第72話 打ち壊し
被告は俺のはずなのに議会は俺を引きずり落とそうとした裁判所への怒りに満ちていた。
あの……弾劾裁判所の招集をしたの俺なんですけど……
俺はローズ伯爵を見た。
「むっふー」と鼻の穴を広げてやがる!
あ、そうか。
俺のお願いをそのまま実行したんじゃなくて、判事の中で精神が弱ってそうなのを煽って俺の弾劾裁判を開かせたのか。
ローズ伯爵。あんた優秀すぎ。
武力チートで政治力チートか……なぜ俺の周りは俺以外みんな優秀なのだろう?
俺は少し涙目だ。
これは俺の致命的なミスだった。
いや奇跡が起こったとも言えるだろう。
物事というのは人が変われば見方や切り口が違うものだ。
俺はお節介で汚職判事と戦うことになった。
でも王様ってのは「死刑!」って言えばなんでも思い通りになるわけじゃない。
ランスロットのためにもならない障害だ。
こういうのを変えるのは本当に面倒だ。
だからメ○ンテで全員滅ぼしちゃおうと思った。
これが俺の見た視点だ。
次に騎士学科の連中の視点だ。
悪がいた。女の子が泣いていた。倒した。
そしたら友達がピンチになった。助けなきゃ。
実にシンプルだ。
ローズ伯爵からしたらもっと酷い。
自分の出世の邪魔をするものは何人たりとも生かしておかぬ。
王に弓引く逆賊は滅ぼしてくれる。
そして貴族。
最近、裁判所とかいう連中が超うざいんですけど!
王様も法には従うとか言ってるの。意味わかんない。
賄賂とかうっざ!
でもねいつかぶっ殺そうと思ってたら、王様が弾劾されちゃった。
チャンス到来★
ものども出入りじゃあ!
俺もバカだなあ……
もの凄く視野が狭かった。
まさか俺の陰謀がここまでカオスになるなんて知らなかった。
あははははは。
俺が諦めると議長は言った。
「いま俺と陛下と友誼を結んだ諸侯とで陛下をお救いする作戦を進行中だ。諸君! 我らの手で王国と我らが主君を取り戻そうではないか!
ゲリラ豪雨のような拍手が議場に響く。
あがががががががが。
「すでに王国の主要な商会は我らへの協力を申し出ている」
ついでに商会サイド。
俺たちの金を奪おうとする裁判所を倒すぞ!
ついでに貴族へ恩を売って集中営業開始だ!
今年は儲けるぞー!
乗るぜ!
このビッグウェーブに!
『風が吹けば桶屋が儲かる』レベルのこじつけが次々と繋がっていき、「俺と裁判所の喧嘩」から、「王に弓引く逆賊」へ話は転がる。
そしてさらに話は転がりまくり「裁判所がクーデターを起こした」に変わったのである。
人間の主観とはかくも曖昧なものである。
そこに小狡い商人たちは相乗りした。
そう。判事どもは頭が良すぎて一周回ってバカだった。
自分たちが正しいと信じ切っていたのだ。
自分がどれだけ恨まれてるかなんて考えもしなかったのだ。
……俺も気をつけよう。
「それで兵はどれほど確保してある?」
お、そうだそうだ!
兵がいなければ無茶はできまい。
俺がなぜか裁判所の弁解に走っているとギュンターが手を挙げた。
「ギュンター第二軍司令官」
議長が名前を呼んだ。
頑張れギュンター!
この暴挙を止めてくれ!
「すでに第一軍から第三軍、傭兵、それと周辺の街で募集した義勇兵含めて約二万名の準備は調っております」
どぶッ!
興奮のあまり鼻血が噴き出した。
お前らどこの国に戦争を仕掛ける気だ!!!
俺はホウ酸団子を食べた油虫のようにヨロヨロと手を挙げた。
「レオン陛下」
「あのね……ご、ご予算はいかほどで……」
金を賭けすぎたらダメよ!
ホントダメよ!
ランスロットちゃんがナイトメアモードから始まっちゃう!!!
ギュンターは黒い笑顔を浮かべた。
「ふ、ご心配には及びません。レオン様の善政で民にも蓄えができました。彼らは一様に言っております。『金は要らぬ。悪を倒せ』と」
ぶしゅーッ!
鼻血が! 鼻血が! 鼻血がああああああああッ!
明らかに世論工作が行われている。
こんな器用に世論工作をするのは第零軍しかいない。
父さんの工作だ。
議会議員じゃないからここにはいないけど何してやがるの?
もおおおおおおおおおおッ!
「我らも金など要らぬ! これは名誉の戦いだ!」
野次が飛ぶ。
もおおおおおおおおッ!
貴族達が沸く中、議長がハンマーを振り下ろした。
よしストッパーになってくれ。
さすがにこれはマズいんだ。
「正直言うぜ。最高法院長が半殺しにされたときは俺は胸がスカッとしたぜ」
ぎゃああああああああああああッ!!!
そこに踏み込むのか。
「そうだそうだ!」
「おうし、野郎ども! これは世直しだ! 裁判所の小僧どもに正義の鉄槌を食らわせてくれる!」
「議長! 議長! 議長! 議長! 議長!」
「総大将は陛下だ!」
ちょッおまッ!
「そうだそうだ! 戦うぞ!」
あああああああああああ! もおおおおおおおおおッ!
俺は頭をかきむしった。
もうね俺は責任取らないからな!
◇
大勢の武装した市民が最高法院をぐるっと囲んでいた。
圧倒的プロパガンダに俺ちゃんもびっくりだ。
貴族達が指示を出す。
「最高法院を取り囲み全員を逮捕せよ」
民兵たちは自宅に保管していた殻竿を手にノリノリで打ち壊しに荷担する。
別名フレイル。連接棍とも言う。当ると簡単に死ぬ。
その横では何人もの傭兵が破壊槌で裁判所の門にぶつけていた・
「オラァッ! 恩赦と引き替えだ! 気合を入れろ」
「ウイッス!」
俺たちでボコボコにした傭兵の残りと恩赦をしたその仲間だ。
俺は約束は守る子だ。
傭兵もケツを蹴飛ばすだけで許してやった。
「わかってるか! 親分は判事どもに騙されてあの『狂犬』に挑み見事に返り討ちにされた。『狂犬』は敵に回したらヤバイ。長いものには巻かれろ。それが俺たちの生き方だ!」
「ウイッス!」
傭兵たちは電柱のような破壊槌を門にぶつける。
めきめきめきっという木の折れる音がした。
かんぬきが壊れたのだ。
「オラァッ! 刑務所に入りたくなかったらとっとと行くぞ!」
「ウイッス!」
傭兵たちが最高法院になだれ込む。
すぐに最高法院が雇った傭兵と戦闘になった。
それを見計らって『狂犬』こと俺は指示を出す。
「諸君! これから日の入りまでの略奪を認める! ただし最高法院外の略奪、女子どもへの暴力の一切は厳罰に処す。存分に腕を見せてくれ!」
「応!!!」
全てローズ伯爵が原稿を用意してくれました。
俺は悪くないよ。
それに困ったことにはならないだろう。
はっきり言おう。
最高法院なんて略奪したって金銭価値のあるものは何もない。
かと言って判事どもを殺しても面白くない。
そう別に目的があるのだ。
貴族の皆さんの目的は裁判記録だ。
自分たちや親戚が敗訴したものや、家名の恥になる記録を焼いてしまおうとしているのだ。
もちろん商人の皆さんも同じ目的だ。
本当は俺はそういうことはしたくない。
最後に責任を取るのは俺なのだ。
でもしかたがない。
責任を取るのが王の仕事なのだ。
はははははは……王様はつらいよ。
傭兵に正規軍が同流する。
さらに市民も暴れる。
そこには身分などなかった。
みんなの心が一つになったのだ。
俺の望んだ形とは違うが。
ははははははは……
「よし判事を捕まえろ!」
次々と判事が捕まっていく。
そのたびに歓声があがり俺を賛美する声が大空に響いた。
どうやら俺はまだ王様を続けてもいいらしい。
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