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凛と花咲くには~武子の恋~第53話 命の重し ライナーノーツ

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 母親の思い出を馨くん語っています。
 その中で、一番は切られて瀕死の重傷を負ったことでしょうか。
長州藩というところは、かなり前から保守派と改革派で対立、抗争が繰り広げられていました。ここに粛清が加わって、激化し内戦となったのが「元治の内訌」と言われる出来事です。
 保守派は改革派が過激攘夷派でもあったところから、禁門の変などの責任を取るべきで、幕府には従順であるべきと考えていたのです。それに対して、改革派は幕府に従順であったら毛利家の行く先は危ういので、戦の準備も含めて考えていくべきとしていました。幕府恭順と武備恭順とでも言う路線対立があったのです。
 馨くんは高杉晋作とともに武備恭順派の旗頭になっていました。そこで馨くんは、藩論を武備恭順にするため御前会議(殿様の前で行う討論会)でことごとく相手の意見をぶった切ってしまいます。しかも、もしもに備えて相手方の兵を潰す事を考えていると言ったことが、保守派に漏れていました。そのため、保守派が暗殺を仕掛けたということになっていますが、本当はもう少し偶発的だったようです。
 手当をした同士の医師は所郁太郎という人で、適塾で学んでいました。この人は結構すぐに病気でなくなっているので、運命を感じるところです。
 その後も保守派は攘夷・改革派を粛清していきます。その斬首となった人の中に、馨くんの御小姓時代の同僚が含まれています。他にも高杉晋作も挙げられていました。座して死を待つか、挙兵かという選択が突きつけられていたのです。
 親戚監視の座敷牢ですが、「親戚預かり」と言って、もしものときは連座することになっていました。そのため、馨くんの話を聞こうとしてくれません。言いくるめられたら大変だからです。友人の吉富簡一という人が改革派側の兵を集めた時に、うちの大将に馨くんがほしいんですと兄上に相談に行っているのがおかしいです。兄上も強奪してくれるのならいいけどといって、茶番な救出作戦が決行されています。
 どうにか生き延びた馨くんですが、腹を切ってやる〜という回数を数えてみようという話が最近TLに出てまして、数えました。生涯で5回はやっているのではないかと。そのうち3回位は刀を抜いているかも。危機一髪だったのが伊藤博文が言っていた小郡代官所でのことです。明らかな殺害予告もありましたし、計画までされていたけれどという実は、の話もあります。これをすべてすり抜けての一生だったということになります。
#カクヨムコン8

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