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角速度 (angular velocity) ではなく執筆速度のことである。

小説家デビューして早2ヶ月、無事2冊目が発売された。デビュー作から54日で2作目が出せるのは相当早いほうだと思うが、これは僕が速筆だからでは断じてない。『横浜駅SF』が完成してから出版されるまで1年かかったせいで、その間に『重力アルケミック』が書けてしまったという話である。さすがに1年かけて1冊も書けないのでは色々とまずい。1冊しか書けてないのも色々とまずい。

兼業作家なのだから仕方ない、という向きもあろうが、僕は研究者の仕事をまじめにやっているとは言い難い。どちらが本業なのかを現時点で決めるつもりは無いが、とにかく「あの程度しか研究実績がないくせに、研究に忙しくて小説が書けないとかいうのはおかしい」というのが客観的に明白である。

ところで小説家というのは、仕事の速度が収入に直結するタイプの職業である。会社員が2倍速で仕事しても他の仕事を回されるだけだ。研究者が2倍の論文を書けば業界での立場がだいぶ有利にはなるが、給与が倍にはならない。しかし小説家が2倍の本を書けば、印税が2倍もらえる事になる。したがって速いのは大変うらやましく、ねたましい。

僕は作風に関しては自分にしかないものを持っていると自負しているので他人と比較してうだうだ言うことは無いが、「執筆速度」という数値化できる指標ではどうしても他人と比較してしまうのである。あともちろん「売上」もあるが、こちらは情報公開が少なすぎて何とも言い難い。

速く書く秘訣はないのか。速筆に定評のある西尾維新の作品を読めば何か分かると思い、『少女不十分』を読むことにした。なぜこれを選んだのかといえば単巻で終わるからである。シリーズものを全部読むのはしんどいし、1巻目だけ読んで何かを語るのはファンの方に申し訳ない。帯に「これを書くのに10年かかった」とあるがどうせ何かしらの叙述トリックだろうと思って無視した。小説家がそういうひねくれた事を書くというのを僕は重々承知している。

西尾維新作品をちゃんと(つまり立ち読み程度のものを除いて)読むのは初めてだった。やたらモノローグが長いなと思った。本書は336ページなのだが、たぶん僕が書いたら「出来事」だけ書いて50ページでさっさと終わらせるだろう。しかしこの作品は、内容が内容だけに、このやたら回りくどいモノローグがあった方がしっかり収まっている。そしてこのモノローグには「思ったことをそのまま吐き出した故のリアルさ」と言うべきものが確かにあるし、これは速く書ける(というか、速くないと書けない)ように思う。

つまりこういう事である。速さというのは作風に内在している。SF作家が唐突に学園ラブコメを書くのが無理であるのと同程度に、遅い作家が急に速く書くことも(おそらくその逆も)困難なのである。もし出来たとしてもおそらく内容は大きく違ったものになるであろう。遅い者は「遅いからこそできる作風」みたいなものがある。と信じて自分への慰めとすることにする。

ちなみに僕もこういうエッセイ的な文章はだいぶ速く書ける。となれば自分そっくりの主人公を使った心理描写中心の一人称小説なら結構速く書けるのではないか、と想像するが、そんな気持ち悪い主人公はよほど切羽詰まらない限り使いたくない。