第73話 フィーナさんは最強系

 この世界には三権分立はない。

 司法権の独立も曖昧だ。

 王が法や慣習に逆らい無理を通すには国民の信任が必要だし、たいていの場合は法や慣習は正しい。

 前王は人の心を巧みに操る寿命のある悪魔だったため無茶も通せた。

 でも俺には前王のようなカリスマ性はない。

 確かによほどのことがなければ商売の邪魔をしないので庶民や商人には人気がある。

 5年前の件で騎士にもわりと人気がある。

 それも飢饉や不況が来たら一発でひっくり返る程度のものだ。

 あー農業チート欲しい。


 さて何が言いたいのかというと。

 ちょっぴり頑張ちゃった皆さん。

 判事のほぼ全員を逮捕してしまったのだ。

 そうすると裁判は誰がやるという問題が発生した。

 汚職判事が汚職判事を裁くのは不毛だ。

 そこで俺は昔ながらの生活の知恵で対抗した。

 陪審員裁判だ。

 まあ実情は素人裁判官と素人検事、素人弁護士によるリンチなんだけど。

 結果は予想通り、全員が免職、ほぼ全員が全財産の没収、悪質なものは実刑だ。

 ただし人数が多すぎるので刑務所は庶民と同じだ。

 温室育ちの判事たちが生きて出られるかという問題には目をつぶろう。

 これでもクーデターを起こした罪にしては軽いのだ。

 これ以上軽くしたら王である俺ですら

 明らかに真面目なのに巻きこまれた人には執行猶予をつけた。

 つまりそのまま判事を続けさせるのだ。

 三年間問題を犯さなかったら免職は撤回、全財産の没収は免除だ。

 漏れは気分が悪いが判事は全滅させるには職務が専門的すぎたのだ。


 というわけで、あとは人気投票に任せればいい。

 嫌がらせで商人を陪審員に混ぜれば、汚職判事は一発でわかる。

 当事者の参加はないが商人の横の繋がりは恐ろしいのだ。


 俺は少しばかりの賢者タイムが訪れていた。


「俺……独裁者として歴史に残るな……」


 完全に独裁者コースだ。

 よし、今回の責任を取って辞職だ!

 それしかない。そうしよう!!!

 俺は腹を決めた。

 だが人生ってのはそんなに甘くはないのだ。



 まず俺は土下座しなきゃならない人物に命乞いをするために王城へやって来た。

 土下座しなきゃならないのはフィーナにだ。

 学園が閉鎖になったのでフィーナも王城へ帰って来ていた。

 俺はおそるおそるドアを叩く。


「失礼します」


 ノックをし一礼して入る。

 フィーナは俺たちのテーブルでお茶を飲んでいた。


「あ、あのフィーナさん。ボクはね。決して婚約破棄をしようと思ったわけじゃなくてですね」


 俺は最初は言い訳から入った。

 だってフィーナさん怒ってますもん。

 フィーナは紅茶を置くとにっこり笑った。


「ええ。知ってるわ。だって貴方のことだから『弟のために裁判所と差し違えよう』とか考えてたでしょ?」


 なぜ全て知っている。


「レオンの動きはゲイルさんから逐一教えてもらってるもの」


 父さん!!!

 なに言いつけてるんですか!!!

 俺が心の中だけで叫んでいるとフィーナは微笑む。


「おかしいと思わなかった? 裁判でレオンの行動が全て貴族側に筒抜けだったこと」


 気のせいか微笑みがひんやりとしている。

 おかしいってローズ伯爵の陰謀でしょ?


「へ?」


「私がなんで捜査を手伝ってたと思う?」


 フィーナはニコニコしてる。


「へ?」


「五年前に大怪我したとき私思ったんだ。この人は放っておいたら死ぬって。だから私がしっかりしなきゃって」


「……あのもしかして」


 もしかしてだけど……ローズ伯爵の陰謀じゃないのか?


「出世しか考えてないパパと人間の苦手なギュンター様に貴族をまとめる力はないわ」


 ぞくり。

 俺の背中に冷たいものが走った。


「ほら、レオンはお手紙苦手じゃない。いろんな人の手紙を代筆したわね。だからついでに人脈を作ってたの♪」


 ……ちょっと待て。

 どういうことだ?


「最初は『代筆:フィーナ』って書いたの。でもそれを書くだけで私への手紙が別に送られてくるようになったのね」


「……あ、あはは」


 なんてことだ。

 今回の俺の決死の行動を潰したのは……


「『婚約者はこのたびの裁判所の不正をうれいております。突飛な行動に出るかもしれません。貴方様のご助力が必要なのです』議会議員全員に送っちゃった」


「あ、あのね。フィーナさん」


「なあに?」


「も、もしかして議長がボクを男って褒めてたのは……」


「嗚呼、私は正義を貫くべきか? それとも裁判所に負け口をつぐむのか? って悩んでいるって教えたわ。議長さんってそういうの好きでしょ?」


 ……俺より貴族の友達が多くないですか?


「フィーナさん……」


「なあに?」


「怒ってます?」


「ぜんぜん。やると思ってた」


「そうなの?」


「うん。マーガレットを仲間に引き込んだ辺りからおかしいと思ってた」


「……マジっすか?」


 まだその時点ではそこまでは考えてなかったぞ。


「いいの。レオンがなんだっけ? 死亡フラグだっけ? を立てるクセがあるのはもうあきらめてるから」


「は、はあ……」


「でもそれとお仕置きは別」


 くすりとフィーナが笑う。

 なぜか恐ろしいほどの圧力だ。


「お、お仕置き?」


 ガクガクブルブル。


「うん。レオン。この手紙を渡すわ」


「え?」


 俺はフィーナから手紙を受け取った。

 俺は震える手で中を開ける。


 そこには懐かしい字が書いてあった。

 母上……俺を育ててくれた正妃シェリルの字だった。

 母上に密告したのか!

 なんてことをしてくれやがった。

 俺は少し腹を立てた。


「あのね! これはさすがに……」


「最後まで読んで」


 俺は手紙を読む。


 愛する我が子レオンへ。


 フィーナ嬢から手紙を頂きました。

 貴方はそうやっていつも誰かを助けているのですね。

 私は止めません。

 貴方はそうやって誰かを助けるのが運命なのかもしれないと思っているからです。

 ランスロットを王にするという貴方の考えも聞いています。

 でもそろそろ貴方は私やランスロットから自由になるべきです。

 私はランスロットを王にする意思はありません。

 ランスロットには貴方の臣下として将来貴方を支えるように言い聞かせています。

 貴方は私たちのことではなくフィーナ嬢、それにメリルを幸せにしてあげるべきです。

 最後にランスの手紙を同封しています。

 読んであげてください。


 シェリルより。



 俺はこれだけでも泣きそうだった。

 マザコンじゃないからな!



 俺は次に同封されたランスロットの手紙を開ける。



 おにいさまへ


 おひさしぶりです。

 ランスロットです。

 おにいさまは、いつもだれかを心配してるってお母さまが言ってました。

 だれかを心配するのが、おにいさまなんだってお母さまはよく言ってます。

 ぼくは、おにいさまを本当にそんけいしてます。

 いつか、おにいさまのおやくにたちたいな。

 ぼくも、おにいさまに負けないようにがんばります。

 おにいさまも、がんばってください。


 ランスロット



「卑怯だろ……」


 俺は目頭が熱くなる。

 こんなん卑怯だろ!

 絶対泣くだろが!!!

 俺がひっくひっくと震えていると、フィーナが俺を抱きしめる。


「レオン。貴方が無茶なのは止められない。それは貴方のどうしようもない部分」


「うう。フィーナごめん」


「だから私が守る。貴方の無茶な部分は私が守る」


 フィーナが俺の背をポンポンッと優しく叩いた。

 もう……これはフィーナに頭が上がらんな。たぶん一生……

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