エピローグ 親友の魔法少女との恋に落ちていたので、ずっと一緒にいることにする

「南は記憶を取り戻した。そして、萩野も陽太が男に戻れば親友に戻れるはずだ。ただ、黒崎晴翔という人間がいなくなるだけ。……だから、そんな顔をしないでくれ」


 ――ぼうっとする頭で、オレは晴翔の言葉を聞いていた。


 男に戻れば?

 自分がいなくなるだけだ?


 ……あまりにもな物言いに、沸々と頭が煮えたぎり、歯を食いしばる。


「星子や両親……陽太を支えてくれる人は他にも――」

「……晴翔の、馬鹿野郎っ!」


 気づけば、オレは平手打ち。

 パァンと景気のいい音がして、晴翔はきょとんとした顔を見せている。


 その頬には真っ赤な紅葉型の跡が出来ていて、はっと我に返り、オレは慌てて近寄った。


「ご、ごめん、晴翔っ!」

「……だ、大丈夫だ」


 完全に意表を突かれたのか、呆然としてしまっていて晴翔の反応は鈍い。

 何が起きたのかわからない。そんな雰囲気。

 

 ……酷いかもしれないけど、今が好機だと考え、エプロンをばっと脱ぎ捨てる。

 そして、ずっと胸元に付けていたペンダントを握りしめ、オレは反論を開始した。


「晴翔、オレの話を聞いて欲しいんだ」


 あいつは、無言。

 聞いてくれるのか、困惑のあまり話せないのか。

 どっちでもいい。


 思い出すのはある日の観覧車の中。

 あのとき、晴翔が自分のために頑張ってくれているんだと思ったら何も言えなかった。


 でも、それじゃ駄目なんだ。

 自分で思ったことは伝えなきゃいけない。後悔しないためにも。


 玲緒奈さんも言ってくれた。

 ――嫌がることをされたら病み上がりだろうが気にするな……って。


「まず一つ。……オレは、男には戻らない。これは、学校の授業に出るようになったときから決めてたこと」

「……陽太」

「ううん」


 名前を呼ぶ晴翔に対し、オレは首を横に振る。


「オレはもう陽太じゃない。ルナとして生きてく。……だから、晴翔にもそう呼んでほしい」

「……いいのか?」


 決意を込めてそう言ったんだけど、晴翔の顔は困惑の色が濃い。

 だから、ちゃんと順序立てて説明していく。


「半年前、女になっちゃったのが嫌で嫌で仕方なかった。それを知って、晴翔が男に戻そうって考えてくれたのは本当に嬉しいよ」


 オレは心からの感謝を込め、晴翔へと微笑みかける。

 心配ないんだって。

 そう思ってもらいたくて。


「でも、その半年で、オレは女として生きていく決心がついたんだ。勿論、戻れるなんて思ってなかったのもあるけど……。その状況で昔みたいに戻されても、正直困る。同じことの繰り返しだよ。オレ・・が僕(・)に戻ることはないんだ」

「……だが、家族はどうするんだ? 南はイレギュラーが重なった結果でもある。彼らが、陽太としての記憶を完全に取り戻すことは難しいかもしれない」


 晴翔の疑問はもっとも。

 オレが星子たちに当たり散らすさまは何度も見せてしまったから。


「それも大丈夫だと思う。前に言っただろ? 母さんたちはたまに昔のことを思い出してくれるって。それに、もういいんだ」

「いい……?」


 首を傾げる晴翔。

 そんなこいつに首肯で応える。


「昔のことを言われてもわからないときがあるのは悲しいけど――未来(これから)は、間違いなくオレ自身との記憶なんだ。だから、平気」


 決意を口にすれば、自然と心が引き締まるのを感じていた。


 オレが完全にルナになっても、星子は相変わらず弄ってくるだろうし、母さんとはむしろ仲良くなれるはず。

 父さんは……女三人の家になっちゃってちょっと立場がないだろうけど、オレは邪険にするつもりはないし、育ててくれた感謝は変わらない。


 ――うん。後悔なんてない。


「次に、晴翔がいなくなるなんて、絶対に嫌だ。……お前は、オレが『世界で一番大切』って言ってくれたよな」

「ああ。だから、俺は――」

「――ストップ。オレの話を聞いてくれ」


 晴翔が反論しようとするのを妨げた。


 こいつは、本当にオレのことを考えてわがまま・・・・を貫こうとしてくれている。

 だから、オレは晴翔のために、自分のわがまま・・・・を押し通す。


 それに、これから言うことを考えると、胸が今にも破裂しそうなほど脈打ってるんだ。

 一瞬でも立ち止まれば、恥ずかしさのあまり、蹲ってしまうに違いない。


 邪魔なんてさせない。

 必死に言葉を紡いでいく。


「それは、オレにとっても変わらないんだよ。……晴翔は、オレの『この世界で最も大切な人の一人』なんだ」


 ――一番とはいえなかった。

 家族だって大切なことに変わりはないから。

 どちらかと選べって言われたら、選べない。


 だけど、晴翔はその家族と変わらないぐらい――もしかしたら、これからもっと大切になるかもしれない、男の子。


 だから、彼(・)がいなくなるなんて考えられなかった。


「オレは、晴翔みたいに達観できない……。大切な人と永遠に離れ離れになっても、笑ってくれてたらそれでいいなんて思えない」

「だが『暗黒の種子』をこのままにしておくわけにはいかないだろう?」


 晴翔の懸念はわかる。

 離反したとはいえ、自分たちの組織が生み出したものなんだ。

 それも、オリジナル――いわば、親がやったことなんだから。


 彼は、その責任を果たすための行動だって信じてるんだ。

 でも―― 


「――晴翔は、無責任だよ」

「……俺が?」

「うん……。人の心を散々揺れ動かしておいて、自分だけいなくなるなんて酷すぎる」


 晴翔は、傷ついたオレをずっと見守って、そして癒してくれていた。

 でも、これだけ自分のことを好きにさせておいて、さよならなんて残酷にもほどがある。

 『暗黒の種子』がなくなって危険性はなくなるだろうけど、オレは負の感情に飲み込まれてしまうに決まってる。


 涙が枯れ果てるまで泣いて、諦めてこれからを生きていけっていうのか?


 それがオレを救う贖罪だっていうのか?


 そんなの、絶対に違う。


 晴翔に全部押し付けて終わりなんて、絶対に嫌だ。


「お前がやってることはオレを傷つけるだけ……救いになんてならないよ」


 オレの言葉に、晴翔は息を飲む。


「……なら、どうすればいい?」


 あいつは苦しげに絞り出す。

 でも、それはオレが待ち望んでいた一言だった。


「正の感情があれば『暗黒の種子』は抑制できるんだろ? ――例えば、幸せとか」


 『暗黒の種子』を取り除かない限り、汚染されていてほんの残滓とはいえ、白銀の魔法少女シルバー・ウィッチの力はオレの中にある。

 溢れんばかりの幸せな気持ちがあれば、きっとほんの少しずつでも、浄化できるはず。


 ――昨夜、夢の中で会った陽太は、『暗黒の種子』に取り込まれたオレの一部だと言っていた。


 今ならわかる。

 彼女は、白銀の魔法少女シルバー・ウィッチとしてのオレ。

 つまり、その力の最後の一欠けらなんだ。


 そして、彼女は


『見守らなきゃならないものもあるからね』


 とも。


 それは、『暗黒の種子』の行く末じゃないのか?


 だとしたら、あいつの言っていた「何年後かに訪れる、オレの中にあの陽太が必要なくなったとき」――それは、『暗黒の種子』の浄化が完了したときのことを指しているはず。


 殆ど憶測に近い。

 でも、女の勘っていうんだろうか。


 何故か、確信をもって断言することが出来る。

 勿論、そのまま晴翔に告げても理解してもらえないだろう。


 だから、違ったアプローチで攻めていく。


「言ったよな。『責任』と『覚悟』があるって」

「あ、ああ」


 じっと、彼の顔を見据えれば、気圧されたかのような晴翔。


「なら、それを見せて欲しい」


 鼓動の高まりはピークを迎えている。

 いつ爆発してもおかしくない。だからこそ、最後までもう一息。


「――贖罪だっていうなら、『責任』をとってオレを幸せにしろよ。そのぐらいの『覚悟』は持ち合わせていないのか?」

「陽太――いや、ルナ……」

「笑っていて欲しいなら、ちゃんと笑顔にしてくれ。……自分を犠牲にして、それで終わりなんて許さない。命を、粗末にするなよ。どんな経緯で生まれてきたとはいえ、晴翔は晴翔なんだから」


 戸惑った様子を見せる晴翔に詰めていく。


「もし、これだけ言っても自分一人で『暗黒の種子』を捨てに行くって譲らないなら、オレもついていく。お前を一人にはさせないよ」


 最後のは、半ば脅し。

 家族との永遠の別離を意味していて、どちらにせよ酷い苦しみがオレを襲うことになる。


 それ以外も、オレの言葉の殆どが呪縛だった。

 でも、そうじゃなきゃ駄目なんだ。


 晴翔は自分の命を軽く見ているから、重しがないと平然と自己犠牲を選択してしまう。


 他人から見れば素晴らしいことだけど、残された方のことなんて考えていないんだ。


 陽太(・・)だったころのオレと同じ。

 晴翔を庇ったせいで女になっちゃって……。

 助けたことを後悔はしていないけど、荒れるオレの姿を見て、晴翔は随分と苦しんだんだと思う。

 

 ……伝えたいことは、全部言った。

 ペンダントを握る胸元の手を緩め、大きく深呼吸。


 晴翔は、逡巡。

 熟慮しているのか、口元に手をやり考え続けていた。


 そして、ようやく晴翔はぽつりと呟く。


「……そうだな。俺も、この世界からいなくなりたいわけじゃない。むしろ、ずっと居心地がいいと感じていた。だが、問題が一つある」


 神妙な様子に、続く言葉をじっくりと待つ。


「俺が、本当にお前のことを幸せにできると思うか? どうすればいいのかもわからないのに」

「……そのあたりは、自分で考えてくれよ。今までみたいに人に聞いてもいいし……でも、自分で考えてくれたら嬉しい」


 多分、答えを指し示すことは簡単。

 そうしてくれ、って言えばいいんだから。

 だけど、それじゃ意味がない。


 ここまで縛っておいて今更だけど、晴翔には自分の意思で見つけ出してほしかった。


 ……それに、恥ずかしくてこれ以上言うのは無理。


 うん、頑張ったんだよ。





「なあ、ルナ」

「……どうしたの? 晴翔」


 一月後の昼休み。

 いつもの様に晴翔に弁当を振舞っていると、彼は突然声をかけてきた。


 ちょっとそわそわしていたこともあり、沈黙が気まずい状態だったのでとてもありがたい。


 ……あの宣言以降、私(・)は完全にルナになった。

 別に、考え方が180度変わったわけじゃないし、陽太としても記憶も保ち続けている。


 それでも若干の変化はあって、とりあえず、まずは言葉づかいから改めるようにしている。


 だから、今のオレ・・は私(・)なんだ。


「……萩野とは、どうなんだ?」

「うーん、いまいち、難しいかな。あいつは、私(・)と陽太で扱いが違いすぎたから。たま~に男の子の頃みたいにコミュニケーション取ろうとするのがちょっとな。悪気はないんだろうけど」


 二人して、苦笑。


 義弘は、南と違って完全に記憶を取り戻すことはなかった。

 でも、それは問題ない。

 晴翔の友達の一人という、以前とはかなり異なる関係になってしまったけど、友人であることには変わらないのだから。


 たまに背中をばしんと叩いたりしてくるのは困ったものだけど、その度、彼は土下座に近いことをしていたり。


 一方、南は陽太(・・)のことを知っていることもあって、とても仲良くなることが出来た。

 厚かましいかもしれないけど色々(・・)な相談に乗ったりしてもらっている。


 実は、昨日も二人で秘密の話をしていたわけで……。


 むむむ。

 その内容を思い出すと、胸が高鳴り始める。


 挙動不審にならないよう、必至で務めていると


「……から揚げ、旨いな」


 晴翔はぼそり。


「あ、それ。オレ――じゃなくて私が初めて揚げたんだ」


 喜びのあまり、思わず昔の一人称に戻ってしまう。


 ――晴翔に昼食をごちそうするようになったとき、私は一つの願掛けをした。


 お弁当を自分一人で作ることが出来れば、自身を持って彼に想いを伝えよう……って。

 それが、ちょうど今日。


 どことなく挙動不審なのも、それが原因。


 あのとき、晴翔には自分で考えて欲しいって言ったけど、それじゃもう待ちきれない。

 というより、彼に期待する方が無理だった。


 あれ以来、晴翔は私に対し試行錯誤している。

 二人でどこかに出かけたり、美味しいものを食べに行ったり。

 相変わらず星子やお母さん、それに加えて玲緒奈さんや金剛さんにまで協力してもらっているのだとか。


 ……オレ・・だったころとあんまり変わっていない。

 嬉しいのは嬉しいんだけど、これといった進展はない。そんな感じ。


 ――だから、覚悟を決め、私から一歩踏み出していく。


「あのさ。私、一つだけ決めておいたことがあるんだ」





「あのさ。私、一つだけ決めておいたことがあるんだ」」


 緊張した面持ちの陽太――いや、ルナ。

 だが、俺は首を振り、彼女の言葉を妨げる。


「ルナ。その前に俺の話を聞いてくれ」

「え……」


 話の腰を折るのは心が痛むが、俺も切り出すタイミングをうかがっていたところなのだ。

 彼女が何を言おうとしているのかはわからないが、その前にこちらも伝えておきたいことがある。


 それは、ちょうど一月前とは反対の構図。


「あれから、ちょうど一月が経った」

「う、うん」

「俺なりにお前を幸せにする方法をずっと考えていたんだが……」


 ない頭で熟慮に熟慮を重ねたのだ。

 それでも――


「……さっぱりわからん」

「ああ、やっぱり」


 ルナは苦笑いを浮かべる。

 とはいえ、言葉の端に落胆が見え隠れしていた。


「だが、一つだけわかったことがある」

「うん、それで?」


 何処か投げやりなルナ。

 しかし、俺は思いの丈を連ねていく。


 それは、一つの結論。

 ひたすら一人で考えた結果導き出された、恐ろしく単純な帰結。


 ――自分が幸せだと感じることを、相手にもしてみればよいのではないか。


 奇しくも、彼女を陽太に戻すため行動し、失敗した最初の行動と似通ったものだった。


「どうやら、俺はルナが近くにいると強い幸せを感じるらしい。もし、お前も同じなのだとしたら、ずっと傍にいてもいいか?」

「あー。傍にね。なるほど」


 彼女の反応は変わらず、棒読み気味に軽く返す。


 ……やはり、間違っていたのだろうか。

 首を傾げながら、二の句を継ごうとして――。


「――って、ええ?」


 ルナが叫びだす。


「幸せにするために、ずっと一緒にいたい。許されるのならば、償いのためだけでなく、自分の意思で。それが俺の答えだ」

「ちょ、ちょっと待て。お前、いきなりすぎ!」

「……駄目か?」


 あわあわと右往左往する彼女に、いつものよう微笑みかける。

 すると、ルナは


「駄目じゃないけど……」


 と満更でもなさそうにぽつり。


「そうか。なら、よろしく。ルナ」

「……うん」


 頷くとともに満面の笑みを浮かべるルナ。


 陽太だった頃から変わりない、見ているだけで心が温かくなるようなそれ。

 だが、ルナとなることで、どことなく雰囲気が一層柔らかくなった。

 そんな風に俺は感じている。


 ――俺は、陽太を取り戻すことは出来なかった。

 いや、その必要はなかったのだ。


 彼女は「僕」から「オレ」となり、「私」へと辿り着くことで結末を受け入れ、そして自分の足で前を向き、未来(これから)へと歩み始めたのだから。


 一時の苦しみで終わるはずだった償いも、彼女の手によって、一生の幸福へと変化してしまった。


 空を見上げれば、広がっているのは曇一つない青空。

 昼だというのに、小さな月が見えている。


 生まれ故郷では見ることのできなかった光景だ。


 俺はこれからも彼女を支え続けたい。


 そして、この空の下でルナと共に――ずっと、一緒に生きていく。

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親友のTS魔法少女が闇落ちしていたので、元に戻すことにする ぽち @teriyakiakira

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