こんにちは。
毎日の暑さにうんざりしつつ、夜に外へ出ると涼を感じ、さみしい気持ちになるアンビバレンツな日々。
いかがお過ごしでしょうか。
更新が止まっております『庭師とその妻』。
SNSのMisskey上でSSを書きましたので、ここに掲載いたします。
番外編として掲載することも考えたのですが、執筆中の次章とのギャップが激しいこと、SNSの遊びから生まれたため、一部現代のものを取り込んでいることなどから、近況ノートに掲載いたします。
元は《あなたの創作のモテモテ美男美女はキモオタおじさんに「チェキ撮ってくださいっ」言われたらファンサできるか否か》という問いかけ。
なので、チェキとファンサが出てきます。
時空を超えたオタおじさんが、ユメリアにファンサをお願いした……という設定ですね。
時系列的には、最新話のあたりです。
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タイトル:自作長編『庭師とその妻』(ヴィクトリア朝モデルの世界が舞台のラブロマンス)の登場人物がファンサしてみた件
本文:
「えっと……ひとさし指と親指をくっつけて……こうですか?」
雑踏の中、ユメリアはぎこちなく左右の指で楕円に近い形をつくる。
夕刻、商店や酒場は商品の陳列や仕込みに忙しい。
数分前、ちいさな箱を持った男に声をかけられたユメリアは、お役に立てるならと応じたものの、男が発することばは耳慣れないものばかりで……。
今度は、男はちいさな箱を構え、「ちぇき」を撮ると言う。
「わたしの似姿を撮りたい……?」
ユメリアは、首をかしげる。
「それってお金持ちのひとたちがやっている、肖像画がわりの」
ユメリアはそこで顔色を変えた。
「あっ、うち、お金、お金はありませんから」
銀灰色の髪をふるふると揺らして去ろうとするユメリアを、男が引きとめる。
「お金、いらないんですか? でもすっごく難しいんでしょう? だげれお……なんとかって」
「何してるんです」
その声に、ユメリアは安どの表情を浮かべる。
「ナギさん!」
「ボリスさんところの庭の手入れ、早く終わったんですよ。で、何やってるんです?」
ナギは目の前の男に、友好的とは言えない視線を投げかける。
「このひと、ふぁんさ? をしてほしいんだって」
耳慣れないことばに、ナギは顔をしかめる。
「ふぁんさ……とかわからないけど、妻が困っているので、これで」
「ナギさん、このひときっと困ってるんだよ。助けてあげようよ」
顔をしかめつつも、妻の懇願にナギは足をとめる。
「こうするだけでいいんだって。ひとさし指と親指でこうやってね……」
「それがふぁんさ?」
「たぶん」
ナギは青くさい樹木の香りをまとった左右のひとさし指と親指で楕円を作る。しかし、男は首を振る。
「は? これを半分あんた、半分ユメリアがやるって?」
ナギはユメリアを後ろにかばう。
「でも、なんだかこのひと、困ってたよ……。『ふぁんさ、ふぁんさお願いします』って」
背後の妻が、ナギのシャツをつまんで訴える。ナギはため息をついた。
「じゃあ、俺とユメリアでやればいいでしょう、ふぁんさ。ユメリア、ほら」
うながされたユメリアが左手で、ナギが右手で形を作る。ふたりが作ったその形は楕円のようでいて、上がしっかりと凹んでいる。男はとまどいながらも、ちいさな箱を構えた。
――なんとなく、なんとなーく、違う気がするんだけどな。
ユメリアはそう思いながらも、ナギと指先だけをふれあわせた。勝手知ったるナギの指先だけれど……。
――なんだかドキドキする。
「さ、もういいでしょう。行きましょう。ユメリア」
ナギが男に背を向け、工場での労働を終えた労働者でごった返すリュートックの街を歩きはじめる。
「あなた、知らない人の言うこと、簡単に聞かないでください。あいつ、服装だって変だったでしょう」
ユメリアは、つないだ夫の手にいつもより力がこもっていることを感じる。
「ごめんなさい……」
あやまりつつも、すぐに口の端には笑みが浮かぶ。
「でも、なんだかドキドキしたね、ふぁんさ。指と指がくっついて」
「いまだって手、つないでいるじゃないですか」
「でも、指と指だもの」
「何言ってるんですか」
と言いつつ、目をそらしたナギの頬は、いつもより紅潮している。
「家へ帰ったら、もう一回やろうよ」
「もう。今日はヤコブズキッチン行きますか?」
「フィッシュアンドチップス、ひさしぶり!」
「早く行かないと並びますよ」
ごきげんで酒を煽る労働者の声、牡蠣のオイル漬け屋台の呼びかけ、フィッシュアンドチップスを揚げるにおい、花を売る少女たちの高い声。ざわめきに満ちた雑踏を、ふたりは早足で抜けていく。
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以上でございます。
台風接近の折、皆さまの地域もご無事でありますように。