冷たい夜-4
「話しを戻そう。あの時、アレイシアが私の命を望んだために、私はあらゆる可能性の世界を渡り歩いてきた。その中で避けられなかったことは二つだ。白伊颯の死、〝皿〟の墜落」
「そのどちらもが、あなたの死に繋がっている」
だからナディアはこんなことを繰り返している。颯の死が暮葉の死を呼び、〝皿〟の墜落が、この世界と魔術の死を呼ぶ。
「私は、大勢を助けられるとは思っていない。でもあの記憶通りにはしたくないと思う」
そうだな。竜は寝そべって相づちをうつ。くろい眼だけはこちらを見上げて離さないまま。この暗い中でも、その眼は見えるような気がした。気がした。見えているこの眼が、実際見えているとはとても思えない。
「だから最短で、最小限でやりたい。見知らぬ人助けをするつもりはない」
口に出し辛いが、形にしなければいけない。ナディアには声にせずともわかっているだろうけれど、これは言っておかなければならない。だってこれは、これから先背負っていくものだから。口に出せば物理的な重さを感じる。思うだけではなくて、口に出すことで。
「だから、今これから戦争が始まろうが気にしない。大勢が死んだって」
それが、ナディアの死に関係がないなら。
自分は今とても冷血な、人とは思えない決断を、決意をしている。これが竜に嫁いだということだろうか。いや、ナディアに腕を喰われなくても、同じことをしていただろう。だってこの右手は、生身だけれどもうずっとナディアの一部だと思っていたのだから。
あなたはこの次に、どうすればいいと思うの。
思うだけの問いかけに、ぐるる、喉を鳴らして提示されたものは二つだ。
「でもね、私が選ぶのはイオレよ」
これはどちらでもない。颯を脅かすメイズでも、颯自身の保護でもない。
「あの子はどちらにも近い。〝皿〟を落とすピアにも、死んでしまう颯にも」
どちらにも、イオレがいればたどり着ける。実に便利な位置にいて、そして、直近の行動も気になる。国境近くになぜいたのか。颯が近くにいたのは偶然だったのか。今どこにいるのか。
行こうか。ナディアのささやきが、びりびりと響いた。
***
流風はきつく止血し直した颯の身体を抱え直した。背負えれば楽になるとは思うが、肩に担いで立ち上がる。鎮静剤もこれで打ち止めだ。一族の――元を辿れば朱伊皐月謹製の鎮静剤は他のどんな薬よりも、なにに対してもよく効く。きっと、特に颯に対しては効くだろう。白伊の、彼女の一族に確かめたわけではない。自分の知りうる情報から予測しただけのことだが、きっと間違っていない。竜を祖先にもつと信じ、先祖返りを夢見て近親交配を続けた白伊という一族の結晶、その片割れ。颯の折れていた脚の骨はもう繋がっている。やはり竜の力は驚異的だ。
竜を喰らわば皿まで 木村凌和 @r_shinogu
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