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お次はフランス語


 大学を卒業してから、英語の勉強というのか、小説を読み、日記のような下手な文章を書き、リスニングなどなど、好きなものと掛け合わせて自然と続けているうちに、だんだんとクリアに理解できるようになりました。実を言うと高校のころから、本格的に勉強をスタートさせていたのですが、成績はとても低く、進路指導の先生にも、なぜ伸びないのか?と質問させるほどの劣等生でした。(単に好きなものしか読んだり聞いたりしてなくて、量が不足していただけ)英語の得意な人はS、Vをさっと見つけて、主語はどれで目的語はこれ!と探すのが最初から大得意な人だと思います。私は全体のニュアンスとイメージは捉えるのが得意なのですが、とにかく頭だけで認識するのがめちゃくちゃ苦手で、グラマーのテキストの中身の理解がおぼつかなく、それがいちばんの出来ない要因だったように思います。
 大学に入って、幸運にも個人教授で翻訳を教えてもらう機会を得たのですが、当然先生は、エリート教育の基本としてSV探しをベースに教えられたので(正しい教授法です)私には拷問の時間でしかなく、しだいにお茶飲み話に終始するように。(U先生、その節はすみませんでした)そのときに印象的だったのが、「自分にはぼんやりとした言い方をしているものは非常にわかりづらい。でもおまえにはわかるんだなあ」とおっしゃったことでした。や、ほかに得意なところがないのでと、そのときはありがたくお世辞として受け取ったのですが、いまとなってはこの得意な部分が、枝葉を伸ばして、言語を理解するのに、大きな助けになってきました。
 正直に言って、この分野でプロフェッショナルになるには、さっと理解できてしまわないことにはどうしようもないのですが、(絵でも文章でもそうだと思います。)劣等生の幸福として、いつまでも伸びていく感じというのは、そしてそれが楽しいというのは、なかなか他では得られないかな、と思います。本当に得意なことだと、ついついプレッシャーの深みに自らはまっていきやすいので。(あんまりよくないうえに無しか生まない)
 というわけで、つぎはフランス語に目が向いてきました。両輪があれば、もっと楽しくなると思います。

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