長らくのご愛読ありがとうございました。
完結にあたり読み返してみますと、自身の持論がちりばめられ気恥ずかしい思いがするとともに、愛着のわく作品となりました。
さて、本章内容について少し背景を述べさせていただきたす。
まずカノクラシックスというレコード会社ですが、これは二つの異なったレコードレーベルのオマージュです。
一つ目は、アメリカのPro Pianoというクラシックピアノ専門のレーベルで、もともとピアノ調律師が始めたピアノレンタル事業でした。レコード事業を始めるにあたりプロデューサーとして起用されたのが日本人ピアニスト・岡城千歳でした。欧米での評判の割に日本ではあまり知られていない彼女ですが、他のピアニストのプロデュースも手がける一方、セルフプロデュースで多くのCDもリリースしています。特徴的なのは、管弦楽曲などからの編曲や、坂本龍一の作品などあまり他のピアニストが手がけないような作品であることです。音楽の友誌で「トランスクリプトの名手」と紹介されていましたが、ドイツ・ピアノニュース誌のインタビューによれば、商業的戦略による選曲であるとのことでした。でも、ピアニストで作編曲が得意であることは当たり前ではなく、むしろ異才の部類かもしれません。知人にもそのような才能を見せながら、アカデミックな評価を受けられなかった例もいくつかみています。でもそういう人の演奏は聴いていて面白いのです。だから日本でもそういった才能が開花する土壌ができればという願いが本作には込めらています。
そして二つ目のレコード会社は、かなり独自の録音方法で、その詳細をスケッチしたものが本章におけるカノクラシックスの録音方法です。作者自身その録音現場に立ち会いましたが、デジタル媒体にも関わらず、昔気質の職人芸であることに驚きました。そしてその音の、何と自然であること……。飾り気のない、そして嫌味のない、まさにエヒトクラング。iPod的なシャープな音質に慣れた現代っ子には物足りないかもしれませんが、違いのわかる人にはきっとわかる、そんな音でした。そしてそのレーベルのプロデューサーはかなりのレコードコレクターで、別レーベルで自分のコレクションをCD化するという、驚くべき行動に出たのですが、それがネット上では案外評判が良かったりして、それもまたびっくり。カノクラシックスは、そんな風変わりなレーベルのエッセンスを凝縮して描かれたのです。
本作は現実社会を舞台とした現代ドラマで、ファンタジー小説のように魔法などは登場しません。しかし、タグにあるようにちょっぴりスピリチュアルな要素も加えています。その立役者となるのがレゲエおばちゃんことエイミで、彼女の素性に関しては敢えて書かずにおいています。見方によっては現実の存在ではないかも、と思える立ち位置に据えました。イメージとしては映画「マトリックス」に出てくる預言者オラクル、映画「神の小屋より」に出てくる〝神〟のような感じを思い浮かべて執筆しました。はっきりしてほしい読者様には恐縮ですが、彼女がどんな存在であるかはみなさまのご想像にお任せしたいと思います。
あと、最終章にて書き出さなかった設定として、さやかが独立するキッカケとなったエピソードがありました。あらすじをザッと紹介しますと……
銀行から出向していた小早川副社長は堂島エージェンシーの社員たちと馬が合わず、結局銀行へ「返却」されることになった。出戻り後、人事部付けとなった小早川は福岡市内のとある支店に融資課長として配属された。実は堂島エージェンシー出向中、嫌味を言いながらも、さやかのバイタリティーを評価していた。さやかが福岡出身であることを思い出した小早川は、さやかに融資の確約を前提としたスタートアップの話を持ちかけた。さやかは初め気乗りしなかったが、先日の母からの電話で「福岡に戻った方がいい」と言われたことを思い出し、さらに一条寺若菜に話したところ、その父親も強く勧め、支援を申し出てきたので、さやかは決断した……という筋書きでした。
その他、採用しなかった設定、登場しなかった人物など多々ありますが、また後の作品でいかして参りたいと思います。
第六回コンテストはあと一作、短編ミステリーを投稿したいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
追記: 短編章応募三作目の「沈黙の楽隊」は応募締切に間に合わないので、エントリーを取り下げました。連載は完結まで続けますので、よろしくお願いします。