2ヶ月ほど前に公開した「犯罪者には田中が多い」についてのメモ。ネタバレを含むため未読の方は先に本編をお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892214787/episodes/1177354054892214793













これは僕の小説にしては珍しく、かなりメッセージ性が明瞭である。正直に言えば僕は「メッセージ性の高い物語」なんてものはあまり好きじゃない。単純に説教臭いからだ。世の中にはわざわざ金や時間を使って他人の説教を聞きたいという人はあまりいない。そのへんをどう消臭するかはフィクション業の永遠の課題である。

「犯罪者には田中が多い」は、タイトルのとおり「犯罪者には田中が多い」という偏見が蔓延した架空社会の話である。

いまどき偏見や差別をテーマにしたフィクションは山ほどある。簡単に分類すると、まずは実在の差別をリアルに描くもので、綿密な取材をしてきちんと取り組めば社会的意義が高い作品になる。ただ作者のポジションが出がちだし、どう描いても全員が納得するものにはなり得ない。当事者たちの多様な感情を背負い切るのはいち作家には荷が重い。

フィクションとして書くなら、一歩引いた目線で物事を見るほうがいい。当事者のいない架空社会の差別というアプローチが有効だ。たとえば『鉄腕アトム』は人間とロボットの間の差別が主要なテーマになっているし『BEASTARS』は肉食獣と草食獣が共存する社会の軋轢を描いている。

あるいは現存する差別をあえて逆転させて描くという方法がある。ジェンダーSFと呼ばれるものの多くがこのアプローチである。男子だけが死ぬ伝染病が蔓延した江戸時代を描いた『大奥』(よしながふみ)などがある。

ただこの手法はどうしても「あくまでファンタジー」という目線で見られがちだ。差別問題について一歩引くつもりが、何十歩も引いてしまって問題が見えてこない、ということにもなる。

というわけで、いい感じの距離感で差別を論じるために「実在の属性に対する架空の差別」というアプローチを試みることにした。それが「田中差別」である。

とりあえずの方針として、KKK団やナチスみたいなマジモンの差別主義者が出るとただのアホな笑い話になる(それはそれで好きだが)ので、「クラスでちょっといじめられる」くらいにしてリアリティを出すことにした。「ニコニコ大百科」「5ちゃん」といった実在のサイト名を使ったのもそういう意図による。

実際の被差別者である田中さんを主人公にすると問題に対する冷静さが損なわれそうなので、主人公は斉藤にする。作中に出てくる「田中」は「妻の旧姓」および「気鋭の新人漫画家」という若干距離を置いたポジションに収まってもらおう。という具合でスルスルと内容が決まり、2日間でサクッと書けた。(1万字を2日というのは僕としては相当早い)

結構長いことインターネットをやってるので、書いてる途中で「これはかなり出来がいいな、たぶん公開したら軽くバズるだろう」ということがわかったし実際軽くバズった(3万PVくらい)。ただ感想として「これはあまり自分らしくない」とも思った。社会問題に対する距離が近すぎるのだ。あんな前置きを言っといて何だが、やはり僕には『鉄腕アトム』『BEASTARS』的なレンジをとる方が性に合っている。

作中で「田中差別」は、最終的にきちんと解決する。さすがに田中が実在の属性である以上、差別されっぱなしで終わりにするのは気持ちが悪いと思ってこうした。しかし現実の差別はこうサクッとは行かず、遺恨は残り続けるだろう。

もとは3000字くらいにまとめて「石油玉になりたい」短編集の1話にする予定だったのだが、存外長くなったのでカクヨムコン短編賞に出すことにした。「商業作家がコンテストに出すのかよ空気読めよ」と思われるかもしれないが、普通に考えてプロのほうがアマチュアよりも商業的生存に必死なのでそこは勘弁していただきたい。(なぜかアマチュアの方はこの点をご存知なくて、一度デビューした人は一生安泰かのように錯覚していたりする)