第77話 ケルベロス
今日は俺の婚約発表だ。
例のシャア専用の赤い礼服は意地でも着ない。
ケロベロスをあしらった礼服だ。
特注で作らせた。
普段がわりと質素なのでこのくらいは許してもらおうと思う。
宝石も金糸もないんだぞ。
派手は派手だが金はかかってないのだ。
この良さもそのうち流行るんじゃないかな?
ソフィアは上位貴族のお姉様たちの顰蹙を買わないように細心の注意を払った白いドレスだ。
このパレードには意味がある。
手打ちだ。
これは執行猶予を受けて数年後に免責になる判事どもと和解するためのパレードだ。
パレードをしてお寒い手打ち式をして、判事どもが婚約を祝福する。
判事たちは首の皮一枚で自分たちの存在を残すことができ、俺は暴力の連鎖を止め判事どもを俺の影響下に置ける。
薄汚い取引だが、学園の連中やリンチ兄妹を人質に取るという最終手段をとられたら厄介だ。
それこそ全面戦争で判事どもは一族郎党皆殺しの運命を避けることはできない。
たとえ俺が必死に敵を助命しようともだ。
判事どもにその根性があるとは思えないが、未来は予測できない。
8割方うまくいった状態で手を引くべきだ。
俺はガタゴトと揺られながら何度も考えていた。
揺れは場所のものだ。
俺たちは馬車に乗っていた。
とは言っても手を振ったりしなきゃならんので屋根のないカゴだ。
オープンカーに近いだろう。
護衛はソフィアだ。
俺たちは手を振る。
キャーキャーと言われている。
上映されている演劇のおかげだろう。
俺も俳優のように思われているのだ。
フィーナも女優扱いだ。
笑いながら「もうちょっと派手なドレスにしてくればよかった」と俺にだけ聞こえるようにブツブツ言っている。
結構怒っている。女の子って怖い!
それにしても平和だ。
いつまでも平和が続けばいい。
たとえ人間には常に刺激が必要で、平和だけが続くと人類は勝手にどん詰まりにはまり込んで抜け出せなくなると知っていてもだ。
それにしても平和だ。
名前は怖いがきれいな声で鳴くんだよな。
あれ……でも墓場鳥って夜に人里離れた森で鳴くんだよな……あと墓場とか。
それで泣き声は嘆きの歌なんて言われてて、確か人の死を嘆き悲しんで鳴くとか……凶事を教えてくれるとか。
……凶事?
俺はキョロキョロと辺りを見回した。
するとソフィアとフィーナが俺の顔をのぞき込んだ。
「どうしたんですか?」
「レオン、顔色がおかしいよ」
俺は脂汗を流していた。
死亡エンドルート絶賛進行中。
「あのさ……暗殺されるかも」
「なに言ってるの?」
俺は前世のある事件を思い描いていた。
ケネディ大統領暗殺事件だ。
パレード、オープンカー、手打ち式。
ケネディと同じだ。
いやまさか……
いや、だけど俺を殺したいと思ってる勢力は存在する。
判事どもと同じレベルで腐った組織だ。
小役人どもが俺に殺される前に俺を殺そうと考えているかもしれない。
どうにも妄想が膨らむ。
俺は疑心暗鬼になっていた。
「ソフィア悪い。盾と鎧を持ってきてくれ。一人で着られるやつ」
「御意」
ソフィアはそう言うと近くの騎士を呼び耳打ちした。
「フィーナ、俺とソフィアから離れるな。絶対に守るから」
「暗殺されるって決まったわけじゃないでしょ?」
「ああ、だからあくまで用心だ。戴冠式みたいなことが起こるかもしれない」
「……わかった」
俺の死亡フラグは結構当る。
そしてそれを感知する謎の直感が俺にあることをフィーナも知っている。
ソフィアは俺の野生の勘があると信じている。
二人が逆らうことはなかった。
「よしやるぞ!」
俺は鎧を着て盾を受け取ると、立ち上がって盾を持ったまま手を振った。
俺の早着替えに観客は沸いた。
目立ってくれる!
俺は全体に目を配った。
弓矢を構えているものはいないか?
不審な動きをしているものはいないか?
注意深く観察していた。
もちろん父さんたち第零軍も動いている。
大丈夫な可能性の方が高い。
墓場鳥が鳴いた。
最高法院が見えてきた。
最高法院の二階が光った。
やはり来た!
俺はフィーナを抱きしめ盾の陰に隠す。
がつんッ!
俺は必死になって盾を押し戻す。
矢が盾に突き刺さる。
ソフィアが叫ぶ!
「最高法院の二階だ!」
道化師に扮した第零軍が最高法院になだれ込む。
これで撃てたとしても一発だけだろう。
盾を持った騎士が馬車に上がる。
俺はフィーナを引き渡す。
あと一発だ。
騎士を盾にする?
いやダメだ。
俺は前世の政治家と同じではない。
武闘派で通っている。
情けない行動は俺の評価を下げるはず。
そうか!
それが目的か。
目的を理解した俺はへこんだ盾を捨て、剣を抜いた。
矢を打ち落とすつもりなのだ。
完全な狂人だ。
でも俺の保身のためにはこれしかない。
これに賭けるぜ!
来いよ!
一世一代のバッティングを見せてやるぜ!
俺は俺の手をつかもうとする騎士の手をふりほどく。
フィーナの悲鳴が聞こえた。
同時に俺は王の剣を抜いて射線を斬る。
王の剣の鋭い刃が震える。
刃よりも遙かに早く俺へ突き進む矢が見えた。
俺は時間が止まって感じるほど集中していた。
震える刃が鏃をとらえる。
あまりにも早く矢のスピードは矢が弾かれることを拒む。
剣の刃が鏃に突き刺さり、振るった勢いでたわみながら振動する刃が滑らかに鏃を真っ二つに切り裂いた。
そこに矢の回転によるねじれた力が加わり、矢をズタズタに壊していく。
騎士たちは息を呑んだ。
矢の破片が地面に落ちる音までもがクリアに聞こえた。
「ふう……」
静寂が辺りを包んだ。
法院から怒鳴り声が聞こえる。
犯人は逮捕されただろう。
これは石弩だろうか?
それともロングボウだろうか?
俺はぼうっとしながらそんなことを考えていた。
人々は呆気に取られていた。
そして誰かが拍手をし始めた。
拍手は伝染し、大きなうねりとなる。
「陛下! 陛下! 陛下! 陛下! 陛下! 陛下! 陛下!」
俺を讃える声が聞こえた。
俺は王の剣を突き上げた。
言葉は要らない。
いや考えつかなかった。
「王様ーッ!」
子どもの声が聞こえた。
そうだ。俺はこの国の王だ。
少なくともあと五年はな。
◇
飛んできた矢を切り裂いたのはウケた。
酒場の噂がそれで持ちきりになるほどウケてしまった。
もうね。俺でもコントロール不能なくらいウケてしまった。
神だ何だともてはやされている。
この日から俺のあだ名は狂犬からケルベロスになった。
龍の子に狂犬と来てケルベロスだ。
地獄の門番、つまり冥界から逃げ出そうとする亡者をむさぼり食う化け物だ。
つまり悪を逃がさない男という意味だ。
俺はそんなに怖くないよ。
世間のイメージでは三つ首の猟犬だろうが、俺の中では三つ首の豆柴だ。
お気に入りのクッションの上でぬいぐるみを抱えて昼寝してる豆柴だ。
犯人は逮捕された。
犯人は最高法院長の雇った殺し屋だった。
おそらく俺と差し違えるつもりだったのだろう。
最高法院長は毒を飲んで命を絶った。
暗殺ではない。
俺が直接会って毒を渡した。
これは王である俺の責任においてやった。
直接死刑を執行したわけではない。
でも後味は良くない。
「レオン、疲れた顔してるよ」
フィーナが俺の顔をのぞき込んだ。
確かに少し疲れているようだ。
「そうだな。ちょっと疲れてるかも」
俺はここ数日思い悩んでいた。
復讐という鳥籠に囚われた男女を俺は解放した。
その代わりに判事たちを罪という監獄に追い込んだ。
そして最後は最高法院長を破滅させるに至った。
騎士としては正しかっただろう。100点満点に近い。
だが果たして王としてはどうだったのだろうか?
もっと、狡猾だった前王のように上手くやる手段があったのではないか?
俺はいたずらに国を混乱させただけかもしれない。
「レオン。お父様のことを考えてるの?」
「まあね。王様の手本だからね」
「私思うんだ。レオンはそのままでいいと思う」
「そうかな」
「うん。だってダズさんもソフィアちゃんも、ゲイルさんもギュンター様もお父様もレオンがレオンだから手を貸してくれてるんだと思うよ」
そうかもしれない。
みんなが助けてくれるから俺は好き勝手やっていられるのだ。
そうだな。
もう考えるのはやめよう。
「ありがとう」
俺はフィーナの手を握った。
そして目を見つめた。
そして顔を近づけ、そっと口づけをした。
第二部 完
王子様は一級死亡フラグ建築士 ~城からパクってきた銀のスプーンが黒く変色した件~ 藤原ゴンザレス @hujigon
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