のカンペをチラチラ見ているがそれでも、なかなか演技が上手だった。見た目がゴブリンのせいで台無しだが。
劇の途中でミアーナに話しかけるととんでもなく怒られるのは目に見えているのでこの際だからミツヒロも大人しく観劇することにした。
「私が一番印象に残ったのはローマです。私はローマでの思い出を一生忘れないでしょう」
「こうしてアン王女のローマの休日は終わりました。この何年か後、王女が新聞記者と婚約を発表したりして騒ぎになるのですがそれはまた別のお話し」
(ん? ローマの休日って別に記者と結婚とかは無かったよな?)
「ろーーーーーまぁーーーー!!」
劇が終わりミアーナは感極まり拍手しながらローマを称え続けていた。
自分がここに来た用事を思い出いたミツヒロは意を決してミアーナに話しかけた。
「随分満喫していますね。ミアーナさん」
「あ!! ミツヒロ!! 丁度いい所に来たわ!! 私ねジェラートが食べたい!! とてもおいしいんでしょ? あと、あなたゴブリン達の中じゃ特に手先が器用らしいわね、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい……なんでしょう?」
「私の髪もバッサリ短く切ってほしいのアン王女みたいに!!! それでねスクーターっていうの? あれに二人で乗っていろんな所を見て回るの!! そうねぇ……前に乗るのはクニヒロは論外だからとりあえずヨッシーさんにお願いしようかしら?
あーもう兎に角最高!! 監督!! 監督来て!」
「はいはい、呼んだかい?」
ミアーナに呼ばれてやって来た監督というのはなんとテルさんだった。
「テルさんが監督やってんの!?」
「あぁ婆ちゃんが好きな映画で皆よりたくさん見てて色々覚えていたからな」
「監督最高だったわ! やっぱり私の言った通り二人は結ばれて終わらないとね! この物語って続きはないの? あなた達の世界でも人気の物語だったんでしょ? 続編があるんじゃない?」
「残念ながら続編はないな。もし続きを作れって言っても無理だぜミアーナさん。最後に付け足すのだけでも十分冒涜なんだ。それに俺達に出来るのは再現くらいで自分達だけ物語を作るのは流石に無理だ」
「そうなの……まぁでもあなた達の世界にはまだ沢山のお話があるんでしょ? でもそうねぇ……その前のシンデレラもう一回やってくれない? 次は継母達がどうなったかもちゃんと付け足してね。やっぱり処刑かなんかされるんでしょ?」
「ああ、たしかにそういうパターンのもあったからやれと言えば出来るが……」
「じゃあお願い!!」
「あ、ああわかった」
「ミアーナさんちょっと監督借りますね」
「直ぐに返してね! 監督忙しいから!! あとミツヒロ髪切るの準備ちゃんとしててね!」
「どうなってんだよテルさん!!」
「どうなってるってミアーナさんに頼まれて劇やってんだよ」
「もしかして今日ずっとやってんの?」
「ずっとじゃねぇよ。ローマの休日やってシンデレラやって、さっきのが2回目のローマの休日だ」
「ずっとじゃねぇか!! どおりでまぁまぁの演技力の高さだったよ皆!!」
「おお! わかるか! 演技指導大変だったんだぜ? カンペにちゃんとセリフに強弱つけるよう全部印つけたり、感情入れるところはウンコの我慢具合で例えたり」
「なぁテルさん……俺はテルさんがミアーナさん見張ってくれていれば何とか面倒臭いことにならないだろうって思ってったんだ。それが何だよこれは! さっきも『お願い!』って言われたら即受けしてたし。しっかりしてくれよテルさん」
「……いや、知らんし。じゃあ逆に聞くけどお前あの可愛い顔で『お願い!』ってされて断れるんか? 俺は断れんな。ああ、断ることは出来やしない。なぁミツヒロよ、この世に可愛くて、しかも胸も大きい女子のお願いを断る男がいるだろうか? いやいない」
ああ、だめだこの人
ミツヒロもうっかり頭から抜け落ちていたがこの人も所詮男子高校生なのだ。
路上に飛び出た子供を助けて代わりに車に撥ねられその療養のために留年することになった人格者であるテルさんだが、結局この人もなんだかんだ文句や諫言を言いながらミアーナがここに居ることに賛成を投じた野郎だったのだ。
「なに芝居がかった言い方になってんだよ。もういいよ、兎に角ミアーナにこれ以上俺達の世界の知識を与えちゃ駄目だ」
「まぁ大丈夫だろ。魔法がある世界じゃカボチャの馬車もスクーターも同じようなもんだ。正直俺たちの世界の事を根掘り葉掘り聞かれるよりこうしてフィクション教えている方が100倍安全なんだぜ?」
「……たしかに」
ミツヒロ達が恐れているのは自分達の危険度がこの世界に知られる事だった。以前の調査でこの世界は魔法が存在するがその代わりに科学の発展が遅れていることがわかっていた。具体的には上下水道はかなり整備されているが地球の三大発明、火薬、羅針盤、活版印刷が発明されていないか普及していないようだった。
「魔法で代用できるから無いんじゃね?」とクニヒロは言っていた。
そんな文明では俺たちの知識がどう作用するかわからない。ミアーナは特にその有益さに気づいている節がある。それならこの状況は最善とも言えた。
「それなら俺、髪を切るハサミ持ってくるわ。あとネタに困ったら言ってくれ。俺レ・ミゼラブルの映画版めっちゃ詳しいから」
「ああ、頼むぜ。だがレミゼは却下だ。ここの文明とレベルがかなり近い。この国ってたしか王政だったろ? 影響されてミアーナさんが革命を先導し始めたら困る」
俺ジャンバルジャンやりたかったのに……とミツヒロは思った。
でも仕方がない。民衆の歌みんなで歌ったらとりあえず革命したくなるのは確実だからね。
ゴブリン突撃舞台 北枕猫 @saka
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