鬼怒川晃《キヌガワヒカル》の要望は受け入れられ、辛見伖《ツラミクラ》が記憶を消されることはなくなった。夢ノ国により忘れさせられる、ということはなくなった。
しかし、辛見伖の記憶には、夢ノ国で起きた事が残っていなかった。
その夜、鬼怒川晃は夢ノ国に至った。
ところが、いつもの場所に槌ノ子乃文《ツチノコノブン》は居なかった。代わりに、新入り従業員・八草辷《ハッソウススム》が居た。
鬼怒川晃は恐る恐る、八草辷に声を掛けた。
「槌ノ子さんって、今どこにいらっしゃいますか?」
「お客さまが仰る「槌ノ子さん」というのは、従業員である『槌ノ子乃文』のことでしょうか」
八草辷は鬼怒川晃を従業員と誤解した。八草辷が文句を垂れる中、鬼怒川晃は別な事を気にしだした。
そこへ槌ノ子乃文が現れ、誤解は解けた。
鬼怒川晃は槌ノ子乃文に辛見伖の記憶について尋ねた。槌ノ子乃文は三つの詳細と一つの要請を伝えた。
詳細三つ。
一、辛見伖の待遇は鬼怒川晃に対する特待の一環であること。辛見伖は特待の対象でないということ。
二、辛見伖の記憶は夢ノ国でのみ維持されること。辛見伖は従来と変わらず、夢ノ国で起きた事を忘れるということ。
三、鬼怒川晃の要望に応えること。鬼怒川晃との会話に関する記憶に、夢ノ国は手を加えないということ。
要請一つ。
一、夢ノ国について話し過ぎないこと。
鬼怒川晃は承諾し、現実へ帰った。
金曜日
鬼怒川晃は三度目の居眠りを経て、夢ノ国に至った。
鬼怒川晃と八草辷は槌ノ子乃文に『姫』のことを尋ねた。
「つまるところ、姫は夢ノ国そのものです」
槌ノ子乃文は姫の活動について説明した。
一、記憶の編集。例えば、夢ノ国のことを忘れさせる活動。
二、夢ノ国の編集。夢ノ国に至った物が活動を続けられるよう、夢ノ国の形を変える活動。
「そして、この二つを合わせた活動は、俗に『夢』と云われておりました」