はじめに断っておきますね。
驚くほど、長くなりました。
暇潰しにどうぞ。
──────
令和元年7月24日。カクヨムで出会った「ゆうすけさん」が、ある近況ノートを書いていた。
そのタイトルは、「ちょっとお付き合いくださる方募集中」。
その内容はこうだ。ゆうすけさんは学生時代、リレー小説をよく書いていたという。何人もの書き手が集まり、ひとつの小説を作り上げるというアレである。そしてその書きたい欲求が再燃し、現在メンバを募集しているとのこと。その近況ノートの中に、なんと自分の名前があった。
やってみませんか? まさかの名指しでのお誘いである。
ここで退いては男が廃る。と言えば格好いいかもしれないが、その時書こうとしていた、ある小説の構想がまったく進まずにいて、それじゃあ気分転換がてらにと安請け合いしたのが本音である。
ゆうすけさんが提示したリレー小説のタイトルは「2000光年のアフィシオン」に決まった。
──意味? 分かりません。語感だけで選びました。なんとなくSFっぽいかな?
ゆうすけさんはそう書き加えていた。
SF。SFだと? それは一度も書いたことのないジャンルだ。というか、正直言ってあまり読んだことのないジャンルだった。
嫌いだから、とかそんな理由ではない。むしろSFモノの映画とかゲームとか好きな方だ。それでも不思議と純粋なるSF小説、というものは現在も自分の本棚に刺さっていない。そもそも「純粋なSFとはなんぞや、どこまでがSFなんや」という疑問が浮かんでくるくらい、SFに対する知識がなかったのである。
SFとはサイエンス・フィクションの略語であることは知っているけど、その本質はきっと正しく理解できていない。これは「携帯電話で遠くの人と会話が出来る」ということは知っていても、その「理論について」はわからない、という関係性に似ているのかも知れない。
さて、そのSFリレー小説。任されたのはまさかのトップバッターだった。リレー小説は経験がなかったが、知識としてトップバッターの書いた話が物語の方向性を決定付ける、ということは知っていた。
要するに、責任重大ということである。
さて。これは参った。参りまくった。
一度も書いたことのないSF。しかもトップバッター。さらには「アフィシオンってなんやねん」状態。
しかし企画はすでに走り出している。そしてトップバッター。ここで手をこまねいていては、企画の進行自体が危ぶまれる。
まずは早急に「アフィシオン」を定義づけなければならない。どうやらスペイン語らしい。スペイン語なんてリーガ・エスパニョーラくらいしか知らない薄っぺらな自分の脳ミソを恨んでみるも、気の利いた答えてなんて思い浮かばない。
どうしようか、考えあぐねていると。ゆうすけさんが言っていた「語感だけで選んだ」という言葉が思い浮かんだ。
企画主が語感だけで決めたのなら、こっちも語感だけで決めてみようか。まずは「アフィシオン候補」を選定しよう。話はそれからである。
ああでもない、こうでもないとドトールで黙考し、2杯目のアイスコーヒーを注文しに行こうとした時のこと。突然、その天啓を受けた。
「アフィシオン=戦術兵器」、これである。当初、アフィシオンは「人を死に至らしめる化学兵器」だったのだ。
アフィシオンと呼ばれる、人間を眠るように死に至らしめる化学兵器。秘密裏に開発されたその戦術兵器を巡る戦い。血で血を洗う、裏切りと殺戮にまみれたハードボイルドな銃撃戦。
自分が物語を書く前に、いつもしているルーティンがある。それは「シノプシス」を書くことだ。物語の流れをざっくりと示す、それがスマホの中に残っていた。
舞台はそう遠くない近未来。ヒロインは、腐り切った現政権に異を唱え、国家を転覆させんとする組織の一員、その化学者。アフィシオンと呼ばれる大量殺戮戦術兵器を開発した張本人である。
これは脅しだ、使うとしても政府にだけだ。と、彼女は組織上層部にそう言い包められ、民間人には絶対に使わないという条件でアフィシオン開発に着手した。
しかし上層部はその約束を反故にし、現政権へ自分たちの本気度を見せるためだけに、彼女の故郷にプロトタイプのアフィシオンを見舞ったのである。
結果、その故郷は全滅。彼女は組織を見限り逃走。彼女は逃走の際、アフィシオンを無力化することができる無力化剤(アンチアフィシオン)を完成させ、それを保有していた。
そして組織に残存するアフィシオンプロトタイプを、完全に無力化させるために。彼女はたった一人で組織に挑もうとする。
しかし単独では組織に敵うはずもなく、命からがら逃げ出した路上で、PMC(民間軍事会社)に所属する傭兵の主人公と出会う。
金で要人警護などを請け負うプロフェッショナルの主人公は、ヒロインにせがまれてその仕事を請け負った。
組織が保有するアフィシオンプロトタイプを全基無力化するまで、私の命を護ってほしい。その契約を履行するため、主人公は身を投げ打って戦う。国家転覆を企む、巨大な反政府組織と。
主人公が放った一発の弾丸。それが、この戦いの狼煙となる──。
──痺れた。なんだこれ。なんだこれ!
めちゃくちゃ面白そうじゃないか。これぞハードボイルド。ガッチガチの固茹でだ。
ドトールの煙たい喫煙室でタバコを咥えながら、主人公はタバコを吸うハードボイルドなおっさんにしようと決めた。まさに燻銀の主人公である。
そうと決まれば話は早い。喫煙者のくせに長く喫煙室にいられない自分は、禁煙席に戻ってキーボードを取り出した。
お気に入りのスマホのエディタを立ち上げ、いつものようにタイトルを打ちこむ。これも自分のルーティン。
>2000光年のアフィシオン
──いや待て。2000光年、だと?
完璧に失念していた。枕詞のような「2000光年」。このハードボイルドな物語と、一体どうリンクさせるというのか。自分の技量では絶対に無理だ。2000光年と戦術兵器は相性が悪すぎる。
くそう、かなり面白そうな話だったがこの案は却下だ。タイトルが「2000光年のアフィシオン」なのに、肝心の「2000光年」をまるっきり無視することは出来そうにない。
──またしても黙考する。
そしてすっかり氷が融けて薄くなってしまったコーヒーを啜ると、またも天啓が降りてきた。
2000光年先に行き着くことができるのは何だ?
そう、ロケットだ。宇宙船だ。だが付け焼き刃でスペースオペラに挑むのはあまりにも無謀すぎる。だから自分が比較的知っている「戦闘機」にしよう。戦闘機ならば、頑張れば2000光年の距離だって超えていけるんじゃなかろうか。うんきっとそうだ。というか超えてくれ頼む。そう思い立って、書き始めたのがあの「第一話」である。
普通の戦闘機ならSFっぽくないよな。そう思って、アフィシオンは「オペレータと神経接続できる戦闘機」ということにした。これは、忘れることが出来ないある名作ゲームから着想を得た設定である。オマージュ。いや、これはもうリスペクトだ。
某汎用人型決戦兵器を彷彿とさせるかも知れないが、モチーフはあの作品ではない。それは別の機会に話すとして、とにかくその瞬間、「アフィシオン=戦闘機」という、この物語の根幹になる設定が決まったのだった。
戦闘機ということから、登場人物の名前は過去の戦闘機名から取ることとした。
主人公はアホウドリの名を持つ「アルバトロス」から。そのアルバトロスの相棒を務めるのは、同じくドイツの戦闘機「フォッカー」から取った。
2人の名前は、「アルバトロス」では長いので短く「アルバ」となり、間延びした名前はスピード感を削いでしまうことから「フォッカ」となった。
生来の「脇役好きすぎ病」が発作を起こし、フォッカについては「普段ヘラヘラしてるのに、いざとなったらめちゃくちゃ頼りになるヤツ」として描こうとしたが、これはリレー小説である。他の作者さんがアルバやフォッカをどう描くのか興味があった。
そこで2人についてはあえて詳しく書かず、「飛ぶことにしか興味のない凄腕オペレータの主人公」と「臆病だけど優秀な僚機オペレータの脇役」とだけ書くことにしたが、結果これは大正解だった。
後続の凄腕作者陣がアルバを魅力的な主人公に育て上げてくれたし、フォッカに至っては最後に見せ場を作ることが出来た。さらには、「アルバ」が「アルバトロス」であることまで言い当ててくれたことは、まさに作者冥利に尽きる、というヤツである。
そして、鳴り物入りで現れた我らがヒロイン「フラン」。ロシアの戦闘機のコードネームに「フランカー」というものがある。もはや運命的なものを感じたのは必定だった。
後続の皆さんがきっとステキなキャラクタを創り上げてくれる。絶大なる信頼を勝手に寄せたことで、第一話は驚くほど早いスピードで仕上がった。着手から2時間もかからなかった気がする。
第一話で大事にしたのはテンポとスピード感。何かと戦うお話は、この文字の速度がモノを言う。と、下手ながらそう思っている。技術的に正解かどうかはわからないが、文字数を減らしたリズムのある文章が速度を産む。それは長年の読書経験から導き出した自分なりの答えだった。
極力文字を減らして、日本人が心地よく感じるリズム──、5・7・5、とか7・7・5、とか、完璧でないにしろ所々その読みやすく感じるリズムを挟んだ。
普段自分がゆるゆるした話を書いていることもあって、その第一話は好意的に受け入れられたと思う。最高に嬉しい瞬間だった。
小説を書くという行為は、孤独な作業だ。でも今回のリレー小説はいわばチームプレイ。共に目標を掲げて邁進すること。それは本当に楽しい時間だった。
この場を借りて御礼を。
これだけのメンバを集めることができたのは、ひとえに企画主ゆうすけさんの人望です。企画主に感謝を! そして共同執筆していただいた皆さんにも感謝を!
令和初めての夏は、皆さんのお陰で忘れられない夏でした。ありがとうございました。