【葉桜の行方】
眼下に広がるのは無窮とも言える街の煌めき。離陸して充分に高度をとった航空機から、二つの影が舞い踊った。
「──流石、と言うべきか。こちらの飛び出す時期を正確に狙ってくるとは」
先に航空機から飛び出した男は、吐き捨てるように独り言つ。背中を下に、重力に引っ張られる急降下。男の眼前には、先のCAに扮した女が上空から真っ逆さまに墜ちて来ている。振り上げたその右手が一閃し、墨を塗った手裏剣が二枚、渦巻く風音を切り裂いた。
男は手にした妖刀──、つまりは葉桜の柄でそれを受け止めた。目貫に刺さった手裏剣には、明確な殺意が籠っている。女は叫ぶ。
「待て、逃さぬ」
「待てと言われて待つ阿呆がおるか」
「その妖刀の始末は我が郷の責。渡せ、さもなくば命の保証はない」
「もとよりその覚悟。妖刀葉桜に認められぬ俺のような者が抜けば、命を吸い取られる。それを知っての上だ」
「何故だ。そこまで知ってなお、何故葉桜を欲す」
「それはお前の知るところではない」
男は墜ちながら、苦無を上空に投擲した。重力に逆らい、女に向けて飛翔する苦無。しかしそれは、すんでの所で阻まれる。小太刀と呼ぶには短すぎる合口。それが月の光を受けて煌めいていた。
「無駄だ。お前の術は私には効かぬ。その葉桜は災いを呼ぶ。お前には荷が勝ちすぎる」
「言っただろう、知っての上だ」
男は葉桜を鞘から抜き放った。抜き身の刃から漏れ出る、えも言われぬ圧力。それに屈する素振りを見せず、女は速度を増して男に肉薄した。
妖刀葉桜と、女の合口が切り結ぶ。男が突く。女は躱し、合口を横薙ぎにする。左手の苦無で男は受け止め、返す刀を袈裟斬りにする。止めたのは二本目の合口。
身を翻し、男は蹴りを放つ。膝で受け止め、両の手で合口を突く女。
手応えがあった、と思ったのも束の間。女の合口は、ただの布切れを貫いていた。
──空蝉の術。女は瞬時に振り返る。上空から、男が雄叫びと共に葉桜を振り下ろしていた。
男の刃が女を捉える。両断。しかし手応えがない。斬られた女の胴から桜吹雪が舞い出ていた。妖術・桜流し。
再び位置が入れ替わり、両者全く譲らずのまま、地上があと少しのところまで迫っていた。
「葉桜を渡せ。お前には扱えぬ代物だ」
「知った上と何度言わせる。俺の命で贖えれば安いもの、そこまでして屠らねばならぬ敵がいる。首尾良く仕留めれば、その後に葉桜は返す。それまで目を瞑れ」
「──瞑れぬ! お前の心内は知っている! 郷が違うとは言え、我らは同じ闇に忍ぶ者。なぜ我らに助けを乞わぬ!」
「お前たちには関わりのない話。郷の事情は郷の者で始末する。葉桜を借り受けるのは、忍びないが背に腹はかえられぬ。許せ」
男は懐からそれを取り出し、落下しながら目の前で叩き切った。瞬間、轟音と共に光と煙が爆ぜる。目眩しだ。
身を翻し男は、着地する前に地降傘をはためかせた。落下速度を殺し、地面への激突を免れる。しかし、女の手裏剣が男の右手を貫いた。
「ぐっ……!」
「行かせぬ! お前を見殺しになどできるものか! 私は、私は……!」
男の手から、抜き身の葉桜がこぼれ落ちた。吸い込まれるように、音もなく下へと墜ちて行く葉桜。
女も地降傘を開き、緩やかに下降しながら叫んだ。
「私を連れて行け! お前よりは私の方がまだ、葉桜を扱える。敵が何者かは知らぬが、二人で掛かれば勝ち目もあろう。独りでは行かせぬ。私は、二度とお前を失いたくないのだ!」
「……かたじけない」
二人は傘を開いたまま、ゆっくりと近づいた。月夜が作るその影が、やがてひとつになる。
それは後の戦いが始まる狼煙となり。そして。
二人より先に墜ちた妖刀葉桜は。散歩していた無関係の男の、薄い頭頂部に深く突き刺さった。
【終】