>アメたぬきさんのリレーです
「うへー」
四月一日。神戸市市長室所属副市長補佐兼お茶汲み係の虻坂(あぶさか)は、係室内の自席で気の抜けた声を発した。
春の穏やかな陽気は、その声をより一層抜けたものにする。普段から抜けている(髪の毛的な意味で)彼であるが、今回の抜けようは半端ない。
その声を聞いた副市長は、虻坂を咎めるように言う。
「虻坂、お前また抜けた声出してんなぁ。やめぇや、それ。抜けてんのは髪の毛だけで充分やねん」
「いや副市長、その言葉そっくり返しますよォ。焼け野原具合じゃオレのダブルスコアですやん。毛根、すでに死す」
「蒼天すでに死す、みたいに言うなや。三国志か。俺は張角か」
「それよりこのネットニュース見ましたァ? 佐賀県が独立宣言したってハナシ。それに呼応するように神奈川県も独立宣言出したらしいんですけどォ、神奈川県筆頭の横浜市はそれに断固拒否ですって」
「はぁ? 独立宣言? ほんまかソレ」
「会見もしてるし、ホンマとちゃいますかねェ」
スマホを見ながら、虻坂はコーヒーを啜った。カップからカラリとした澄んだ音がする。気の早い虻坂は、春なのにもうアイスコーヒーを飲んでいた。
「ネットニュースじゃ、いろいろ情報が錯綜してるようですよ。まぁ、ウチには関係ないハナシですかねェ?」
「市長は知ってるんかいな。ホンマやったら、一応入れとかなあかんやろ」
「エイプリルフールとしちゃあ、プレスも呼んでるし大袈裟ですよね。佐賀県と神奈川県はマジなんとちゃいますか」
「そやけど、横浜市は拒否してるんやろ。県と市が意見分裂しとるとか、なかなか複雑やんけ」
「とりあえずウチの県庁に探り入れときましょか? 同期が兵庫県に出向してるんすよ。アイツなら、なんか知ってんちゃうかと」
「おぉ、とりあえず頼むわ虻坂。俺は一応、市長に一報入れとくわ」
「ガッテン承知ィ!」
ビシ! と敬礼のマネをして、虻坂は早速スマホを抜いて電話を掛ける。数コールで繋がる電話。
「──おうサトウ、オレや、虻坂や」
「アブか。どないしたんや、例の佐賀・神奈川独立宣言の絡みか」
「ハナシ早くて助かるわ、さすが同期の星!」
「おだてんなや、お前に褒められても嬉しないねん。ほんで何が知りたいねん。兵庫県知事なら、独立なんか絶対にせぇへん言うてたぞ。エイプリルフールでも言うてええことと悪いことがある言うて」
「それ、県の公式コメントとして出すん?」
ずずず、とアイスコーヒーを啜りながら問う虻坂。サトウは電話口で逡巡したあと、ゆっくりとした口調で言う。
「なるべく早期に、ってハナシにはなってる。で、神戸市はどないするつもりなんよ」
「そんなもん県に同意するに決まってるやん。ていうか独立なんか絶対無理やん、メリットないやん。神戸市で一番『抜け感』がある言われてるオシャレ番長のオレでもわかることやで」
「アブ、それ褒められてんちゃうで。まぁ、確かにその通りやな。メリットがないわ。兵庫県はとりあえず近隣府県に連絡して、近畿一円は独立なんかせぇへんってことで足並み揃えようとしてるとこや」
至極真っ当な意見である。虻坂は残ったアイスコーヒーを喉に流し込んで、そしてサトウに問うた。
「……それ、大阪も足並み揃えるんか?」
「まぁ、いくらチカラ持ってる大阪でも足並み揃えてくるやろ。大阪にもメリットがない。リーダーが強いから言うて、こんな危ない橋、普通渡らんやろ」
「そらそうやな。了解、ありがとうな。とりあえず副市長にはレク入れとくわ。兵庫県は日本に残るいう方向で、って」
「わかった。こっちも知事には言うとく」
しかし、大胆なことをする。虻坂は、やっぱり春やからかなぁと思いながら、なぜ佐賀・神奈川の両県が独立宣言に至ったかを推察する。しかし、虻坂の残念な頭(両方の意味で)では正解に辿り着くことが出来なかった。
しばらくの間の後。電話越しにサトウが言った。
「しかし、何でこの状況で独立宣言なんかしたんやろな。なんか、別のチカラが動いてんちゃうかと思うわ。それに、両県のほかに独立する言う県が増えたら、シヴィル・ウォー(内戦)になりかねん。それだけが懸念事項やな」
「チビる・もう?」
「シヴィル・ウォーや。内戦や内戦。どんな耳しとんねん」
「しっかし、内戦になったらヤバいやん。兵庫県なんか逃げ場ないやん。近畿一円は独立否定派として、問題は中国地方やな。もし中国地方が独立肯定派やったら、矢面に立たされるやん」
「そうならんことを祈るばかりやな」
サトウの声は切実だった。虻坂はその言葉を受けて、今日の昼メシは何にしようかなと、どうでもいいことを考えていた。
【終】