ACT.4-6 最後に勝ったのは……

「姉さんも、姉さんを押しのけてまで巨乳ボイン獣になったあの小娘も敵わないなんて……プロフェッサーπの望みが果たせないなら、秘蔵のデザインまで提供した姉さんが報われないじゃないか……」

 やり切れない悔しさがセバスチャンの胸に去来する。

「あんな小娘にやらせたのが悪いんだ……あいつが来なきゃ……」

 そこで、ふと思い出す。


――わたくし達の敵は、ペタバイトよ! 憎むならペタバイトを憎みなさい!


 そうだ、悪いのは、全部ペタバイト。

「うん、解った。嫌なことは全部ペタバイトのせいにするよ……」

 自分にも、姉さんのためにできることがある。

 嫌なことは払拭しないと。

 敵は倒す。

 確実に。

 セバスチャンは懐に手を入れた。

「ヘッドショット。相手は死ぬ」


  ※


 不意に、ロナがその胸を揺らしながら、ペタバイトの前に歩み出る。


――タン。


 さほど間を置かず、乾いた音が響いた。

 くずおれるロナと。

 銃を構えて立ち尽くすナミオ。

「な、んで……姉さんが……」

 それは、不幸な偶然だった。

 千沙菜とロナの身長差。

 そう、千沙菜の頭がロナの胸の高さだ。

 ならば、千沙菜の頭を狙った銃弾は、ロナの胸の高さに。

 結果、着弾したのは、左胸。

 そこにあるのは、心臓。


――心臓に一撃、相手は死ぬ。


  ※


「へ……何、これ?」

 千沙菜は、目の前に倒れたレディ・Fを呆然と見下ろす。

 仰向けに倒れたその左の胸元には、小さな赤い染みが見えた。

 そこでようやく、彼女が自分を護って撃たれたということに気付く。

「え? ちょ、う、嘘……」

 ペタリ、とその場にへたり込む千沙菜。

「ちぃちゃんっ!」

 合歓子は、そんな千沙菜の肩を抱いて隣に腰を下ろす。

 無意識に、その肩に縋る千沙菜。

「あ、あぁぁあぁっぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 セバスチャンは絶叫すると、

「な、なんで? ね、姉さん? なんで? お、俺は、ペタバイトを……なのに、なんで、姉さんが、倒れて……」

 そのままブツブツ言いながら、頭を抱えて蹲ってしまった。

「ロナ君!」

 急転の事態に硬直した場で、いち早く動いたのはプロフェッサーπこと坂月教授だった。レディ・Fに駆け寄ると、優しくその上半身を抱きかかえる。

「な、なんてことだ! 我輩が君を巻き込んだばかりに……こんなことになるなら、君の想い、受け入れてやるんだった……」

 ぐったりとしたレディ・Fに、悔しさを滲ませながら語りかける。

 遅れてレディ・Fに駆け寄った静真と知香は、少し距離を置いて見守っている。

巨乳ボイン獣の中の人まで引き受けてくれた君の惜しみない協力があったからこそ、BOINがここまでこれたのは間違いない……我輩だって、そこまでして慕ってくれる君を憎からず思っていたのだ……年の差など、意地を張らずにさっさと……」

 状況を見守るしかない千沙菜は、教授の言葉からなんとなくではあるが二人の事情を読み取り、やり切れなくて小さな胸が締め付けられる思いだった。

「ちぃちゃん……」

 傍らの合歓子が、千沙菜の心中を察したのかそっと手を握ってくれる。

「やっと愛する人に受け入れて貰えたんだもの、ロナさんも、きっと喜んでるよぉ」

「……うん」

 確かに、そこだけは救いかもしれないけれど、こんな救い、あんまりだ。

「もし……もしも奇跡が起こるなら……再び君が目を覚ますならっ……その想いを受け入れ、ロナ君を我輩の妻として、迎えることを誓おうっっっ!」

 滂沱と涙を流しながら、教授は叫ぶ。

 勿論、左胸、つまり心臓を撃たれて助かることなどあり得ない。

 そんな千沙菜にも解る程度のこと、教授と呼ばれる人が解らないはずがない。

 だが、それでも願うことこそが、教授の最大限の贖罪なのだろう。

「よかったな、ロナ君……」

「ええ、本当に……」

 静真と知香は、決して届かないであろう祝福を述べる。

 薄々そんな気がしていたが、この様子から、ロナが以前静真達が言っていたもう一人の研究室のメンバーなのだと察する。そうなると、二人にとってもロナは長い時間を共に過ごした仲間ということになる。

 その証拠に、静真も知香も、悲痛な表情を浮かべていた。

 静真のそんな表情に、更に千沙菜の心が痛む。

 が。

「だからね、そろそろ起きたらどうかしら、ロナ?」

 唐突にいつもの優しい慈愛を感じさせる笑みになり、知香が口にした。

「へ?」

 一体、何を言っているのか解らない千沙菜は、間抜けな声を上げてしまう。

 見れば、教授を始めとして、静真や頭を抱えていたセバスチャン、遠巻きに見ていた学園長とプレジデントKも困惑の表情。

 そんな場の空気をぶち壊すように。

「ああ、愛するプロフェッサー! 式はいつに致しましょうか? わたくしはいつでもウェルカムですわ!」

 教授の腕の中でぐったりしていたはずのロナが、テンション高く目を覚ます。

「え? ロ、ロナ君! ま、待て! 君は心臓を撃たれて……い、いや、君が無事だったことは素直に嬉しいが、何がなんだかさっぱりなのだが……」

 慟哭から一転、教授は腕の中のロナを見やって困惑するばかり。

 その言葉は、ロナと、事情を把握していそうな知香以外全員の感想だった。

 そんな中、我に返ったセバスチャンが駆け寄ってきた。

「ああ、姉さん! ぶ、無事でよかった……お、俺はとんでもないことを……」

「いいえ、ナミオ。わたくしはこの通り大丈夫ですから、全然気にしないでいいですわ! それどころか、教授から言質を引き出したのですから、むしろグッジョブでしたわ!」

 ロナは、どうやら弟らしいセバスチャン=ナミオに親指を立てて答える。

「うん、姉さんがそういうんならもう気にしないことにするよ!」

 ロナの言葉に、ナミオはあっさり立ち直る。

「それで、姉さん、今こそアレを出すときじゃない? こういうときのために、常に持ち歩いているアレを!」

「ええ、そのつもりですわ。ナミオ、アレはわたくしのスーツのポケットに入ってますから、教授に渡して貰えますか?」

「うん、解った」

 そう言って、ロナのスーツのポケットからナミオが取り出したのは、小さな筒状の物体と、綺麗に折り畳まれた一枚の紙。

「な、そ、それは我輩の印鑑と……婚姻届っ!」

 ナミオが広げて示した書類を見て、教授は驚愕の声を上げる。

「ええ。こんなこともあろうかと、いつでも持ち歩いておりましたの」

「し、しかももうほとんど記入が終わっているっ!」

 そこでナミオが印鑑を教授に手渡す。

「はい! 後は教授に印鑑を押していただくだけですわっ! さぁ、早く印鑑をっ!」

 その間に、ナミオはいつのまにか取り出した掌大の印鑑マットを宛がって押印欄を示す。

 一堂の注目を集める中、教授はダラダラと汗を流しながらナミオが示す押印欄と手の中の印鑑を見比べている。

「坂月教授、ここが年貢の納め時ですよ」

「そうですね、研究者たるもの、一度口にした自らの言葉には、責任を持たねばなりません。妻として迎えると誓った以上、もう後戻りはできないですよ」

 知香と静真が、教授の退路を断つ。

 千沙菜を始め、他の面々も固唾を飲んで教授の一挙手一投足に注目している。

「むぅ……」

 唸ると、目を閉じ深呼吸する教授。そして、

「わかった! 我輩も漢だっ! 覚悟を決めようっっっ!」

 目を見開き、印鑑を高く掲げ、ナミオが示す押印欄に振り下ろす。

 印鑑を上げると、紙上に朱色の『坂月』の文字が鮮明に描き出されていた。

「おめでとう、姉さん!」

「教授、おめでとうございます」

「ロナ、おめでとう」

「おめでとうございますぅ」

「ようやく、デスね。教授、ロナさん、おめでとうございマーーーーーーース!」

「ああ、もう、なんなのよ、この展開……でもまぁ、おめでとうございます」

 ナミオが静真が知香が合歓子がプレジデントKが学園長が祝福する。

「ああもう、なんかしらんけど、おめでとう!」

 千沙菜も勢いでその波に乗ってお祝いの言葉を述べる。

 そうして、誰からともなく拍手が上がる。

 両陣営、既に区別もなく、祝福ムードで一つとなっていた。

 そんな訳で。


 最後の最後に実質的勝利を収めたのは、初代巨乳ボイン獣の中の人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る