姫の部屋に八草辷《ハッソウススム》がやって来た。姫は八草辷に尋ねた。
「生活はいかがですか?」
「可もあり不可もあり、ですね」
「夢ノ国の有り様をどう思いましたか?」
「客人が不満を持たないなら、それでいいんじゃね?」
「では、その人間さま方をどう思いましたか?」
「人間?」
「はい。『人間』です」
八草辷は人間をよく知らなかった。それでも、八草辷は答えた。姫は八草辷の答えを聞いた。
表情を陰らす姫に、八草辷は話を急かした。姫は八草辷に改名を提案した。八草辷はそれを拒み、静かに部屋を去った。
部屋の外で、八草辷は鬼怒川晃《キヌガワヒカル》と槌ノ子乃文《ツチノコノブン》に出会った。鬼怒川晃は姫に呼ばれていた。槌ノ子乃文は鬼怒川晃の引率であった。いくらか言葉を交わし、八草辷はそこから去っていった。
槌ノ子乃文に促され、鬼怒川晃は一人、姫の部屋に入った。姫は鬼怒川晃に尋ねた。
「現実はいかがですか?」
「現実は楽しいですよ?」
「人間さま方をどう思っていますか?」
「…特別どうも思いません」
「夢ノ国はどうですか? あるいは、従業員をどう思いましたか?」
「居心地のよい場所だと思います。従業員の皆さんもいい『人』たちですし」
鬼怒川晃は姫に尋ねた。抱えてきた疑問の答えを求めた。姫はそれに答えなかった。
姫は『人間』を夢ノ国に集め始めた。
鬼怒川晃は現実に帰された。ところが、鬼怒川晃に記憶はなかった。