大正電気女学生 〜ハイカラ・メカニック娘〜
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887793494
の創作ノートです。若干ネタバレがあるので注意。






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脳内編集者「女子高生がマニアックなことをする話がいま人気らしいですよ。貴方のような矜持のない金の亡者は流行に阿《おもね》るべきですぜ」
脳内作家「ワシは今どきの高校生なんて書けんぞ。LINE の使い方すら知らんし」
脳編「じゃ百年前の女子高生にしましょう。LINE ないですし」
脳作「なるほど大正時代なら NO LINE だな。無線の時代というわけだ」

というわけで無線技術を使う女学生を書くことにした(※)。現代モノだとどうしても体験のある者が強いが、時代モノであれば調べて書くという点で対等である。大和和紀も「26〜27歳になって、現代の高校生はもう描けないと思った」ので『はいからさんが通る』を描いたという。(新装版1巻収録の対談より)。

※私はこういう「着想のエピソード」を執筆後に考える趣味があるが実際の経緯は全く違う。

さっそく資料をいくつか買う。

『女學生手帖: 大正・昭和 乙女らいふ』
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309750132/

『明治のお嬢様』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301408000581/

■ビジュアル面
現代の女子学生の制服といえばセーラー服であるが、これは関東大震災にともない動きやすい洋装化が進んだ結果であるらしい。それ以前がいわゆる「矢絣の着物・袴・巨大なリボン・自転車」というハイカラ娘なスタイルだったわけだが、これは別に制服ではなく、当時の女学校は「着物に袴」というワクだけが指定されていたのだとか。

千代さんの髪型が「髪を巻いて両耳の後ろに小さくまとめていた」とあるが、これは昭和になってから流行する「ラジオ巻き」を意識している。ラジオの話だからである。要するにダジャレである。しかし長い髪をひらひらさせると作業の邪魔になりそうなのでちょうど良さそう。

■学校制度
現代のシンプルな6・3・3制に比べると戦前の制度はややこしいし不安定でコロコロ変わる。なので多少ウソを書いてもバレないが、本作は一応現実に準拠している。

本作の舞台となる「高等女学校」というのは、12歳〜17歳の女子が通うところで、今でいえば中学・高校に相当する。当時の義務教育は小学校までで、女学校進学率は1割強なので、女学生という時点で結構な優等生であった模様。
(現在、女子の高校進学率は97%、大学は50%)

高等女学校はもともと4年制であったが、大正10年(本作の前年)から5年制も選択可能になった。湯島高等女学校(架空)は帝都でも屈指のエリート校なので、制度変更後すぐに5年制を導入したと思われるが、既に在学中だった千代さんが5年生に上がれるのか、という点が調べてもよくわからなかった。とはいえ、この時代の女学校は花嫁修業としての側面が強く、結婚が決まった生徒は順次中退していくので、そのへんは結構融通が効いたんでないかな、と思っている。

■千代さんのその後
4話で卒業後の千代さんは何をしてるのかというと、おそらく女子高等師範学校の理科あたりに進学している。これはお茶の水女子大の前身でもある。(私は作者であるが、本文に書いてない部分はシュレディンガー的に不確定なのである)。

職業婦人として電話交換手になるパターンも考えたのだが、千代さんは手動の電話交換なんぞ一瞬で飽きて密室で自動交換式のダイヤルフォンを開発しちゃいそうなのでよくない。

湯島高等女学校は東京帝国大学の隣にあるが、では当時の女子は大学進学できたのかというと、大正2年に東北大(東北帝国理科大学)がはじめて女子に門戸を開いて、東大も大正9年から聴講生を受け入れている。その年には32名の女子が入学した。ただ審査は厳しいらしく、語学力皆無の千代さんでは通れるかどうか――
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihondaigakukyouikugakkai/32/0/32_KJ00009739006/_pdf

■「エス」というもの
「エス」というのはこの時代の女学校を扱った本には必ず出てくる、上級生と下級生の関係である。川端康成『乙女の港』のように女学生どうしの三角関係をテーマにした小説が、当時の少女向けの雑誌にいっぱい連載されていた。瀬戸内寂聴は女学生時代にリアルタイムで読んだらしい。

同時代者による「エスは百合ではない」という話が上の資料(女學生手帳)には書かれていたが、実在の概念である「エス」はともかく「百合」のほうは定義が不明瞭なので一概に同一性を否定しづらい気もする。しかしそんな話は本作のテーマとはあまり関係ないのだ。

■ドイツ文学について
ヘルマン・ヘッセ『デミアン』は、エーミール・シンクレールという少年の一人称で書かれた物語で、当初はシンクレールの手記(つまりノンフィクション)の体裁で書かれているので、大正10年の時点で「ヘッセの新作」として日本に持ち込むことが可能なのか……という点が少し微妙だが、この時代の物流や情報の都合がよくわからんので大目に見てほしい。芳子さんの伯父さんがスネ夫のパパばりにすごいのでしょう。

ちなみに翻訳は高橋健二訳『デミアン』(1939)と酒寄進一訳『デーミアン』(2017)がある。私は学生時代に高橋版を読んだのだが、本作を書くにあたって酒寄版も読んでみたら読みやすくてびっくりした。世の中に不朽の名作というのはあるが、翻訳は新しい方がいいと思った。特にこだわりがなければ酒寄版(光文社古典新訳文庫)を勧める。
http://www.kotensinyaku.jp/books/book254.html

■国名表記
ドイツを「独逸」と書いてるけどこの時代は旧字体で「獨逸」なんじゃないか、でもそれ言ったら「女学校」も「女學校」だしめんどいから新字体で統一。



うだうだ書いてると本編より長くなりそうなのでこのへんで。

漫画化狙いでカクヨムコン短編賞に出したので、1万字という上限がついてしまった。文字数の上限に苦労したのは久しぶりである。はしょった部分がいくつかある。例↓

「千代さんはなぜご自分で辞書をお引きにならないのですか」
「わたくし、辞書といったものが使えませんの」
「英語科の授業は、どうしていらっしゃるの」
「知りませんわ」
 と千代は堂々と言った。
 彼女にとってアルファベットとは方程式の文字のことであるらしく、変数のxとyを入れ替えてもいいように、英語のaとbを替えていけない理由がわからないらしかった。