• 現代ファンタジー

『形ある夢が』 概略(第二話『親愛ある友好が』)

 辛見伖《ツラミクラ》という人間は大変素直であった。率直に云って、たいそう変であった。
 一年ほど前
 辛見伖は天性陽気であり、空気が読めなかった。勇敢であり、引き下がることを知らず、図々しかった。辛見伖は元気であり、その元気さを他生徒たちは煩わしく感じ始めた。
 辛見伖は先生の話を熱心に聞いていた。授業も真面目に受けていた。学校における成績は悪くなかった。あり余る興味・関心を以てして、人並みであった。先生たちは辛見伖を意欲・態度の伴わない生徒と捉えた。
 そして、周囲がそう思ったことを自覚するより先に、そう思われたことに辛見伖が感づいてしまった。次第に、辛見伖は独りを選ぶようになった。消極的になった。
 そんなある日、辛見伖は鬼怒川晃《キヌガワヒカル》に出会った。
 鬼怒川晃は一人、教室で本を読んでいた。三日間だけ、辛見伖は鬼怒川晃の下へ通った。鬼怒川晃は全方位に対して拒絶の意を向けていた。しかし、皮肉なことに、その拒絶は辛見伖を無差別的に許容していた。
 三日目。辛見伖は自身の元気さについて話した。鬼怒川晃は自身の人間観について話した。
「人間なんてそんなものですよね。みんな一概に鬱陶しくて、面倒で、どうでもいい」
「わからないです」
 辛見伖は必死に訴えた。ところが、鬼怒川晃は変わらなかった。
 辛見伖はその教室を後にし、二度と帰らなかった。

 木曜日
 鬼怒川晃が登校すると、教室には辛見伖が居た。早朝の教室に遅刻魔が居た。辛見伖は眠っていなかった。
「夢を見たら、ヒーちゃんの話、忘れちゃうかもしれないんでしょ? だったら、眠らないよ。それくらいなら、私にだってできるもん」
 鬼怒川晃は辛見伖の前から去り、自身の席に着いた。
 夢ノ国へ向かった。
 鬼怒川晃は夢ノ国の従業員である槌ノ子乃文《ツチノコノブン》に、辛見伖の記憶を消さないよう頼んだ。槌ノ子乃文は頷かなかった。夢ノ国は形見を失う訳にいかなかった。
 そこへ羽田共輔《ハネダキョウスケ》が現れた。羽田共輔も夢ノ国の従業員であった。
「声を掛けることも躊躇われる雰囲気でしたので、ついつい驚かしてみたくなりまして」
 羽田共輔は『姫』の言葉を鬼怒川晃に伝えた。姫は鬼怒川晃の要望に応えようとしていた。槌ノ子乃文は力なく笑んだ。
 辛見伖は夢ノ国に至った。鬼怒川晃を見て、自身が眠ったことを知り、泣いた。鬼怒川晃は辛見伖をなだめた。事情を説明した。
「だから、目を覚ましたら、私の所へ来て。私、待っているから」
 目を覚まし、辛見伖は鬼怒川晃の下へ飛んだ。辛見伖は鬼怒川晃の話を覚えていられるようになった。

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