第71話 弾劾裁判

 弾劾裁判。

 公職にあるものを引きずり落とすために行われる裁判だ。

 王や上級貴族だって人間だ。

 精神を壊すことはある。

 それが原因で無駄遣いや恐怖政治を敷かれたら周りが迷惑だ。

 簡単に国が滅ぶ。

 そういう事態を防ぐためのストッパー、それが弾劾裁判だ。

 明らかにおかしいやつや一緒にされたくないレベルのクズを排除する仕組みなのだ。

 通常は国務大臣や将軍、裁判官が殺人とかの重大犯罪を犯したときに行われる。

 王の方も何代か前にいた暗愚の王が自身が暗殺されるという妄想から処刑を連発、大量の犠牲者を出したときに開かれたという記録がある。

 裁判と銘打っているが判事は議会議員だ。

 判決に必要な議決は過半数。

 決して無理ゲーではない。


 俺は議会に呼び出された。

 隻眼、眼帯をした顔に傷のある男。

 議長が俺に言葉をかける。


「レオン陛下。今日はよくぞいらっしゃいました」


 俺はうなずくと議会の議員たちに言った。


「諸君。余のために集まってくれて感謝する。まあ諸君に無理を言うのもこれが最後だ。我慢してくれ」


 しーんという漫画のような静寂。

 なにこのお通夜みたいな雰囲気。

 俺の額に冷や汗がにじんだ。

 な、なにこの重い空気。

 俺は辞めるって言ってるのに。

 俺が焦りまくっていると議長が議事を進める。


「まずレオン陛下。罪状を読ませて頂きます」


「どうぞ」


「まず議会の許可を経ない勝手な軍事行動、次に騎士学科の学生を危険にさらした罪、そして最後に法に逆らった罪」


 俺は最後の言葉を聞いて笑った。

 心の底から愉快だった。

 勝った。完全勝利だ。

 俺は恐ろしいほどのゲス顔で言った。


「認めよう。王よりも裁判所が優位にあるとな」


 議場がざわつく。

 愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快!!!


 愉快だ。

 俺は内心笑いが止まらない。

 やはりヤツらは法律バカだ。

 法が自身の身を守ってくれると信じていやがる。

 それは法が公平であるという前提があってこそだ。

 テメエらの都合で王を引きずり落としたら公平もクソもない。

 そうだ。ヤツらは国王に弓を引いたのだ。

 これは王国史に残る出来事だ。

 公式に判事どもが王を罠に嵌め王を退位させたという形ができた。

 ランスロットが王を継いだら、王への反逆という大義面分をもって法によらずギュンターが皆殺しにするだろう。

 俺の自爆は無駄ではないのだ。

 俺は転生勇者のごとく調子に乗った。


「余は法には従う。これは余を王に指名した先王と余の誇りにかけて誓おう。だが余は法に従わない裁判所に従うつもりはない。俺は悪には屈しない」


 静寂……

 議員たちの態度は読めないが、そんなの俺にはどうでもよかった。

 そもそも俺はローズ伯爵とあちこちに頭を下げて回った後なのだ。

 今さら好き勝手やっても怒られないだろう。

 議長は俺の言葉に特に反応することなく議事を続けた。


「陛下のお考えはよくわかりました。では個々の事例について審議いたしましょう」


「うむ……」


 なんだろうか?

 俺の不規則発言への注意がない。

 冷静すぎて逆に怖い。

 何かがおかしい。

 俺は首をかしげた。


「まずは勝手な軍事行動の件について、最初からお話し頂けますかな?」


 おうよ。

 全部ぶちまけて判事どもを一方的に悪役にしてくれる!!!


「そうだな。まずはある乙女の話をしよう」


 マーガレットのことだ。


「彼女の父は賄賂を用意できず悪逆非道の判事どもに自殺に追い込まれた。それを聞いた余は乙女を哀れに思い事件解決のために手を貸すことにした」


 「傷害犯を見つけ出そうとした。」という部分は意図的に隠す。

 俺はあくまで乙女と悪漢という図式を創り出す。なぜなら騎士の好物だからだ。


「そして余は決定的な証拠をつかむことに成功した。その捜査には義憤を感じ正義と忠義の名の下に集いし、友たちが手を貸してくれた。そこに余の命を奪おうとする傭兵が現れ戦闘になり、余はローズ伯爵の手助けもあり紙一重でそれを討ち果たした」


 だいたいあってる。

 本当は『傷害犯を捕まえようとしたら口封じに来た傭兵と戦闘になった』なのだが、意図的に事実を隠し面白い方に脚色した。


「それについて謝罪などございますかな」


「ある。我が友たちはご存じの通り諸君らの子弟だ。将来この国を支える諸君らの子弟を危険にさらしたことは余の過ちだった。すまぬ」


 そう言うと俺は頭を下げた。


 うっそでーす。

 わざとでーす!

 せっかくの機会なので実戦経験積ませるのと従騎士の凄さをわからせるためにわざとやりました。

 ごめんね。テヘペロ。

 さあって、ここまで来たらあとはリンチ兄妹の所有権を『狩りに関する慣習』を盾に主張すればいい。

 なにか揚げ足を取られたら「よの誇りにかけて渡さぬ」で通そう。

 そして俺の王都追放が決定したら適当なところで放してやろう。

 確かにベストエンディングとは言えないが、Aエンドくらいのエンディングだ。

 よし、俺は頑張った。


「……これについて誰か質問などございますかな」


 議長が言った。

 すると一人の貴族が手を挙げた。


「よろしいですかな?」


「クイントン伯爵」


 議長が名前を呼んだ。

 凜々しいヒゲの紳士。

 クイントン伯爵。

 ダズの父ちゃんだ。


「ではまず陛下には感謝の念をお伝えいたします」


 はい?


「我が息子ダズは生来の放蕩者で召使いを人と思っていないようなダメな息子でした」


 騎士学科の連中も最初はそうだったなあ。

 今はそんなことないよ。

 ダズは良い子よ。


「それが……息子から手紙が届くたびに驚かされました。日に日に騎士として……男として成長していく息子の姿があったのです」


 ……なにかおかしい。

 なんだこの流れ……


「たまの休みに帰って来たときは驚かされました。メイドの顔を見てありがとうと言ったのです。その日はうれしくて妻と一緒に泣きました。さらには学園の全員と友になると張り切っておりました……涙が止まりません」


 どうした!

 なにがあった!!!


「そして先日の手紙がこれです。読み上げます」


 え?

 なに?


「我が友にして師であるレオン様を助けてください。私は陛下の作る未来が見たいのです」


 俺はキョロキョロと議会の面々を見た。

 騎士学科の連中の親は『うんうん』と首を振っている。

 そしてその中にローズ伯爵を見つけた。

 犯人はコイツに違いない。

 ローズ伯爵はゲス顔をしていた。

 我が知力に踊るが良いって顔だ。

 野郎! なにかやりやがったな!

 次に俺はギュンターを発見した。

 ギュンターも珍しく笑顔だ。ただし黒い笑顔だ。

 お前らなにをした!


「陛下! お尋ねしたい! この戦いは名誉ですか!? ダズは名誉のために戦ったのですか!?」


 俺は反射的に返事をした。


「もちろんだとも! 正義と国のためだ。判事どもは賄賂と引き替えに勝訴を売っている。それを許しては正義は死ぬ。正義が死んだ国は早晩崩壊するだろう。ダズは余と共に正義のために戦った。ダズのおかげで国はこれからも繁栄することができるだろう。ダズは英雄だ。これ以上の誉れはないだろう!」


 俺は断言した。

 要約すると「ダズ偉かったよ。おじさん褒めてあげて」だ。

 ふう。貴族言葉は疲れるぜ。

 するとクイントン伯爵はむせび泣く。


「ありがとうございます……ありがとうございます陛下……」


 それは更生した不良が就職したときのような涙だった。


「では私はここに宣言しましょう。伯爵として、誉れ高き騎士の親として名誉をかけて陛下のために戦いましょう!!!」


 クイントン伯爵のスピーチに惜しみない拍手が鳴り響く。

 俺は目が泳ぐ。

 どうした?

 なぜこうなった?

 俺は一体何をした?


「ふう……」


 議長がため息をついた。

 ですよねー。

 なんかおかしいから早く俺の解任宣言しちゃって。

 早く早く。


 議長は眼帯を外す。

 目のあった場所には酷い刀傷があった。

 目は眼光鋭く、それは常に戦場にいる目だった。

 このじじい……ただもんじゃねえな……

 俺が感心していると、まるで獣が唸るような声を出した。


「最近……俺たちは舐められてないか?」


 静寂。

 もはや俺にもこの状況は予想外だった。

 全くコントロールができない。


「最近……裁判所の小僧どもに議会は……貴族は舐められてないか……」


 い、いやそういう意味じゃ……


「俺は我慢できねえ。確かに陛下は青臭い小僧っ子だ。だが青臭さを貫いてやがる! 男じゃねえか!!! それを訴追って俺たちをバカにしてるやがるのか!!!」


 えええええええええ?

 議長! あんた中立はどこにやった!!!


「議長! 議長! 議長! 議長! 議長! 議長! 議長!」


 議長コールが響いた。


「戦争だ……」


 再び静寂。


「これは俺たち議会へ仕掛けられた戦争だ……なあそう思うよな!」


「議長! 議長! 議長! 議長! 議長! 議長! 議長!」


 あわわわわわわわわ!!!

 完全に置いてきぼりになった俺はキョロキョロしながら必死に考えた。

 そして突如ある可能性に行き着いた。

 もしかして……嫌がらせされてたのか?

 ここにいる貴族たちも裁判所にさんざん煮え湯を飲まされ続けたんじゃないか?

 だって王に弓引く連中だ。

 貴族に嫌がらせをしないはずがないじゃないか!!!

 俺のヒザがガクガクと震えた。

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