第70話 陰謀
戦闘は俺たちの完全勝利に終わった。
傭兵が比較的真っ正面から戦ってくれたせいだ。
もし俺たちが襲ってこないと判断して気が抜けたところで農民姿に偽装した傭兵による奇襲があったら危なかっただろう。
なぜ傭兵側がそれができなかったのか?
それは納期が迫っていたからだ。
判事どもには時間がなかったのだ。
俺が余計な事を言う前に抹殺したかったのだ。
物事はなんでもそうだが、余計な勝利条件をつけた方が負けるのだ。
戦術の幅が狭くなるからな。
騎士学科の連中が「ぜひ私の副官として当家に仕官してください」なんて口説いている。
数ヶ月前まで従騎士を人間とも思ってなかったのにたいした進歩だ。
ククク、俺の狙い通りだ。
一度実戦を経験した連中は貴族が特別なんて考えは捨て去っただろう。
これで庶民と貴族の垣根は一つ消えた。
高位貴族から考えを改めれば人間はもっと先に進める。
あいつらが大人になるころ、10年も経てば効果が現れるはずだ。
俺が死んで百年か二百年したら平民が力を持つ社会が来るだろう。
俺やランスロットの子孫が苦労するだろうが、その代わりに名を残すんじゃないかな?
そこは目をつぶろう。
30人いた兵の半数以上は俺たちの手で再起不能にした。
だが傭兵ってのは倒してからが厄介だ。
いかにカリスマ性のある頭がいても末端の兵士は言わば日雇い派遣みたいなものだ。
組織に忠誠なんてない。
我先にと逃げだし、逃げた先で強盗に精を出すだろう。
俺が転生勇者ならやりっぱなしでもかまわないが、王様としてはこれはまずい。
だからもう一つ別の安全装置をつけていたのだ。
「陛下ああああああああああああ!!!」
訳:婿どのおおおおおおおおおッ! 無事でいて! マイ出世ロードおおおおおおォッ!
猛獣の如き叫び声が響き、土煙が上がった。
ほぼ人類ではないが味方だ。
現在の役職は第三軍司令官代理。
事実上の将軍。フィーナのおかげでもっと偉くなる予定。
俺が死ぬと一番困る人だ。
今回のローズ伯爵の任務は、
全員の安全確保。
逃げた傭兵の確保。
俺の作戦が失敗したときの尻ぬぐい。
最後に俺と一緒にいろんなところに頭を下げてまわる。
である。
まあ傭兵の確保と土下座以外の仕事はなくなったが。
「やっほー!」
俺は手を振る。
馬が馬止めを壊しながら俺に向かって直進してきた。
馬も人も化け物だ。
「殿下アアアアアアアアアアアッ!!!」
訳:よかったあああああああああああ!
「悪いっすね」
俺はダメなバイトのような態度でローズ伯爵に言った。
もうすでに本性はバレているのでありのままの俺だ。
「このローズ心配で心配で!」
ごめんね。
「それで傭兵が逃げたと思うけど」
「そう言えば途中何人か傭兵を撥ねたような……」
やはり世界は理不尽なほど広い。
パパりんは俺が倒すのに武力を用いらなければならなかった傭兵を、敵とすら認識することなく一方的に潰しやがった。
それほどまでにローズ伯爵と俺の実力は離れていると言うことだろう。
俺もさんざん化け物呼ばわりされてるが本当の化け物ってのはこうなのだ。
俺なんて並レベルだ。
傭兵たちは第三軍があとで回収するだろう。
これで今回の作戦は俺の完全勝利だ。
後始末も完璧だ。
あとは電撃戦だ。
スピード勝負なのだ。
「さっそくで悪いけど、ローズ卿。お願いがあるんだけど」
「な、なんですか?」
「うん。議会の招集と工作活動を頼めないかな? もう仕込みはしたから」
ギュンターや父さんでは議会の薄汚い工作活動はできない。
こういうのは優秀で小狡い政治家に任せるべきなのだ。
「ほう……面白そうですな」
「うん。成功したら議会議員のお友達が一気に増えるよ」
俺はへらへら笑う。
「お友達……何を成されようとしておるのですか?」
「うん。バカ判事どもを一掃して社会を少しだけ風通しよくする」
「ほう……どうやって?」
「うん。まず議会を収集するじゃん」
「ほう」
「んで俺の弾劾裁判開いて」
「なんですとおおおおおおおおお!!!」
ローズ伯爵の叫び声が響いた。
◇
こんにちはレオンです。
いまボクちゃん……
王城の自室で監禁されてるの!
ひゃっほー!
俺は一人で踊った。
とうとう弾劾裁判の被告になったぜ!
これは俺のしかけた罠だ。
なあにプランは単純だ。
王位と引き替えに判事どもを一掃する。
そして空いたポストに学園の連中をぶち込む。
システムに逆らうってのはたとえ王でも命がけだ。
王位ですめば御の字だろう。
ところが俺ちゃんはもともとランスロットのスペアだ。
あいつらは俺を退位させるのは至難の業だと思ってるが、俺はそう思ってねえ。
俺が王を辞めれば連中は満足して退くだろう。
世の中を良くしてランスロットの治世がイージーモードになるなら王の座なんて捨ててやる。
差し違え上等だぜ!
ローズ卿には俺が判事どもと差し違えるから、ランスロットの貢献をよろしくと言ってある。
ギュンターにも父さんにもだ。
十中八九、王じゃなくなるからフィーナとは別れることになるだろう。
残念だが手を出さなくて良かった。
最後に残った権力とコネを駆使すれば嫁の先には困らないだろう。
実は俺は五年前に己の命かわいさにフィーナを巻き込んだことを後悔しているのだ。
なんというか……好きなんだろうな。たぶん。
どうでも良い存在じゃなかったからこそ手を出さなかった。
俺はいつかこうなるだろうと思ってたからな。
フィーナの未来も守るのが俺の責任ってやつだ。
今は「城に戻っておいでー」という手紙を母上に書いている。
叔父貴の謹慎もついでに解いてしまおう。
ただし殺人犯なので一生政治の表舞台には出さないがな。
さあって、あとは追放先の選択だ。
海か湖の近くがいいな。
釣りとか趣味レベルの農業とか崖昇りとか……今から楽しみだ。
「ふむ。できた」
手紙は書き終わった。
さあって、これから俺は最後のステージに立つ。
あ、そうか。暇なときは第零軍でバイトしよう。
そうだそうだ。
俺は一人でうんうんと首を振りながら納得した。
そのときだった。
こんこんっとドアがノックされる。
「ほいほい。いますよー」
軟禁されているのでいないはずがない。
俺はテキトーなことを言った。
「陛下すいません。ご面談の方がいらっしゃってます」
「ほいほい」
俺は応接用の椅子に座った。
部屋に入ってきたのはダズ、それに騎士学科の連中だった。
「おいーっす。どうしたのよ?」
俺は手を振った。
湿っぽいのは嫌なのでなるべく軽い態度でだ。
俺の顔を見るなりダズが泣き崩れた。
「陛下あああああああッ! すみませんでした! 我らがふがいないばかりに!」
「いやいや全て計算のうちよ」
むしろ巻き込んだのは俺だ。
無茶させてごめんね。
「大丈夫です。安心してください! この日のためにローズ卿と計画を進めてきました!」
「ほえ? 計画?」
「ええ。陛下こそ我らの王です。必ずお救いします!」
なんかおかしいぞ。
そこは「命に代えてもランスロット様をお守りします」じゃなくて?
「あ、あの無理しなくても……」
「無理なんて言うな! 俺たち友達だろ!」
そう言ってダズが俺をハグする。
なんだこの男臭い空間は?
どうしてこうなった?
なにがあった?
他の連中も何かを決意した顔をしている。
「い、いやね。俺はランスロットのスペアなわけで……」
「大丈夫だ! 俺たちを信じろ!!!」
いや、あの……なにがあった?
俺の知らない間になにがあったの?
ねえ、マジでなにがあったの?
完全に置いてけぼりの俺。
そう、俺の知らないところでとんでもない陰謀が動いていたのだ。
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