第74話 勝負
俺は最高法院を訪れた。
最後の話し合いだ。
最高法院長の主が目の前にいた。
車椅子に座った男。
キャロラインによって両手両足を撃ち抜かれた最高法院長だ。
傷の癒えていない最高法院長は脂汗を流して俺を睨んでいた。
「どうですかな? 国を壊した気分は」
それは尊大な態度だった。
車椅子なのによくやる。
「後始末で頭が痛い」
これは俺の偽らざる感想だ。
「当たり前です。私たちの社会が数百年にわたり培ったものを陛下は一瞬で壊したのですから」
「数百年分の腐った膿を出しただけだ」
「膿ですか……我らを排除して陛下はさぞ満足でしょう。ですが代々判事の地位を承継した我らを排除することの愚かしさをすぐに覚ることでしょう。我らこそ法なのです。我らがいなければこの国は早晩に崩壊することでしょう」
それこそが腐敗の温床なのだ。
専門職が地位を継ぐのは不合理の極みだ。
適正のないものが職務を引き継ぎ、そのツケをなんの罪もない領民が支払うことになる。
定期的に膿を出すためにも試験制にすべきなのだ。
「そなたは勘違いをしているようだ」
俺は断言した。
「なにがですか?」
「そなたは取り替えの効く部品でしかない。いや、そなただけではない。騎士も商人も農民も……もちろん余もだ。特別なものなどこの世には存在しない」
最高法院長は口を開けたまま固まった。
「たとえ余が王の座を退こうとも、ランスロットがいる。いや傍系の代わりもいくらでもいる。いや……違うな。誰でもいい。誰でもそこそこの結果が出る」
「それは我らが陛下を支えているからです」
「違うな。制度は余を支えているが、そなたら個人は余の治世を脅かす怪物でしかない」
俺は断言した。
お前らはシステムの生み出したバグだ。
バグは除去されねばならない。
「……怪物。そうですか我らを怪物と仰りますか」
「ああそうだ。怪物とはすなわち不公平。それが憎しみを生む。その憎しみはただ燃えさかる感情だ。そこにそなたらが好む論理などない。だが過去の為政者の一族は最後にはその炎に焼き尽くされた。正義と言う名のな。それが人の歴史よ」
判事はリンチ兄妹やマーガレットみたいに数々の家族を不幸に陥れてきた。
今やそのツケを払うはめになったのだ。
エリートの横暴がいつまでも続くはずがない。
歴史学者でもあるギュンターならもっと詳しく説明できただろう。
俺にはこれが限界だ。
「我らこそ正義なのです! なぜわからぬのですか!」
「なぜ……簡単だ。余は正義ではないからだ。正義に選ばれて王になったが余は正義ではない。正義とは神のものだ。余はただの人でしかない」
俺がそう言うと最高法院長は言葉を失った。
「なぜ……なぜ……」
俺はそんな最高法院長に別れを告げる。
「最高法院長。傷が治り次第、そなたを裁判にかける。そなたの罪は騎士の陪審制で審議される」
「このままではすましませんぞ。いつか正義の名の下にあなたを討ち取るものが現れましょうぞ」
俺は最高法院長の捨て台詞を無視して部屋を出た。
部屋の外にはソフィアがいて俺に声をかけた。
「陛下、大丈夫ですか?」
「大丈夫よー。王様はこのくらいじゃへこたれないのよー」
ソフィアは悲しそうな顔をした。
「これからこの国はどうなるんですか?」
たぶんソフィアは事態を正しく理解している。
中央が大混乱に陥っているのを肌で感じているのだろう。
「どうにもならないさー。法に詳しいのは裁判官だけじゃないさー。弁護士も事務弁護士ソリシターもいる。片っ端から裁判官にヘッドハンティングするし、数年もすれば学園の法曹の卵もヒヨコにはなれるさー」
俺はなるべくゆるく言うことにした。
「陪審員も市民が自分たちの責任で社会を回しているって自覚が出ていいんじゃない? なあに、この国では採用してねえけど昔からある制度だ。10年もすればこなれるさ」
そして200年もすれば自立した市民が現れるだろう。
その時に王は必要とされるのか?
結果を俺が知ることはない。
「陛下は先代のように全てを支配するおつもりですか?」
「まさか。俺にはあれだけの悪辣な手腕はないよ。俺が欲しいのは……そうだな。弟ランスロットがいて、妹ソフィアがいて、ごっつい騎士たちがいて、騎士学科の連中がいて……」
父さんと母さん、それに母上もいて。
「ローズ伯爵もギュンターもいて、そして……フィーナがいればいいかな」
「私は妹ですか?」
「まあね」
「多少釈然としませんがまあいいでしょう」
よかったらしい。
「妹ですか。ふふふふふ♪」
そういうことだ。
「では私のお兄ちゃんには世界一の兄になってもらわなければなりませんね」
いきなりハードルが上がったぞ。
「ではまず妹より剣を扱うのが上手になってもらわねばなりません」
「えー!」
そろそろ皆さんお気づきだろう。
俺は徹底して剣を使わない。
柄で殴ったり、投げ技に持ち込んでいる。
それは人を傷つけるのが嫌だからじゃない。
単にヘタなのだ。
剣を使うのが。
ナイフならそこそこなのだが……
俺が逃げだそうとするとソフィアが俺の手をつかんだ。
「一度だけでいいから本気で戦ってください」
その目は本気だった。
「木剣ならな」
「かしこまりました」
あーどうしてこうなった。
◇
城の中庭。
そこで俺たちは対峙していた。
見届け人はギュンターだ。
なぜそこまでこだわるのだろう?
俺は弱いと言っているのに。
「本気でお願いします」
ソフィアは片手剣の木剣を半身で俺に突き出すように構えた。
俺は両手剣の木剣を中段に構える。
「はじめ!」
ギュンターが開始の合図をした。
開始早々、ソフィアの姿が消える。
踏み込みだ。
ソフィアの恐ろしいところは間合いが伸びることだ。
それは体の柔らかさからくる踏み込みの長さが原因だ。
いつもなら焦ってかわしたことだろう。
だが今は木剣だ。
怖くない!!!
俺は胸を目がけて飛び込んでくるソフィアの剣線に剣を置き突きを弾く。
カンッと乾いた木の音がする。
俺は突きを弾いた動きから手首を変化させ一気にドンッと踏み込み、ソフィアの首に斬りつける。
ソフィアはさらに姿勢を低くして俺の斬撃の下をくぐった。
そしてその体勢から俺の喉目がけて突きを打ち上げた。
俺は自分の正中線からソフィアの正中線を外し、突きを避けた。
突きが俺の顔の横を通っていく。
俺は切り返し、逆方向の横薙ぎを繰り出した。
ソフィアはバックステップで間合いを開け、俺の斬撃をかわした。
「嘘つき……」
ソフィアが言った。
「なにが?」
「なにが弱いですか! 嘘ばかりついて!」
「ふふふふふ。それは違うな」
「なにがですか!」
「俺はケツに火がつかないとやる気が出せないタイプなのだよ!!!」
「……」
ぷーっとソフィアがふくれた。
その瞬間、ソフィアが消える。
また下か!
当りだ!
ソフィアは俺の足元に潜り込み、俺の足に斬りかかる。
俺は軸足を切り替えて、足を上げてそれをなんとか避けた。
俺はかわしたと思った。だがそれ自体が予備動作だった。
「だあああああああああああああッ!」
そこから怒濤のラッシュ。
突き突き突き突き突き突き突き突き突き突き突き!
ぎゃあああああああ!
俺はバックステップしながら叩き落とす。
そしてソフィアの手がぐるんと蛇のように動く。
ソフィアは肩が柔らかいのだ。
下か? 上か?
右だ!
そう判断した俺は瞬時に木刀に手を添えた。
そしてソフィアへと踏む込む。
ただ直線の動きで。
円の動きより直線の動きの方が距離が短い。
ただそれだけを狙ったのだ。
俺は突きをソフィアの腹の前で止めた。
「やはり……陛下はお強かったんですね」
ソフィアは嬉しそうだった。
なぜか目を潤ませている。
「いやそうでもないよ。木剣でしか意味のない動きだ」
鎧を着てたらこの動きはできなかった。
それに鎖かたびらがあったら剣も刺さらないだろう。
中途半端な動きだ。
「ソフィアは鎧を着てても攻撃が通る動きばかりだった。ソフィアは実戦まで考えて動いていた。やっぱりソフィアは凄いね」
俺は素直にソフィアを褒めた。
だってソフィアが狙ってるのって全部死ぬ急所ばかりだったもん。
「お兄ちゃん」
「はい? ってお兄ちゃん!!!」
「はい。負けましたので。そう言って欲しそうだったので」
いや少し嬉しいけど。
ちょっとどきっとしたけど。
「お兄ちゃんはずっと私たちの王様でいてくださいね」
ソフィアは花のような笑みを浮かべた。
あ、そういうことか。
俺の退位を心配してたのか。
わかったよ。
もうちょっと続けるよ。
貴族たちとの約束してる残り五年はやるよ。
「わかったよ! がんばるよ!」
ホントいいのかねえ。
こんなのが王様で。
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