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詩集・影法師〜 御礼ほか

皆様 お疲れ様です。

私の詩集『影法師を列ねてみては』を読んでいただき、たくさん星もくださり本当にありがとうございます。


詩の自主企画で発表の機会をくださった作者様もありがとうございました。

私としては、カクヨムのマイ・フェイバリット三銃士である朽木桜斎さん、さすがり亜美さん、塩塚不二夫さんにレビューいただいたことがものすごくうれしくてたまらなかったです。早速スクリーンショットを撮りました。家宝にしたいと思います。


ヒトキワ荘の住人選考、感想書きも終わりました。近々アップできるよう、文章の手直し頑張ります。

住人に選びました方にも近況ノートなどに可能であれば、ご連絡いたします。

よろしくお願いいたします。

崇期

4件のコメント

  • 崇期さま。
    「影法師を列ねてみては」 … 最初の詩を読んで、これまでの詩と違う(いえ、崇期さまご自身の言葉の受け売りに過ぎませんが)ことがはっきり体感できました。歌詞風の詩と比べて芸術的です。現代詩という呼び方がふさわしいだろうと思いました。また、逆に、歌詞と純文学の間の意外な親近性にも気づかされました。
    「ピンクの蒲鉾が反照法で問いかけてくる」が何だかナンセンスで素敵でした。真面目なのか不真面目なのかわからなくて可笑しいです。
    「スズランの背が高くなる」も大好きです。最初の「もし時計と信号 どちらかしか 助けることができないとしたら……」が可笑しすぎます。最後の方の「小学生のヒヤリハット 集めて涼し 不燃物」は多少緩んでいるような … 。でも、その後のラスト二行がピタリ着地の決った感じでした。
    シュールレアリスムには、精神分析の自由連想法のように、思考の束縛を解放することで、それまで作者の意識によって導かれていた表現活動を、作者自身も気づいていない無意識の領域にまで広げようとする特徴がありますね?その結果、思いもかけないイメージの飛躍や意表をつく言葉の可能性が開拓されてきました。ぼくも、作品の面白さの半分は書かれた言葉そのものの面白さにあると思いますので言葉遊びが大好きです。ただ、これは単に好みの問題ですので、良し悪しを論じたいとは思わないのですが、ぼくは、詩は線描画のように最小の言葉で最大の背後世界を描くようであって欲しいと思いますし、自分の書いた言葉が何を伝えたがっているのかが自分でわかっていないと(必ずしもはっきり言語で説明できるものである必要はないとしても)納得できません。ぼくがライト・ポエムと同じくらい多くの現代詩が苦手な理由の一つはそれですが、それにもかかわらず、意味が通らないのに面白い詩に出会うたびに、戸惑わされてしまいます。
  • 友未さん、ありがとうございます。

    シュールレアリスムのご説明の部分は、本当にそうだと思います。まさに、そう。なにかポッと頭に浮かんで、それが心から離れなくなる。そして現実の世界にも侵食してきて、なにかが崩れ世界が広がっていくような感覚。

    友未さんがおっしゃるような、背後世界が広がっていく感じは、文学作品だけでなく、すべての作品に必要なものだと思います。それが感じられないものはきっと愛されないでしょうね。

    私も自分の詩を「ふざけておるわ」とずっと思っています。でも、私が思う、友未さんをはじめとする、すばらしい作品を編み出されている方と同じように私が書けるわけもない……。これは別に謙遜しているわけでも諦めているわけでもありません。

    おでんのピンクの蒲鉾も全然好きじゃありません(笑)。でも、私は私の詩で、私の頭に扱える自分専用の言葉で、好きなものを愛でてもいいのではないかと。それに芸術性がなさそうでも──私は蝶の幼虫とか大好きなんですけど──そういう珍趣味を気味悪がられても、そういう人間の姿をありのまま、少しは見せられる格好に直して、テーブルに置いてみれば、かわいいマスコットみたいに慰められる心もあるんじゃないかと、今は信じて書いております。

    マスコットはきっと、芸術品ではないですよね。私の詩もきっとそうです。日常の品物です。でも、手元に置いておきたい物があるんですよね。執着でしょうか……。

    もし戸惑わせてしまっていたらすみません。意図してはおりません。とても真面目に遊んでいます。「誰にも理解されないと思う」というご紹介文で書いていらっしゃる作者様もおられますが、私はできれば、誰かにおもしろがってもらいたいです。

    まだまだ無作法ですが、これから頑張りたいです。
    本当にありがとうございます。また何かお気づきの点がありましたら、ぜひお聞かせください。よろしくお願いいたします。
  • 崇期さま。
    クラシック音楽にも「家具の音楽」というのがあります。
    フランスの六人組とか呼ばれる人たちで、ワーグナーやマーラーのような仰々しい大芸術ではなく、家具のようにただそこにあるだけの音楽です。
    でも、楽しいです。
    ですが「影法師を列ねてみては」は別に家具の詩とも思いませんでした。
    立派に「現代詩」で通ると思います。
  • 家具の詩、というものがあったら、なんともかわいいですね。
    作ってみたいですね。

    ありがとうございます。
    普段の私がそういう気の抜けたというか、遊び心満載のものが大好きなので。ただ自分で作ると、コントロールができなくなってしまうことがあります。

    友未さんの考察は大変頼りになります。
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