第75話 墓場鳥

 今日はリンチ兄妹と会う日だ。

 謁見の間ではリンチ兄妹が俺に平伏していた。

 そのわりにはビリビリとした殺気が伝わる。

 どうどう。動くなよー。


「陛下、エドワード・リンチ子爵。まかり越してございます」


 数日前に本気で俺を殺そうとした男とは思えない声だった。

 顔は思いっきりメンチを切っているが。

 キャロラインの方は黙っている。

 化けの皮が剥がれるのを恐れたエドワードが黙らせているのだろう。

 エドワードはキャロラインを背中に隠して守っている。

 取って食やしねえって。


「おいーっす」


 だから俺は気分を和らげようと、わざとぞんざいな態度で挨拶した。

 謁見の間と言っても人払いをしたので第零軍の護衛がいるだけだ。

 第零軍の連中は俺がなにをやったって驚かないし口は硬い。

 本性丸出しで話しても困ったことにはならないだろう。


「今日呼んだのは……」


「私たちの処分についてですね……できればキャロラインの命だけはお救い頂きたくお願いいたします」


 うわーお凄い殺気。

 言うこと聞かないと殺しちゃうよーってか。

 弓を持ち込んでねえだろうな。

 相変わらず話を聞かないやつだ。


「違うよー。まあこれを呼んでくれ。足は崩して適当に座ってくれや」


 俺は紙の束をつかむと玉座から降りてエドワードの前の床に腰を下ろす。

 エドワードがぽかんと口を開けたまま固まる。

 どうもコイツは王様だからって俺を色眼鏡で見てやがる。


「あ、あの……」


「まあ読め」


 俺はエドワードに紙を渡す。

 エドワードは額に皺を寄せながら紙を受け取る。

 そんなおっかない顔すんなよ。

 俺の予想通り少し読むとエドワードは驚いたような声を上げた。

 ぬふふ。驚け驚け。


「これは戯曲ですか?」


「おう。知り合いにいくつか書かせて一番煽ったら面白そうなのを持ってきた」


 知り合いと言ってるが書いたのは第零軍の連中だ。

 なぜあの連中はこう才能豊かなのだろうか。


「親を殺された二人の少年少女が悪を暴く……これは私たちのことですか?」


「そうだ。面白いだろ?」


 あらすじはこうだ。

 主任判事の陰謀を暴こうとした二人の判事補が謀殺されるところから話は始まる。

 復讐を誓った二人の子どもは貴族株を手に入れて貴族社会に潜り込む。

 昼間は学生、夜は悪を倒す義賊として戦う二人。

 もう一人の被害者の娘と知り合った二人は動かぬ証拠をつかむ。

 その最中に二人の愛がどうたらこうたら。

 そして三人は証拠を持って王に訴える。

 判事たちの腐敗と横暴に激怒した王は貴族たちを率いて判事たちを逮捕。

 その大捕物の最中に二人は王をかばい命を落とす。

 王は二人の友の墓前に正義を貫くことを誓うのだった。

 じゃじゃーん。どうよこれ。

 ちなみに最後の死ぬところは俺のアイデアな。


「……我々の話のようですが大幅に捏造されているようですが」


「うん。意図的に捏造した。俺に関わったのが運の尽きだと思って我慢しろ」


「私たちは生きておりますが?」


「おっと忘れてた。ミッキー提督」


 俺が呼ぶと柱の陰から男が現れる。

 俺の命を取ろうとした傭兵の親分だ。


「提督? いったいどういうことですか?」


「うん、あのな、判事どもの一部が爵位とか役職も売ってた。だから全部頂いた」


「ザックリしすぎてわからないのですが」


 もうびっくりですよ。

 なんせ書類を漁ったら出るわ出るわ。

 貴族株に、断絶した貴族の家系図に、役人の株に。

 これだけやっといて何が「我らが正義」だ、どアホ。


「いやだから提督は一生俺の子分だもんねー♪」


「甚だ遺憾ながら……」


 まあ酷い。


「つうわけで身分を量産し放題なのよ。今の俺ちゃん。とりあえずミッキー提督は海軍所属の準男爵として俺の無茶の後始末を担当することになった」


「死にたくなりますな」


「えー! いいじゃん。悪いなあと思ったからヒザをへし折ったミッキーの子分もちゃんと雇ったじゃん」


「それを世間では人質と言います」


 えー。酷い。

 俺は口を尖らせると我慢できずエドワードが口を挟む。

 まったく神経質な男だな。


「殿下が人でなしなのはよくわかりましたが、それが私たちになんの関係があるのですか?」


「おっと忘れてた。エドワード・リンチ、キャロライン・リンチ。お前らは死んだ。二人に領地をやる」


 ぱんぱかぱーん。

 やったね!


「は?」


 エドワードはキョトンとしている。


「おっと言葉が足りなかったな。エドワード。北の寒村が並んでいる辺りに領主が存在しない土地がある。お前が領主な伯爵殿。新しい名前を考えとけ」


「あの陛下」


「はいはい。文句は後で聞くから、キャロライン・リンチ」


「あ、はい」


「議長がお前を気に入ったって。弓を持って悪を仕留めるなんて根性あるじゃねえかってさ。議長には子どもがいないからお前を養女にすることになった。あとはエドワードの所へ嫁に行くなりなんなり勝手にしろ」


 キャロラインもぽかんとしていた。

 だが急に顔が真っ赤になる。

 おー、小学生レベルのセクハラ成功。

 よし最後の最後に出し抜いた。


「……あの陛下」


「おうよ」


「私たちを処分しなくていいのですか?」


「なぜ? お前らは俺の命で判事の汚職を追っていた。怪我人を出した程度、なんの問題にもならん。……という書類をすでに提出済みだ。モーリスの件は事故として処理をする。モーリスの家族も悪いようにはしない。お前らも憎しみの連鎖は避けたいだろ?」


 隠蔽は完璧だ。

 モーリスは自業自得だがお仕置きはすんだ。

 目を覚ましたら身の立つように面倒は見てやろうと思う。


「でもどうして……我らにそこまでしてくれるんですか!」


「親のやったことの後始末だ。俺の父親は悪意のない悪魔だったんだわ。前王は人を傷つけ、恋人を引き離し、わざと汚職を放置し子から親を奪った。だから俺がその後始末をしてるんだ。お前らの親も俺の親父が間接的に殺したようなもんだ」


「陛下……」


 湿っぽいのは苦手だ。

 俺はごまかすために開け放たれた木戸を見た。

 墓場鳥ナイチンゲールが木に止まっている。


「というわけでエドワード、最初の任務は寒村地帯に出没する山賊の殲滅だ。提督と一緒にがんばってね」


「陛下」


 提督が口を開いた。

 ニヤニヤしてやがる。


「おうよ。傭兵を雇う金は御用商人のクロウ商会から貰ってくれ。エドワードは俺を殺しかけたほどの弓の達人だ。役に立つぜ」


「そうじゃねえ。アンタの子分になれて光栄だぜ」


「ありがとよ」


 提督がへへへと笑った。

 これで話は終わりだ。


「じゃあな。お前らとは頻繁に会うことになると思うけど達者でな」


 子分たちは立ち上がると俺に頭を下げ出て行く。

 これで心配の種が一つなくなった。

 もう一度窓を見ると墓場鳥はどこかに消えていた。

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