第8話 終章  毎日生きてる

 僕らは初めて‘円陣’なんてものを組んでみた。マスターが歴史小説から仕入れた古風な鬨の声を教えてくれ、全員で拳を振り上げ、「ええとう、ええっ!」と声を張り上げた。

 全然揃わなくて、げらげら笑ったままステージに上がった。

 

 わあ・・・僕は奮い立った。がらがらでも仕方ないと思っていた客席の8割方埋まっている。みんな、音楽が好きなんだな、今日の日を待ってたんだな、となんだか胸がくすぐったくなる。

「こんばんは、4LIVEです。2曲やります。彼女が曲を作り、僕が詩をつけました」

 それだけ言って、その瞬間、武藤のスネアを合図に、全員が全力疾走を始める。

 弾きながら、歌いながら、全ての体力と心を2曲に使い果たそうという意思を持って。

 動画を見てくれていたのか、一緒に歌ってくれる観客が大勢いる。

 ああ、本当に嬉しい。

 僕らは今、この瞬間を駆け抜けようと更にスピードを上げる。

 咲も、加藤も、武藤も、僕も、お互いの顔を見合う。時に険しく、時に笑顔で。

 お客さんの顔1人1人が、意外なぐらいにはっきり見える。杉谷も、木田も、柏も、笑って下手くそなダンスを踊っている。米田さんは小さな体で飛び上がるようにして拳を突き上げ、合唱の輪に加わっている。

 そして、新井さんは、軽く体をゆすりながら、満面の笑みでステージの僕らを見てくれている。

 願わくは、さっきの‘小学校の友達’も、咲を見ていてくれますように。


 ‘土曜の午後から’が終わると間髪を入れずに安藤がスネアを叩き、加藤が‘レ・トゥ・トゥ・ダ・ダ’のリフをかき鳴らし始める。

 ‘なんて速く時間が過ぎるんだろう’

 おそらく、4人全員がそう感じていただろう。嬉しくて嬉しくて、より一層疾走感が増す。

 咲と武藤のパートだけの時間も、僕と加藤は早くギターを鳴らしたくてうずうずする。

 ようやく出番が来ると、待ちかねてかき鳴らす。また、止める。

 そんなことを繰り返しながら、曲の終盤、全員で一斉に最高・最大の音を出し始める。

 そして、演奏が熱くなればなるほど、僕の声が澄み切っていくのが自分ではっきりと分かった。


 ああ、終わった。

歌い終わり、しばらく放心状態になる。

 さあ、引っ込むか、と客席に挨拶をしようとしたところ、

‘あと1曲!!’と書いたスケッチブックをスタッフが僕らに見せている。確かに客席は‘もう1曲’みたいな感じで盛り上がっている。

‘え、前座の前座なのにいいんですか?’とスタッフに目で問いかけてみる。

‘いい、いい!’とスタッフは眼をむいて僕に答える。

 ああ、これも必然かな、と、みんなして大慌てで3曲目の準備に入る。

 スタッフと加藤・武藤とで、ステージ袖からスタンドピアノをがらがらと押してきて、マイクやらエフェクターやらと一緒に咲のポジションにセットする。

 咲と僕が歩み寄り、僕はギターを床に下ろす。

 咲はベースを肩から外し、僕に渡す。僕は咲から受け取ったベースを無造作にド・ドッと音合わせする。そして、咲はスタンドピアノの前に座った。

 

「最後の曲。‘いつもひそかに’です」


 無造作で自然な流れでアップテンポのこの曲を始める。ギターは加藤1人。加藤は自分の知る限りの奏法を織り交ぜ、演奏に厚みを持たせる。僕は咲のようなタイトなベース、とはいかないが、自分の心のうねりを乗せるつもりで弾く。武藤は音数の少ないドラミングだが、一打一打に渾身の力を込めて叩く。

 そして、咲は。

 静かなたたずまいながら、地の底から何か菩薩でも湧きあがってくるような低音の鍵盤の一音一音を僕のベースにかぶせ、緻密にセッティングされたエフェクターが、骨身すべてにずしんと響くような効果を倍増させる。

 4人全員の激情をぶちまけるつもりで僕は歌い始める。


    いつもひそかに生きてる

    毎日控え目に生きてる

    肝心かなめの言葉すら

    言えないくらいにひそかに


       いつも生きてる

       いつもひそかに生きてる

       毎日生きてる

       毎日ひそかに生きてる



 最初のパートを歌い終え、咲の、無意識に心を鼓舞する低音ピアノが僕を更に駆り立てる。


    いつも俯いて歩いてる

    背中を丸め足ひきずって

    みんなに顔向けできなくて

    毎日俯いて歩いてる


       いつも生きてる

       いつもひそかに生きてる

       毎日生きてる

       毎日ひそかに生きてる


 間奏に入った途端、咲が超絶技巧のピアノソロを弾き始めた

 ‘なんだ、これは・・・!’

 凄まじい、というものではなかった。

 左手で低音の鍵盤をベースソロのように高速・重圧で走らせながら、右手はどうやったらあんな風に人間の指が動くんだろう、という、物理学に抗うような動きを見せている。

 客席は異様な緊張感の中、咲の一挙手一投足をじっと見つめている。

 咲は、眼をぎゅっと閉じ、全身の筋肉という筋肉に力を漲らせ、額から汗を滴らせてピアノと向き合っている。ピアノが咲の一部なのか、咲がピアノの一部なのか、区別がつかなくなる。

 ソロパートが終わり、加藤のギターリフが始まる。

 その瞬間、咲は‘やり切った!!’というような大きな笑い顔になる。

 ‘はははっ!’という咲の笑い声さえ聞こえそうな爽やかな咲の表情。

 否が応にも僕らのココロが高揚する。

 

 この曲は決してポジティブな曲じゃない。それどころか、‘殴られ側’ということを過剰に意識し続けてきた僕らのこれまでの人生をなぞった自虐のような歌。

 でも、どうしてだろう?

 なんでこの曲を演奏してこんなに嬉しいんだろう?

 どうしてこの歌を歌って、腹の底から笑いがこみ上げるんだろう。

 僕は、最後のパートを会場の隅から隅まで、そして、会場の外へも音が漏れているであろう、鷹井市の全市民に聞こえるように、歌った。


   いつもひそかに生きてる

   毎日必死に生きてる

   地べたを舐め這いずり回れど

   毎日これからも生きてく


        いつも生きてる

        いつもひそかに生きてる

        毎日生きてる

        毎日ひそかに生きてる

        いつも生きてる

        いつもひそかに生きてる

        毎日生きてる

        毎日ひそかに生きてる


 歌い終えると、会場の空に、細い月が上がっていた。



・・・・・翌日、僕は、朝遅くまで眠りこけていた。

 全身が筋肉痛のような心地よい疲労感にくるまれている。

 眼を覚まし、台所に行くと、父親も母親も出かけた後だった。

‘歌うと腹が減るから全部食べろ’

 母親が作ってくれた朝食の上に、父親が書いたメモが乗せられている。

 昨日の咲のスタンドピアノのエフェクターは、僕の父親とマスターとで設定したそうだ。

 結構、やるもんだな、とちょっとだけ感謝してみる。

 

 夕べ、自分達の出番が終わった僕ら4人は観客席をかき分けて新井さん、米田さん、杉谷、木田、柏の場所に合流し、今度は客として存分に楽しんだ。

 新井さんも

「室田くんが送ってくれるなら最後まで観ていいって許してくれた」

と、ブレイキング・レモネードの演奏も観た。多分、これも新井さんのお母さんの策略だろうけれども。

 

「あ、そうだ」

 僕は台所とつながっているリビングのデスクトップPCを立ち上げる。

 昨日、杉谷が‘集合写真’を撮ってくれた。それをブログにアップしてくれているはずなのだ。

「すみませーん、1枚だけ撮らせてくださーい!」

と、杉谷が馬鹿でかい声で全5バンドとスタッフを呼びまわり、関係者50人を客の帰った後のステージ上に集めてくれたのだ。

「行きますよーっ!」

杉谷がスマホで撮ったその写真は深夜の内にアップされていた。ブログタイトルは

‘4LIVE、ブレイキング・レモネードと共演!’

 思わず、ふふっ、と笑ってしまった。

 そして、集合写真は・・・・

 

 全員が思い思いのポーズを取っている写真。

 その隅っこに小さくではあるが、僕たち4人がいた。

 加藤、武藤、僕、そして咲の4人とも、

 僕ら自身が見たこともしたことも無いような満面の笑顔で映っていた。



おしまい


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

4live naka-motoo @naka-motoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ