ACT.4-5 PETAとBOINの雌雄が決するとき
深夜の柔浜山。
学園から更に少し山を登った、森の中の開けた場所。
そこがPETAとBOINの決戦の場となっていた。
今回は、決闘。
正々堂々、尋常なる勝負である。
「さて、これで最終決戦、負けられないわね」
「大丈夫! 今日は遅れはとんないかんねっ!」
学園長の言葉に、ペタバイトとなった千沙菜が威勢良く応える。
「しかし、本当に大丈夫なのか……あの
「大丈夫ですよ、静真様。万一の場合にもすぐに処置できるよう、救急で使える医療器具一式も持ってきていますから」
千沙菜を気遣う静真を安心させるように、知香がみんなを乗せてきたバンを示す。
「使わないに越したことはないがね」
「ええ。でも、備えあれば憂いなしですよ。音無さんにしろ、
「……来たみたいよ」
学園長の言葉に話を切り上げて一同が視線を向けると、闇に紛れるような黒いリムジンが静かにこの広場へと入り、停車するところだった。
「少々強引な手順でしたが、こういうのも悪くないデーーーーーーース!」
仕立てのいいスーツにオールバック、丸いグラサンをかけた男が叫ぶ。
「そうだな。レディ・Gの独断専行の作戦とはいえ、遂に巨乳と貧乳との勝負が付くのだから。こういう舞台も乙と言うものだ」
バイザーのようなサングラスに白衣マント姿の初老の男が、渋い声で語る。
「プロフェッサーの正しさは、今日こそ証明されるでしょう」
ピシッとした濃紺のスーツにバタフライマスクの長身でスタイルのいい女が言う。
「姉さ……レディ・Fの立場を奪った上に、決闘まで申し込んだんだから、必ず勝てよ」
運転席から執事姿の青年が、残った一人に向かって告げる。
「任せてぇ☆」
最後に、助手席からホルスタインをモチーフとした件の
「直接会うのは初めてデスね、北多学園の皆さん! ワタシがTKB団首領のプレジデントKデーーーーーーース!」
首領が名乗り上げると、幹部達もそれに続いた。
「我輩がプロフェッサーπ」
「わたくしは秘書のレディ・F」
「俺が運転手兼雑用兼メカニック兼執事のセバスチャン」
そして最後に、
「わたしがネオ
馬鹿っぽく左手の親指人差し指中指を立て、手の甲を顔側にして左目の前にかざすアイドルのようなポーズを取り、作り物めいたアニメ声で挑発的な言葉を発する。
「ふん、今度は負けないかんね!」
申し合わせたように、両陣営は南北に別れる。
北が北多学園、南がTKB団。
両陣営から、ペタバイトとネオ
「それじゃぁ、勝負といこっかねぇ」
両手の拳を打ち鳴らしながら、ペタバイト。
「そうね。でも、勝負になるかな?」
相変わらず挑発的にネオ
両者、数歩の間合いで向かい合う。
「それじゃぁ……尋常に勝負ってことで」
「相手になるならね♪」
言葉を交わすや、双方一気に間合いを詰めて拳を繰り出す。
しかし、あわやクロスカウンターというところで互いに体をずらして躱す。
「なんの!」
ペタバイトは体を回転させると、すれ違いざまに肘でネオ
だが、その肘は軽く躱され、
「えいっ!」
カウンターに回し蹴りが飛んでくる。
何とか逆の手でブロックして体勢を立て直すと、ペタバイトとネオ
が、すぐにネオ
「おっと」
跳び箱の要領で飛び越え、晒された背中を狙い、蹴りを放つ。
しかし、ネオ
「あれ、何か懐かしいかも……」
ふと、ペタバイトの、いや、千沙菜の心に不思議な感覚が過ぎる。
なりふり構わず、型もなく、その場の勢いを最大限利用して戦う。
そんなことが、昔は日常茶飯事だった。
「なにぼーっとしてるのかしら?」
ネオ
高く飛び上がって勢いの乗った蹴りが迫る。
「うわ」
何とか後ろに飛んで躱す。
「外れちゃったか☆」
綺麗に着地したネオ
だが、正面を向き合っていれば、手はある。
ペタバイトは一気に間合いを詰め、右手を前に出してその胸へと伸ばす。
「取った!」
上手く防御の隙間から、その牛柄のスーツに包まれた胸に手が届く。
「甘いよ♪」
だが、一瞬は乳房を掴んだ手は、鼻歌交じりに簡単に払いのけられた。
「え、こ、この感触!」
体勢を立て直して間合いを取った千沙菜は、驚愕に震える。
拳を交えて、予感はあった。
それでも、確信は持てなかった。
だが、PETAによって感覚も増幅された指先で感じたあの感触。
片手であっても、短い時間であっても、解る。
触り慣れたこの感触は、間違いない。
「ね、ねむちゃん……なの?」
「そうだよぉ」
あっさりと肯定するのは、耳障りなアニメ声ではなく、耳慣れた合歓子の声。
「もう、おっぱいで気付くって……相変わらずねぇ、ちぃちゃん」
「え! あ、あたしはちぃちゃんなんかじゃなくて……」
正体がバレたと焦る、ペタバイトこと音無千沙菜。
「えっとぉ……貧乳が巨乳の正体に気付くなら、巨乳だって貧乳の正体に気付くのが道理じゃないかなぁ?」
少し困ったようにネオ
「………………………………………………………………………………………………」
元々バレバレだなどとは夢にも思っていない千沙菜は、この『正体バレ』という窮地をどうにか切り抜けようと思案し、
「くっ! ネオ
しばしの葛藤の末、その一言により『ノリで流す』という手段を選択した。
「それで納得できたんならいいんだけど……それじゃぁ、続きをしよ、ちぃちゃん」
「勿論! 何を思ってTKB団に加担してるかしんないけど、
調子を取り戻した千沙菜が高らかに宣言する。
そうして、バトルは仕切り直し。
互いに身構え、双方一歩を踏み出す。
正に拳が合わさろうかというタイミングで、体勢を低くしながら口を開く合歓子。
「じゃぁ、いくよ……」
そして、一言、付け加える。
「『ムネナシ』ちゃん」
「!」
千沙菜はその言葉に反応して、数瞬動きを止めてしまう。
「うげっ」
その隙を付いて、合歓子の掬い上げるような拳が容赦なく千沙菜の鳩尾に入る。
幸いPETAのお陰である程度ダメージは軽減されて、悶絶するには至らない。
それでもダメージはある。
千沙菜はよろけながらどうにか距離を取って態勢を整える。
「もう、女の子がそんな下品な声出したらダメだよぉ」
合歓子の方は、いつもののんびりとした口調で場違いな注意をする。
だが、その動きは素早い。
スーツのモチーフであるホルスタインに相応しい巨乳の重量をものともせず、あっという間に間合いを詰め、今度は回し蹴りが飛んでくる。
千沙菜は、どうにかバックステップで更に後退して間合いを取り、やり過ごす。
「本気で攻めてきてよぉ、ちぃちゃん。わたしは、ずっと本気のちぃちゃんともう一度戦いたかったんだよぉ。だからこの機会に『ペタバイトとガチで戦いたい』って志望動機でネオ
「なんで! あたしと戦いたかったんなら、道場辞めなきゃよかったのに!」
「嫌だよぉ。おっぱいが邪魔で思った動作がコンマ数秒遅れるようになってきたから。このままじゃぁダメだなぁって思って、小学校五年生で潔く辞めたんだから」
「そ、そんなこと、全然言ってなかったじゃない!」
「こんなの恥ずかしくって言えないよぉ。それが事実でも、負けをおっぱいのせいにしてるみたいでしょぉ? もしそんなこと言ったら、ちぃちゃんはそう思ったはずだよぉ?」
「う、そ、それは……」
圧倒的な差が目立ち始めた合歓子の胸へのやっかみは、当時から既にあった。
「だから、何も言わずに去ったんだよぉ。大好きなちぃちゃんに、カッコ悪いと思われたくないから」
会話をしながらも互いに攻撃の手は緩めない。
しかし、どれも決定打にはならない。
「でも、寂しかった。ちぃちゃんと触れ合う機会が一つ減っちゃったから。どうしようもなくて、できるだけ一緒にいようとしたけど、中学までは学校が違うから放課後と休日だけしか一緒にいられなかった。だから、同じ高校を目指したんだよぉ」
千沙菜は、防戦に回って合歓子の言葉に耳を傾ける。
「そうして同じ高校に入って学校で一緒にいられると思ったら、今度はちぃちゃんはバイトで放課後にあんまり時間が合わなくなっちゃったし……やっ!」
合歓子の鋭い蹴りの一閃を跳び退って躱す。
「それなら、ちょっとバイトの方に関わって……そして、何より、昔みたいにガチでやりあいたくて、こうして
言い終わると同時、胸元に掌底が飛んでくる。
間一髪で、千沙菜は横へ身を翻してどうにかやり過ごす。
「そして、バスを止めて結果を出して、首領に実力を認めて貰って、ついでにこの場所も教えて貰って、決闘の場をセッティングしたんだよぉ……せいっ!」
追い打ちの回し蹴りが放たれる。
「だから、楽しもうよぉ? ちぃちゃん」
千沙菜は、回し蹴りをどうにか手で捌く。
「ねむちゃんの言い分は解ったわ」
そこで一旦大きく退いて、間合いを取った。
「でも、TKB団はこの北多学園に嫌がらせしてるんよ? そんなところに身を置くなんて、親友として許せない! 今回は勝たせて貰うかんね!」
「そうねぇ。でも、嫌がらせは学園に対してというか……ううん、今はそんなことよりも」
合歓子は意味深な言葉を発しつつ暢気に受け流し、不敵な、そのおっとりした物腰とは裏腹な嫌らしい笑みを、口元に浮かべる。
「ちぃちゃん、勝てるのかなぁ? このわたしに?」
千沙菜は、まだ合歓子が道場に通っていた頃の彼女との戦績を思い出す。。
全敗。一勝たりともしたことがなかった。
「う……でも、今は昔と違うかんね! 免許皆伝もした! 沢山、悪い奴らを倒して弱きを護ってきた! その実績がきっとあたしを強くしてる!」
千沙菜は駆け出す。だが、
「せいぜい吠えたらいいんだよぉ、『ムネナシ』ちゃん」
「な……」
一瞬、千沙菜の勢いが鈍り、
「その実績が、強くするどころか、弱くしてるんだよぉ?」
合歓子が無造作に放ったヤクザキックが容赦なく千沙菜を弾き飛ばす。
「散々、『ムネナシ』って呼ばれるのを嫌がってたでしょぉ? そして、高校に入ってやっと呼ばれなくなった。そこで、その喜びを知ってしまった。だからこそ、過去の嫌なことの象徴として『ムネナシ』って言葉がトラウマになっちゃってるのよぉ」
冷静に合歓子は分析してみせる。
「ひ、人のトラウマ責めるなんて、卑怯な……」
千沙菜は防戦に回りつつ、思わずぼやく。
「あらぁ? 面白いことを言っちゃうのねぇ『ムネナシ』ちゃん? 井伊野流実戦護身術の神髄は『弱者が身を護るために手段を選ばず問答無用で相手を叩きのめすこと』だよぉ。忘れちゃったのぉ?」
「そ、そうだけど……」
それは千沙菜も重々承知している基本事項。
反論の余地は全くない。
以前、購買部で例のBDを見せてきた合歓子に過剰に腹が立ったことがある。
思えば、あれが始まりだったのだろう。
合歓子は、そこで千沙菜の弱点に気付いていたのだ。
そして今、その弱点を容赦なく突いてくる。
通常の武術なら邪道だろう。
だが、合歓子の言葉通り、井伊野流実戦護身術的には、正攻法。
そこからは、散々だった。
千沙菜の攻撃は全く入らない。
一方で、合歓子は要所要所で『ムネナシ』と呼びかけながら、動きの鈍った千沙菜をいたぶるように攻撃を決めてくる。
千沙菜は防戦一方になりながら、逃げ回ってどうにか決定打を避けて凌ぐばかり。
〈そんな言葉に惑わされるな!〉
と、突如ヘルメットの通信機から声が聞こえてきた。
静真の声だった。通信機越しに、こちらの会話が聞こえていたのだろう。
〈君は『ムネナシ』なんかじゃないっ!〉
「え、で、でも……」
AAAは揺るがぬ事実だ。
〈だってそうだろう? 胸がなければ死ぬじゃないかっ!〉
「は?」
〈胸には心臓があるっ! 胸がなければ心臓はなくなるっ! 心臓がなくなれば人間は死ぬっ! だが、君は生きているっ! だから『ムネナシ』なんてことはないっっっ!〉
静真が発したのは、とんでもない詭弁だった。
だが、その揺るぎない自信に満ちた言葉は、千沙菜の心の深いところに響く。
〈貧乳だって立派な胸だ! ちゃんと胸はある! 僕はそんな貧乳が大好きだっ!〉
静真の力強いバリトンで語られた言葉に、千沙菜は一気に心が軽くなった。
本当に無茶苦茶な理論だ。
だが、思えば。
千沙菜が『ムネナシ』ではないと誰かが断言してくれたのはこれが初めてだった。
そう、たったそれだけのことが、欲しかったのだ。
誰も呼ばないだけでなく。
誰かに否定して欲しかった。
「ありがとう! 文倉先輩!」
千沙菜は素直に感謝し、そして、吠える。
「おっしゃぁぁぁぁぁぁあぁぁっ、色々漲ってきたぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
反り返る様に平面胸を張り、胸元を飾る
ヘルメット内で交わされた静真との通信は、耳に入っていなかったのだろう。
急変した千沙菜の気勢に合歓子がたじろぐ。
「ふ、ふん。『ムネナシ』ちゃんが幾ら気合いを入れたって……え?」
今度は合歓子が驚く番だった。
「もう、あたしにその言葉は効かんっっっ!」
その薄胸のごとくまったく揺るがず、千沙菜の拳が合歓子へと向かってくる。
どうにか掌で受け止めた合歓子は、慌てて間合いを外す。
「凄いね、文倉先輩って人。何を話したのかは知らないけど、あんな短時間でちぃちゃんのトラウマを克服させちゃうなんて……ちょっと妬けちゃうかなぁ、親友としては」
言いながら、合歓子が拳を繰り出す。
今度は千沙菜が、掌で拳を受ける。
「でも、これで尋常な勝負だかんね!」
「そうね、楽しもうねぇ、ちぃちゃん」
拳が、蹴りが、掌底が、肘が、飛び交う。
時には投げ技も織り込まれる。
ペタバイトとネオ
だが、それだと千沙菜の分が悪い。
「ほら、ボディがガラ空きだよぉ」
その口から出るのは冗談めかした言葉ながら、拳は千沙菜のレバーを捉える。
「おわっと……」
間一髪、自分から後ろに飛んでダメージを回避。
「ほらほら、逃がさないわよぉ」
千沙菜の顔面へと掌底を突き出しながら、間合いを一気に詰めてくる。
「なんの」
体を低くし、カウンターで胸を掴もうと手を伸ばして千沙菜の方から踏み込む。
「甘いよぉ」
合歓子は両足で踏み切ると、大きく跳んで踏み込んできた千沙菜をやり過ごす。
揺れながら膨らみが頭上を通り過ぎるが、手を戻すのが間に合わず、掴めない。
「やっぱり……ねむちゃんは強い……」
改めて、過去を思い出す。
今のような身のこなしが、当たり前だった。
それの邪魔になったのだろう、胸が。
巨乳が。
「ほぉら、余裕はないよぉ」
飛び上がって、体を丸めて回転させながら体当たりをしてくる。
何げに胸を護っている辺り、ソツがない。
「うわっ!」
何とか横に体を捻って躱すが、
「やっ!」
着地と同時に、両手を起点として全身を使った蹴りを繰り出してくる。
それもどうにか跳び越えて躱し、千沙菜は距離を取る。
防戦一方の状況を覆そうと、井伊野流実戦護身術の教えの一つを思い出す。
――利用できるものはなんでも利用すべし。
先ほど、合歓子がトラウマを利用したように、こちらに利用できるものはないか?
千沙菜は、合歓子の攻撃を躱しながら考えを巡らせる。
今まで合歓子と過ごした時間を思い返す。
長い時間、共に過ごしてきた。
幼い日の道場での出会い。
あれこれ策を講じても、敗北続きの合歓子との組手。
合歓子が道場を辞めてからも、親友として過ごした日々。
小学校、中学校と、学校が違えど、時間を作っては遊んだこと。
高校入試に向けては、スパルタで鍛えて貰ったこと。
そして、高校に入って、まだ短い時間ながら初めて共に過ごした学園生活。
その時の中で、自分が、合歓子にしてきたこと。
その時の中で、合歓子が、自分にしてきたこと。
常に共にあって、二人の間にあったもの。
必死に思い出す。
その中に、何か、合歓子が苦手なものはなかったか?
なんでもいい。
利用できるなら、何でも利用する。
それが、井伊野流実戦護身術。
「考えても無駄だよぉ」
千沙菜が思案している間も、合歓子の攻勢は止まない。
ホルスタイン級の胸の重量を無視しての、サマーソルトキックが放たれる。
「うぁ!」
どうにか背後に避けて、爪先が鼻先をかすめるに留める。
躱されたとみるや、着地と同時に再度間合いを取る合歓子。
その動きにつれ、牛柄スーツに包まれた巨乳が大きく揺れる。
ポヨヨーンと揺れる。
千沙菜を嘲笑うかのように、揺れる。
揺れる。
揺れ揺れる。
揺れ揺れ揺れる。
揺れ揺れ揺れ揺れる。
揺れ揺れ揺れ揺れ揺れる。
揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れる。
とにかく、これでもかと、揺れる。
それを見て千沙菜の心に湧き上がる、感情。
この感情は……そうか! これだっ!
千沙菜は気付く。
すごく身近なところに、求めたものはあったのだ。
「そっか……無理に戦う必要なんてなかったんだ……」
「あら? なぁに?」
急に構えを解いた千沙菜に、合歓子は怪訝な目を向ける。
そんな合歓子に向かい、千沙菜は指差し叫ぶ。
「そんなに胸をポヨヨーーーーーーーンと揺らして!」
そのまま駆け、自然な動作で両手をわきわきと動かすと背後に回る。
「こぉのぉぅ、乳神聖大銀河帝国皇帝があぁぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁっっっっ!」
「あぁん♪」
グワシと、千沙菜の手は背後から合歓子の胸を鷲掴んでいた。
「って! しまった!」
そう、千沙菜が日常的に合歓子にしてきたこと。
この状況を打破する、見出した光明。
それは、『乳揉み』に他ならないっ!
「いつもの習慣を利用させて貰ったんよ。肘打ちとか拳は避けたり受けたりするけど、胸を揉むのはそうしなかったから。この流れなら真剣に避けないんじゃないかなぁ、って思ったんだけど……正解だったみたいね!」
「う、うぅ……その通りよ……体が反射的に受け入れちゃってたわぁ」
この体勢では、腕を振りほどかれても無理矢理スーツを引き裂くことができる。
それは、ペタバイトの必勝パターン。
チェックメイトだ。
「これで決まりだけど、いいの? みんなに見られちゃうよ」
流石に、親友の乳房を男性も含まれる衆目に晒すのは抵抗があった。
「そんなの覚悟の上だよぉ」
だが、合歓子はあっさりと受け入れる。
「そう……じゃぁ行くわよ!」
「うん」
「BOIーーーーーーーーN
咆哮と共に、巨乳の象徴たるホルスタインをモチーフとしたBOINスーツが、容赦なく引き裂かれる。
――ポロリ。
大迫力のGのバストが、何者にも束縛されず、夜風の中をしばし舞い踊る。
「我が貧乳に、敵う者なしっっっ!」
揺るがざる薄胸を張り、貧乳の象徴たるPマークを誇示しながら、千沙菜はいつものように即興の決め台詞を叫ぶ。
「わたしの負けよぉ、ちぃちゃん」
そうして、胸を両手で覆った合歓子が素直に負けを認めると、両陣営の面子が二人の周りに集まってくる。
「ありがとう、音無君! 君のお陰で、教授と袂を分かった僕の選択が間違いでなかったと実証された!」
「この勝利は、静真様の目標への大きな一歩となるわ。よくやったわね、音無さん!」
「美事よ! 貴女こそ、全ての貧乳の希望の星だわ!」
静真を筆頭に、知香、学園長が続いて祝勝の空気が生まれる。
一方で、
「負けちゃいましたぁ……」
「いえ、いい勝負デシた! 悔しいですが、今はあの連中の勝利ということにしておいてあげましょう」
スーツの上着を脱いで、自然な動作で合歓子の肩にかけながら、プレジデントK。
「何、いずれリベンジすればいい」
「ええ、貴女はよくやってくれたわ」
プロフェッサーπとレディ・Fも合歓子を労う。
TKB団側も、敗北したとはいえ合歓子の健闘を称えていた。
そこで、静真がプロフェッサーπの前に立つ。
プロフェッサーπはサングラスを外し、かつての師として静真と対峙する。
「坂月教授。僕はあの日の宣言どおり、貧乳の持つ可能性、確かに示しました」
静真は、静かに報告する。
「ああ、よくやったな……」
静真の言葉を、教授は目を細めて受け止める。
それは、子の成長を見る親のような視線。
しかしそれも、一瞬のこと。
「だがな、まだまだだ。まだ終われんよっ! たかが一度の敗北で、巨乳が貧乳に劣るなどという結論にはなりはせんっ! あくまで、貧乳がその可能性を示して、ようやく巨乳と同じ土俵に上がってきたに過ぎんのだっっっ!」
「やはり、そう来ましたか……」
教授の覇気漲る宣言に、静真は眼鏡のブリッジを指で直しつつ不敵な笑みを浮かべて応じる。
「勿論! だからこそ、改めて言おう……我輩は巨乳が大好きだっっっっっっっ!」
「それなら、こちらも言わせて貰います……僕は貧乳が大好きですっっっっっっ!」
教授と静真、二人を分かったその嗜好の違いが、魂の叫びとなって木霊する。
「ならば、これからもその想い、互いの研究にぶつけていこうではないか! 我輩はじきにBOINを改良し、PETAなどあっという間に蹴散らしてくれる!」
「ならば、僕はPETAを進化させ、BOINになど負けはしないと、その可能性を示し続けましょう!」
「では、もう回りくどいことはせん。これからは対等な研究者同士、果たしてどちらがより多くの可能性を示すことができるのか? 正々堂々と競おうではないかっ!」
両手を大きく広げ、マントを翻して坂月教授。
「望むところです!」
左手を眼鏡のブリッジに沿え、右手で白衣の裾を払ってはためかせて静真。
そこに居るのは、かつての師弟ではなかった。
互いをライバルと認め合った二人の男、否、漢がいた。
そんな熱い魂のせめぎ合いを見せられて、千沙菜も興奮に拳を握り締める。
しばしの漢同士の睨み合いの後、
「……ですが、それはそれとして、今回は僕の、貧乳の勝ちです」
静真は居住まいを正すと、落ち着いた声で改めて勝利を宣言する。そして、
「音無君、本当に、よくやってくれた」
優しいバリトンで、改めて千沙菜に労いの言葉をかけてくれる。
「はい、やりましたっっっ!」
千沙菜は静真の言葉を素直に受け入れる。
貧乳の力でみんなを護れたこと。
静真の役に立てたこと。
色々な感情が込み上げてくる。
そして、やはり、最後は叫ばずには居られない。
「貧乳は正義!
千沙菜は、夜空に向かって勝鬨を上げる。
それは、今後も貧乳が勝ち続けていく宣誓でもあった。
かくして、TKB団と北多学園、巨乳と貧乳、そして親友同士の戦いは、北多学園の、貧乳の、そして、千沙菜の勝利で決着した。
このとき、その場にいた者達は、そう信じて疑っていなかった。
――一人を、除いて。
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