『横浜駅SF』のオーディオブックを作ります、てなことを去年(2019)の秋に編集さんに言われた。オーディオブックとはつまり朗読で、ひとりの声優さんが(地の文も含めて)小説の全編を読むものである。
漫画化やゲーム化と違って既成の小説を読まれるだけなので、原作者の仕事は少ないのだが、文章の読み方確認だけは行われる。「これはどう読むのか」という疑問点リストがスプレッドシートで送られてきて、「こう読んでください」とこちらで指示するわけだ。
たとえば作中に登場する架空企業「JR北日本」は「きたにほん」なのか「きたにっぽん」なのか。「知らねえ〜」と思って YouTube でJR東日本・西日本のCMを見る。どちらも「にほん」と言っているので「きたにほん」にする。
世の中には小説を読む際に「このキャラはCV誰々だな」と声優をアサインする人もいるそうだが、僕はキャラクターのセリフを脳内再生せずに文字そのままで認識するので、漢字で書かれている造語をどう読むのか自分でもわからないのだ。
次。「N700」とか「DF50」とかいう鉄道の型番(作中では武器の名前になっている)をどう読むのかだ。もしかしたら鉄ヲタ界隈では「デコイチ」みたいに特殊な読み方があるのだろうか……と不安になる。しかしそんなネタをオーディオブックに仕込むこともないので普通に読んでもらう。
そういえばITエンジニアは普段音声で会話しないから、使ってる言葉の発音を知らないことが多い。GIF が「ジフ」か「ギフ」かについては長い議論があったりした。私は「nginx」を「ネギ」と呼んだら友人になぜか通じたことがある。
次。本文中で「……?」とだけ書かれているセリフをどう読めばいいか。なんか昔『ヒカルの碁』で「声優さんはこういう記号も読めてしまう」という話を読んだ気がするのだが、とりあえず「えっ?」とか台詞を当てる。
「スイカネット・アドレス XXXX-XXXX-XXXX 営業時間:不定」これはどうしろと。考えてみればスイカネット自体が架空なのだから適当な番号なり文字列なりを振ってもいい気がするのだが、「なんか伏せ字っぽく読んでください」という無茶振りをする。
結構厄介なのがカッコ書きしている部分。
>> 小柄で色白で(これは多くのエキナカ住民に共通していた)
といった文はそのまま読むわけにはいかないので、
>> 多くのエキナカ住民と同様に小柄で色白で、
と読んでもらうことにする。
あと「なんか音声で読んだらピンと来なさそうだな」と思ったものを何点か指摘する。「赤色光源」は音声で「せきしょくこうげん」言われてもよくわからん気がするので、「あかいろのランプ」にしてもらう。
なにぶん3年前に出た本(書いたのは4年前)なので原稿を見ていると「うおーこんなこと書いたっけ」と変な感情をほじくられ、あえて擬音にするならば「アピョー」という気分になった。私はまだ単行本の文庫化を経験していないのだが、文庫化で再度校正をするとなるとこのアピョーを連発することになるのだろうか、と思うのであった。
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そんなかんじのオーディオブックですが本日発売になりました。小説を全編読むという著者ですらやったことない作業を担当していただいた声優の陣谷遥さん、および関係者の皆様には深く御礼申し上げます。