3 金時、再会を約すること

 はじけるような音をたてて、濡れた土砂とひきちぎられた草の葉が吹きあがった。


 まるで突如として、局地的な竜巻が発生したかのようだった。広大な野を吹き荒らしていた風が、男の足もとのひとところから、いちどきに噴き出したようなものだ。


 泥と血と、むせるほどに濃い草のにおいが男の顔を打った。片手で泥しぶきから目をかばいながら、思わず身をひきかけた男の太い足首を、がっきとつかんだなにかがある。


 指。いまのいままで踏みしめていた番卒の――いや、その屍の、命ない指が、万力のように男の足首をとらえて放さない。


 ぺたりと冷えきったその感触が、男のせなの毛をぞくりと逆立たせた。


 どれほど剛胆な者であれ、得体の知れぬが身近に迫れば、本能的に身をすくめ後じさるのが生き物としての道理である。そのまま脚をひいていれば、あるいは骨ごと足首からねじ切られていたかもしれぬ。指は血ぶくれた蛭のようにしんねりと、しかも虎ばさみのように容赦なく、肉に嚙みいっている。


 だが。


 とっさに男は、退くのとは正反対の挙に出た。


 もとよりしんから野育ちで怖いもの知らず、世のつねの常識など、つゆほども持ち合わせてはおらぬ男のことである。


 この世ならぬ化け物に、おのが足をもぎ取られんとするその危うい、まさに一刹那――男は仁王さながらの太い脚を、ひくのではなく、力いっぱいに踏みこんだ。


 鼻息も荒く、全身の力をこめると、


忿ふんっ」


 気合い一閃、上体を浮かせすがりついてくる死人しびとの胸を、わらじの底でひと息に踏み破る。


 ばきばきと小枝のようにあばらが折れ、臓腑がひしゃげ、背骨が砕ける生々しい感覚が、踏みしめた足の裏から、力をみなぎらせた太ももへとのぼってくる。


 ずうん、と大地が鳴った。そこここにたまった水のおもてに、さざ波のような波紋が走る。


 四方に広がるその渦の中心にあるのは、男の右足だ。太りじしの屍の胸を貫きとおし、土の中に足首までもめりこんだその深さが、男の桁はずれの強力ごうりきを物語っている。


 ひとつふたつ、屍の全身を弱々しい痙攣が走り抜けた。ぽとり、とようやく糸の切れたあやつり人形のように、その指が離れて落ちる。人形つかいを失えば、人形はただの人形――いや屍にすぎぬ。


 男は片手で器用に菅笠のあご紐をとくと、


「へへ……ご立派な挨拶だ」


 にやりと笑い、笠を捨てた。存外に若い、というよりは幼くさえ見える顔が、薄明かりのもとにのぞく。


 ――骸に気をとられたか。


 どんぐりまなこをぎょろりと左右に走らせると、その年若い巨漢はぶしょう髭にまみれた顔に苦笑いを浮かべ、刀をおろした。


 ――野郎、まんまと逃げよった。


 いつのまにか、風が吹きやんでいた。どこか遠くで、さぎが鳴いている。


 そのだみ声を、一刀のもとに斬り伏せるようにぶん、と白刃一閃、刀身の水滴をはらうと、


「あずけたぞ!」


 男はくわっ、とまなじりを決して、


「ぬしとの勝負、いずれかならずこの坂田の金太郎がけりをつけてやるゆえ、待っておれ」


 果つるかたも知れぬ荒野に向かって呼ばわった。


 そこにはただ、月光が白々と夜の底を照らしているばかりであった。

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