エピローグ

戦い終わって

 祝福モードが収束した頃、教授、静真、知香、ナミオはロナの手当をしていた。

 命には全く別状無さそうではあるが、出血はあるのだから、無傷という訳ではないのだろう。

 そして、その傍らで、両陣営のトップが向かい合っていた。

「さて、大事に至らなかったことだし、今回の件は不問にしましょうかね。あれこれ調べられて困るのはお互い様でしょう?」

 学園長が改まってプレジデントKに示談を申し出る。巨乳ボイン獣とペタバイトの戦いは元より、銃まで出てきては公にすると学園の評判にも傷が付くだろう。

「ええ、そうデスね。その方がお互いのためだと思いマーーーーーーース!」

 プレジデントKもその申し出をすんなり受け入れ、あっさりと両勢力の示談は成立した。

 そこで、学園長の態度が変わる。

「……で、いつまで変な声出して巫山戯てるつもりかしら、二丘くん?」

「え、に、二丘くんってどなたデショう?」

「そのサングラスを外しなさい!」

「ああ、何をするのデスかっ!」

 学園長は容赦なくプレジデントKのサングラスを毟り取る。

 そうして現れたのは、落ち着いた雰囲気の紳士然とした美青年であった。

「……全く、相変わらず愛ちゃんは乱暴ですね」

 先ほどまでとは打って変わった柔和なテノールで、その青年、二丘は言う。

「人を気安く呼ぶな!」

「いいじゃないですか。幼馴染みなんだし」

「ええ!」

「嘘!」

 告げられた冗談のような事実に、千沙菜と合歓子が思わず声を挙げる。

「残念ながら、事実よ。広場に現れたときから、どっかで見たと思ってたのよ、プレジデントK。ロナさんの件でドタバタしてツッコむタイミングがなかったけど、勝負が終わって、こいつがいることがはっきり解った時点で、何となくTKB団のことも解ったわ」

 そこで、二丘に向かって指を突き付けて叫ぶ。

「変な理屈付けてたけど、あれ、学生時代にさんざんあんたが私に言ってた悪口じゃないのさ! 『北多はペタ、北多はペタ』って!」

「仕方ないでしょう。そこだけが問題だったんですから。私の理想的な女の子なのに、そこだけが……」

「あのぉ、もしかして、二丘さんって……」

 合歓子が期待の籠もったような目で二丘に尋ねる。

「いいえ! それは認めることができません! だから、英国で勉強してドッピアを立ち上げて、どうにか彼女の胸を大きくしようと……」

「え? 何、あんた、そんな動機で会社起ち上げたの!」

「悪いですか? そういえば前に当社の豊胸ジェルの試供品取り寄せたでしょ? 実は凄く嬉しかったんですよ、あれ。結局買って貰えませんでしたが」

「あんたの会社だって知ってたら頼まなかったわよ! もう、いつの間にか英国に行って音沙汰なくなったと思ってたら、そんなこと考えてたの……」

「ええ。英国は世界有数の豊胸国! 豊胸について学ぶことは沢山ありますからね」

「で、今回の嫌がらせは何? また学生のときと同じような理由?」

「そうです……」

「はぁ、道理で学生よりも私に矛先が向いてたはずだ……小学生か、あんたは」

「そうですね。否定はしません。でも、今回の一件で私も意固地になり過ぎたと悟りました。私の方がもう少し理解するべきだったのかもしれません……『貧乳』というものを」

「真顔で何馬鹿なこと抜かしてんのよ!」

「男とは馬鹿な生き物なんですよ」

「ふ、ふんっ! 今更何を言ってるのよ」

 顔を赤くして、学園長は顔を背ける。

 と、知香がこちらにやってくる。

「学園長、ロナの手当も終わって、あっちは落ち着きました」

「ああ、こ、こっちも話がまとまったところよ」

 まだ微妙に頬を赤らめたまま、学園長は取り繕うように報告に来た知香に返す。

 そんなやりとりの後、学園長は千沙菜と合歓子へ向き直る。

「それじゃぁ、大体収拾はついたから、音無さんと井伊野さんは着替えてお帰りなさい。知香さん、私はもう少しこのバカと話があるから、悪いけど二人を送って貰えるかしら?」

「ええ、構いませんよ。じゃぁ、いきましょうか」

「は、はい」

「わかりましたぁ」

 千沙菜と合歓子は促されるまま、知香の車に乗り込んだ。


「そういえば地出先生。ずっと気になってたんですけど、ロナさん、どうして心臓を撃たれたのに助かったんですか?」

 車が走り出して間もなく、千沙菜が気になっていたことを知香に聞いてみる。

「ああ、ロナの胸、シリコンが入っていたのよ。他ならぬわたしが英国にいた頃に手術したから、間違いないわよ」

「へ?」

「坂月教授が巨乳好きだってすぐに気付いて、少しでも教授の気を引こうとDからFに増量したのよ」

「へ?」

「で、銃弾はそのシリコンで阻まれて、心臓には達していなかったの」

「へ?」

「ブラもそれなりに強度を考えたものを着用していたみたいだから、正直、かすり傷程度よ。見たでしょう、ロナの胸元。血が滲んでいる程度で済んでたでしょ? 普通、心臓を撃ち抜かれたら、大出血で血の海ができるわ」

「あ、確かに!」

 言われて見ればその通りだ。心臓に達する以前に、銃で撃たれてあの程度の出血で済んでいること自体がそもそもおかしかったのだ。

「教授も静真様も動転していて気付かなかったんでしょうけど、わたしは最初から何かロナの動きがおかしいと思ってたのよ」

「あ、そういえば、まるで撃たれるのが解ってたようにあたしの目の前に出てきてました」

 千沙菜は思い出す。

 咄嗟に飛び出した動きではなく、悠々と胸を揺らして歩いてきたのだ。

 そんなの、そこに銃弾が来ると解っていないとできない。

「そういうことよ。まんまとその通りになったけど、自分の命の危機を演出して教授の本心を引き出そうって魂胆だったんでしょうね。全部ロナの仕込みだった、って訳。胸を揺らしてたのだって、丁度シリコンが入っている場所で銃弾を受けるためでしょうね。ナミオ君、射撃の腕は確かだから、きっちりペタバイトの眉間を狙うと踏んで着弾点は計算済みだったと思うわ」

「なるほど、丁度あたしの頭の高さに巨乳ボイン獣、ロナさんの胸はありましたね」

 わきわきと手を動かして胸の高さを思い出す。

「そうよ。それも計算のうちでしょうね。で、それらを踏まえてナミオ君をそそのかしてペタバイトを撃つようにでも仕向けてたんじゃないかしら? ナミオ君、単純だから。ペタバイトに全ての憎悪を向けるようにしておけば、ネオ巨乳ボイン獣が勝ったらトドメとばかりに、今回のように負けたら腹いせに。どちらにしろペタバイト撃っちゃうでしょうからね」

「え、でも、それ、一歩間違えたら……」

 その計画を聞いて、千沙菜は肝を冷やす。

 もしもロナがなんらかのアクシデントで自分の前に立たなかったら、眉間を撃たれてたってことなんじゃぁ……

「大丈夫よ。ペタバイトのヘルメットは銃弾程度でどうこうはならないから。ロナも、巨乳ボイン獣として拳を交えてその強度は解ってたでしょうから、殺意はなかったはずよ」

「うわぁ……そこまで計画的に……」

 千沙菜は、ロナの執念のようなものに感心するやら恐れるやら。

「あ、もしかしてわたしがBOINを使って数値が飛躍的に上昇したのは、サイズだけじゃなくて、シリコンも大きな要因だったってことですかぁ?」

「そうみたいね。坂月教授はロナが使ったときのBOINの数字で何となく不純物の存在を感じていたようで、この事実を知ってもそれほど驚かれなかったから」

「やっぱりそうなんですねぇ。でもこれって、ロナさんがシリコンを入れてまで坂月教授の気を引こうとしたから出力が足りなくて、それでわたしがネオ巨乳ボイン獣に選ばれて、更にその状況を利用して辿り着いた結末ですから、巡り巡って愛の奇跡とも言えますよねぇ」

 合歓子がうっとりしたように言う。

「それに、学園長と二丘さんも最後はいい感じだったし、PETAとBOINの戦いの裏には、大人達の恋愛事情が絡んでたんだよぉ」

 楽しそうに合歓子。

「それなら、地出先生はどうなんですか? 文倉先輩と?」

 そんな恋愛話の流れの中、知香への問いが千沙菜の口を衝いて出た。

 問いながら、何かがチクリと小さな胸を刺す。

 だが、同時に、知りたくて知りたくて堪らない自分に驚く。


 あれ? 人の色恋沙汰、こんなに好きだったっけ?


 そんな千沙菜の質問に、知香は意味ありげな笑みを浮かべて応えた。

「ああ、それは何でもないわよ。わたしが静真様に向けているのは純粋な敬意よ……ショタをこじらせた」

「ちょっと待った! 今、最後におかしな言葉が聞こえた!」

「だって、可愛かったのよぉ、出会ったときの静真様。小学生ぐらいの年齢なのに、わたしなんかよりずっと頭がよくて、『子供先輩』って感じでね。でも、Yes! ショタ No! タッチの精神よ! 静真様もまだ未成年だからこの気持ちは続くけど、それもあと二年。だから……」

 意地の悪い笑みを浮かべて続ける。

「音無さんも素直になっていいのよ」

「え?」

「わたしに気を使わなくっていいってことよ。それを確認したかったんじゃないの?」

「な、何のコトデショウ?」

 顔を真っ赤にして、最後の方は片言になりながら、口にする。


 あれ? なんで、こんなに恥ずかしいんだ?


「ち、ちぃちゃん! 本当、それ!」

 何故か、そんな千沙菜の反応に合歓子が焦る。

「だ、ダメ! ちぃちゃんに恋愛なんてまだ早いよ! もっとおっぱいがおっきくなってからにしようよぉ!」

「自分で言って悲しくなるけど、それ、暗に『いつまでも恋なんかすんな』って言ってるよね!」

「うぅ、だって、寂しいよぉ」

「大丈夫! あたし達、ずっと親友だから!」

「恋愛シミュレーションのバッドエンドみたいでなんかいやぁ!」

 親友と漫才をしながらも、千沙菜は自問する。


 自分の文倉先輩への感情ってなんなんだろう? やっぱり……


 そこまで考えて、思考回路はショート寸前で千々乱れるばかり。

 だから、

「あ、で、でも、これからPETAとBOINはどうなるんだろ?」

 千沙菜は強引に話題を変えた。

「坂月教授もBOINを改良して挑むようなこと言ってたし、仲良く喧嘩するのも悪くないよぉ。そうすれば、ちぃちゃんとバイトでも一緒にいられるしね。ちぃちゃんは誰にも渡さないんだからぁ」

 合歓子は嬉しそうだった。

「最後の方に不穏な台詞があったけど、そうね。なら、あたしは文倉先輩とPETAの力をどんどん磨いて誰かを護りながら、貧乳に悩むみんなの希望となって、みんなが貧乳ありのままの自分を認められるように尽力するっ!」

「やっぱり、そこまで尽くすほど好きなんだぁ……」

「そ、それはまだ解んないけど……で、でも、これだけは言える!」

 静真への想いがなんなのか、まだ千沙菜は測りかねていた。

 それでも今、自らの貧乳を巡って確かに理解できることがあった。

 その熱い想いを、千沙菜は言葉にする。

「あたしのAAAの貧乳は、誰かを護るためのかけがえのない力になったっ! その力で、巨乳ボイン獣から北多学園を護ることができたっ! それなら……」

 千沙菜は、そこで言葉を一端切り、深く息を吸う。

 そして、拳を強く握り。

 力強く振り上げ。

 その貧乳に詰まった、脂肪ならぬ野望を、声高らかに宣言する。

「この力で、いずれは世界を護るっ! 貧乳が世界を救うことで、その可能性を全人類に示してみせるっっっ!」


 かくして千沙菜は、そのAAAの貧乳を受け入れ、踏み出した。

 その可能性を『護る力』として世界へ示し続ける、果てしない道のりの第一歩を。


                                   【完】

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その平面を力に変えて~かつて『ムネナシ』と呼ばれた少女は己が薄胸により最強の力を得る~ ktr @ktr

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