カニバリズムという言葉がある。
日本語に訳すと、「愛死食」と書くらしい。
その人を愛するがゆえに、殺害しその肉体を食べてしまうという一種の愛の形。
・・・という話を書いていると、疲れているのか、病んでいるのかと心配されがちであるが、いたって元気である。
しかし、そんな恐ろしいことが実際に起こるのだろうか。
平和ボケした毎日を送っていた男は、今日も水槽を眺めていた。
男の自宅の水槽の中身はいつも空である。
空とはいえ、ちゃんと水は入っているし、ポンプも動いている。なだらかで流動的な水の雰囲気を好むがために、男は水槽を置いておくことが好きだったのだ。
そのため、職場にも水槽を置いている。
職場の水槽には、ちゃんと生き物を飼っているのだ。
あるとき、知り合いがUFOキャッチャーで2匹のウーパールーパーを手に入れたということで、くれることになった。
ピンクの個体と、黒い個体である。
その見た目の愛らしさと、やはりのほほんとした雰囲気に癒され、再びその空っぽの水槽にのんびりとした時間がながれることになった。
しかし、その水槽を悲劇が襲ったのである。
忍び寄る影。
影は常に自分の真後ろにあって、常に自分を見ている。
いや、真後ろ、というのは語弊がある。常に光り輝く方向とは違うベクトルへ向いて真っ直ぐに伸びているのだ。
その影は次第に闇に落ちていく。
表が輝けば輝くほど、裏は暗がりへ、片隅へと伸びていく。
隅っこに追いやられた影は、ついに闇を手に入れる。
闇を得た影は、その身を悟られることなく相手に忍び寄る。
それは、常に共に過ごしていたがために、否、過ごしすぎていたがためにその擦り寄る狂気に気づくまもなく、その刹那に闇へと誘う。
この場合、闇というのは、その開かれた口の中にある。
その闇が刹那に巨大な空洞へと変化する。
その空洞に一度吸い込まれれば、決して出ることはかなわない。
白く、淡いピンク色をしたその麗らかな肉体を一目捉えると、黒い猛獣はその淡い色を一気に飲み込むのであった。
気が付いたときには、黒いウーパールーパーの口からピンクのウーパールーパーの顔が出ていた。
愛ゆえの犯行か、はたまた空腹によるものなのか。
5cmほどの大きさの生物の腹のうちはなかなか読めないものだ。
なぜなら、彼には数分前に好物のミミズを食べさせたばかりなのだから。
今日も執筆は進まなかった。