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エヒトクラング第4章を終えて(ネタバレあり)

 第4章までご覧いただいた皆様、本当にありがとうございます。今回はヨセフ・カミンスキが父親の裏切りによって収容所送りになるという、壮絶なエピソードで始められています。いくらなんでも、まさかそんなと思うかもしれませんが、これにはモデルケースが存在します。それはブルガリア出身のピアニスト、アレクシス・ワイセンベルクの少年時代のエピソードです。

 ところで……
 まだCDがなかった頃、LPレコードはとても場所を取るので、小さなレコード屋などでは置かれる商品には限りがありました。ましてやさほど売れるわけでもないクラシック音楽のレコードなど、そうたくさん置けるものではありません。そのような中、僕が子どもの頃住んでいた町のレコード屋では、なぜかワイセンベルクばかりがたくさん揃えてありました。なぜ日本ではそんなに人気があったのか。実は日本のタレント・黒柳徹子と長い間恋人関係にあった……と、最近になって囁かれるようになりましたが、当時は知る人はなかったでしょう。当時日本で人気があった理由は、カラヤンとよく共演していたからではないか、と言われています。

 閑話休題。
 ユダヤ人の血を引くワイセンベルクは第二次世界大戦中、ナチスの支配下にあったブルガリアから母と共にトルコへの逃亡を図ります。ところが、ユダヤ人ではなかった父親の密告によって、ナチスの収容所に収監されてしまいます。当時すでにピアニストとしてのキャリアをスタートしていたワイセンベルクは、アコーディオン演奏で看守たちの気を引いていたそうです。その看守たちのはからいで、収監三ヶ月目に母と共に脱走することが出来たそうです。父親に裏切られるという衝撃的な経験について、ワイセンベルク本人はあまり語りたがらないようで、ウィキペディアをはじめとしてそのことに触れている資料はあまりありません。

 さて、ヨセフ・カミンスキの人物設定をするにあたっては、ワイセンベルクと同世代だと今年で91歳ということになり、現役のピアニストとしてはいささか非現実的なので、もう少し若い世代にする必要がありました。そんなこんなで、逃亡方法を含めて、ワイセンベルクとはかなり違う人物像が出来上がりました。
 収容所の脱走は、1943年10月14日に起こった、ソビボル強制収容所大脱走事件を採用しました。この事件は「脱走戦線 ソビボーからの脱出」「ヒトラーと戦った22日間」など映画化もされています。
 さらに、日本のシンドラーとして知られる、杉原千畝のエピソードも掛け合わせて、カミンスキの設定に加えました。日本に逃亡したユダヤ人たちを援助する人々の様子については、妹尾河童の自伝的小説「少年H」を参考にさせていただきました。
 カミンスキ演奏の会場となった磯原刑務所は、目下構想中の教誨師を題材とした小説の舞台です。こちらも、ああでもないこうでもないと構想を練っているところですが、なかなかまとまらず、発表はもう少し後になりそうです。

 次回はいよいよ最終章で、蔵野江仁の娘であることが明かされた北嶋舞香にスポットを当てていきます……が、本作の連載は一旦お休みし、しばらく短編を発表したいと思います。主人公は本作第4章に登場した調律師・上村寿人で、二人の子供を持つシングルファザーの上村が、保育園のユリカ先生に恋い焦がれつつ育児に奮闘する現代ドラマです。タイトルはずばり「シングルファザー」。こちらも宜しければ、ご一読お願いします。

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