第76話 告白
庶民の娯楽は少ない。
ダウンロードでコンテンツ配信なんて芸当はないので全てのコンテンツは生ライブ。
当然、国の隅にまで行き渡るのには時間がかかる。
常設演舞場も少なく上演する本数もとてつもなく少ない。
誰も彼も常に娯楽に飢えている状態だ。
もちろんそんな状態でも鉄板のコンテンツはあるのだが、コンテンツの量が圧倒的に不足している。
そんな状況で復讐劇にお涙頂戴の悲劇、さらに国王を讃えているので当局に怒られないという都合の良すぎるコンテンツが出現した。
リンチ兄妹の復讐劇だ。
もちろん俺の謀略だ。
かと言って、お上が上映しろと上から命令しても、反発されて俺を悪者にした舞台が上演されるだろう。
これはしかたがない。
芸術家とはそういう生き物なのだ。
だからまずは第零軍所属の芸人たちの伝手を使って中央の劇場に上演を頼み込んだ。
一度上演させればこちらの勝ちだ。
新作自体が少ないし、なんたって最高法院への襲撃は今年一番の大ニュースだ。
みんな一度は見てみようと思ったのだ。
上演は大成功。追加公演が決定した。
モーリスを赤穂浪士の清水一学みたいなポジションにしたのも幸いした。
友であるモーリスと一騎打ちをする場面は非常に人気があるのだ。
さらに俺は第零軍に命じてわざと脚本を流出させた。
見よう見まねで上演されて、悪の国王へ復習する物語にされたら困るからな。
設計図を出してしまえば脚本家を抱えていない地方の劇団などは改変しないだろう。
こうしてリンチ兄妹は書類上も、世間からも死んだことになった。
もちろんこういうのに生存説はつきもので、どこかで生きているという噂もあったが俺は放っておいた。
コントロールできないからと上から押さえつけても反発を買うだけだ。
あとは成り行きに任せればいい。
一件落着である。
ああ、時代劇みたいにやりっぱなしで一件落着としてみたいものだ。
学園が再開したのはリンチ兄妹が去った3日後だった。
俺は何事もなかったかのようにパシりを続けている。
心なしか騎士学科の連中は俺に優しくなった。
生活そのものに変化はない。
あれからマーガレットは三日に一度は窓から入ってくるようになった。
そして当然のような顔をして人のお菓子を搾取し俺たちと茶を飲む。
話の内容は限りなくくだらない。
平穏そのものだ。
マーガレットを味方につけた俺は商工会や民間の商人にコネクションを築いた。
強力な力だが今のところは使う予定はない。
楽しい商売や俺でも再現可能なテクノロジーを思いついたら頼ろうと思う。
人生には楽しみが必要だ。
面白おかしく生きるってだけじゃない。
もっとささやかな楽しみでいい。
もうさすがにトラブルはないだろう?
……あったら今度こそ投げるからな。
今度こそ人生をエンジョイするのだ。
そう誓って一ヶ月、今から三日前のことだった。
いつものように俺たちはお茶を飲んで談笑していた。
内容はくだらない話だ。
誰と誰が付き合ってるとか、誰と誰が別れたとか、騎士団の誰がなにかをしたとかだ。
それでも友人と接するのはそれなりに楽しいものだ。
俺たちは楽しいひとときを過ごしたのだ。
帰り際にマーガレットが小声で言った。
「王様。フィーナの不満が溜まっている」
マーガレットはすっかりフィーナを呼び捨てにするほど仲良くなっている。
性格的にゆるいのが幸いしたのだろう。
「なんでよ?」
「フィーナも女の子。いいかげん言葉で示すべき」
「……いやだからほぼ結婚は決まっているわけで」
「好きと言ったことがある?」
「いやないけどさ……わかるだろ? マーガレットだってわかってるわけだし」
「これだから男は……」
前世でもさんざん聞いた台詞だった。
もちろん前世では俺に向けられたものではない。
ドラマやアニメの中で見たものだ。
だが今の言葉はまさに俺に向けられている。
「……言うしかないか」
「そうね。言うしかないな……はっきりさせなくてはな」
「ご武運を」
「……武運が必要なくらい怒ってる? ねえフィーナさん怒っているの?」
「ふふふふふ」
言う気はないらしい。
マーガレットの意地悪!
「うんじゃーねー」
マーガレットは手を振ると窓から外に出ていった。
残された俺はごまかすためにフィーナににへらっと笑う。
「どうしたのレオン?」
「い、いやなんでもないよ!」
「なんか変よ」
「あ、ああ、少し疲れてるのかも」
「そう?」
「うん」
どうすればいい。
告白なんてしたことねえよ!!!
◇
俺はラフな格好ではなくフォーマルな格好をした。
もう着替えをして気合を入れるしかないのだ。
俺はビビリなのだよ!
ことがことだから酒には頼れないしな。
「どうしたのレオン? 夜会なんて聞いてないけど」
フィーナが首をかしげた。
そりゃそうだ。
このためだけに気合を入れたのだ。
「ええっと、フィーナさん良く聞いてください」
「どうしたの様子がおかしいけど」
「今まで我々はなんとなく結婚するかなあという感じで来ました」
「うん。そうね」
「ここでハッキリさせておこうと思いまして」
「婚約発表の時期? 卒業後でしょ?」
「そりゃそうなんだけど、そうじゃなくて」
「また婚約破棄? 次は許さないよ!」
フィーナの機嫌が悪くなる。
「いやいやいやいやいや。そうじゃなくて、我々の関係の話です!」
「なあに?」
うおおおッ!
緊張する!
なんで俺はこんなに緊張してるんだ。
俺は初々しい中学生かよ。
もしかしてホルモン的なものなのか?
それが俺の脳に影響を与えて中学生みたいな気分にさせているのか?
心理学者や脳科学者がこの世界にいれば、この現象はホルモンに支配された発情期なのか、それともガチの恋愛で緊張してるのかわかるはずだが、この世界にはまだどちらもいない。
まったくもー!
こうなったら気合だ!
ど根性だ!
今日こそ幼なじみから一歩進むときなのだ!
「フィーナさん!」
声が裏返った。
「どうしたの? この間から様子がおかしいよ」
言え!
言ってしまえ!
頑張れ俺!
「好きです。愛してます!」
フィーナは一瞬呆気の取られていた。
まさか俺が冗談ではなく真剣にそういうことを言うとは思ってなかっただろう。
フィーナはだんだんと目が潤んでくる。
「うん……待ってた。その言葉待ってた」
フィーナが俺に抱きついてきた。
俺もフィーナを抱きしめる。
まあなんだ。
その後のことは恥ずかしいから書かない。
想像に任せるよ。
俺たちは婚約発表を早めることにした。
悪を倒したニュースの後はめでたいニュースだ。
王としてはなるべく世の中を明るくしておくべきだからな。
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