※日々の疲れをいやすにはさらなる疲れに浸かるのがよろしいと、疲れに憑かれたあなたが言う。
211:【きんも】
きもい、きもい、ほんとムリ、やだ、きもちわるい。自己陶酔の鑑だね、底なしのナルシストだね、ヒロイズムに浸りすぎ、現実見なさすぎ、「ぼくはふつうのどこにもでいるにんげんです」ってだけの宣言にどんだけビカビカ装飾施したら気が済むんだろうね、美化美化したら気が済むんだろうね、ほんとやだ、ムリ、きもい。あ、あなたのことじゃないよ。いくひし、あなたのことは好き。すきー。だいすき。でもあいつはきらい。ほんとムリ。
212:【きれいきれいしましょ】
きれいなものに囲われて、きれいなままで、きれいな人生をとおして、きれいな最期を迎える。きれいな世界にいられたままならどれだけしあわせだろう。それがつまり、虚構に生きるということなのだ。汚いものは見たくないし、触れたくないし、その存在を許したくもない。しかしそう思う心根はけっしてきれいなものではない。同時に、片づけなければ部屋はいつの間にか散らかってしまうのと同様に、汚いものへの拒絶の意は、きれいな世界を望むならば手放してはならないものでもある。きれいなままできれいな世界を生きることはできない。きれいな世界を、きれいなままでは生きられない。それはちょうど、何も食べないでは生きていられないように、いつだってこの身の腹の中にはクソが詰まっているのと同じように。でもいくひしはそれでもきれいなままで、きれいなものに囲まれて、つつまれて、ふわふわ夢心地で生きていたい。それはもう、汚いものを見ても、汚いと思わないようにするほかに術はないように思う。頭の中にお花畑を築きあげ、そして意図して、強いて、盲目になるほかに、きれいなままで、きれいな世界を生きることは適わない。それはもう、とんでもなくきたない話である。そう、きれいでいつづけることは、きたない。
213:【巨大化することの弊害】
組織を巨大化させることで却って近代化の歯止めをかけることがある。たとえばテーマパークは、その大規模な設備を成立させるために多くの作業員を必要とする。それら作業員の生活基盤を確保するために、仕事場の近くに寮や、それに伴う生活全般を支える施設がまた別個に必要となってくる。むろんそれらをその組織が直接に運営する必要はない。ほかの組織と提携を結び、相互に依存する関係を築き上げればいい。その結びつきは組織が巨大化するにしたがいより強固なものとなっていく。それをここでは組織回路と呼ぶ。しかし近代化がすすみ、テーマパークの運営にさほどの作業員を必要としなくなったとき、巨大化した組織はその強大さがゆえに、手に余った作業員たちを手放すことができない。なぜならその多くの作業員たちは、組織回路を正常に機能させるために必要な素子であり、または電子そのものであるからだ。役目を終えた手駒であるにも拘わらず、組織は、それでも組織回路を機能させるためにそれら大量の手駒を手元に残さざるを得なくなる。しかし役目を果たさない手駒はもはや手駒ではない。ならば手駒を手駒のままにしておくほかなく、従来の旧システムでの運営を余儀なくされる。これを組織ではなく国に置き換えても成立する。近代化の遅延はこうしてたびたび繰り返されてきた背景がある。ひるがえっては、近代化が急速にすすむとき、それは巨大な組織による革新ではなく、比較的身軽な、生まれて間もない組織、新鋭によるところが大きい――ように思えてはこないかい?
214:【齟齬】
けっこんしたい。そりゃあね。けっこんしたいですともさ。でもね。べつに結婚そのものをしたいわけじゃない。結婚そのものに魅力はないよ、皆無さ。むしろ針のむしろで、眼球にマチバリ千本の刑とどっこいどっこい同等だ。だから正確には結婚をしたいのではなく、結婚をしてもよいと思える相手と出会いたい、可能であれば相思相愛で、となる。しかし思えば、いくひしの出会ってきた人々はみな、「結婚」をしたがっていたように思う。結婚いちばん、お金が二番、相手はだいたい四か五番目、くらいだったように思う。そのため、いくひしが「けっこん? そりゃしたいでしょーがよ」と言うと決まって彼ら彼女たちは、「へぇ、なんで?」とか「いがーい」とか「そん前にあんたは好きな人でしょ、そもそも友達いないじゃん」なんてたいへん失礼なことを言ってくれるのである。正論一割、誤解が七割、あとの二割はポンポコリン。いくひしはね、愛がほしいのさ。この世にたったひとつの揺るぎない愛を。そんなのは愛とは呼ばないよ、なんて鋭い野次のひとつやふたつが飛んできそうなきらいがあるけれども、そこはさすがに譲れない、これが愛じゃないならこの世に愛はないんだよ、替えのきく愛なんていくひし、愛とは呼ばないよ。
215:【相互】
うるせーよ、恋に恋した乙女じゃねえんだ、おめぇのは単なる愛を愛したバカじゃねぇか。一生変わらぬ愛だなんてのは一生何も思わないってのと同じだよ。執着ですらねぇ、拘泥ですらない。何も思わないから変わらずにいられる。おめぇのほしいのはそんな空虚なもんなのかよ、くっだらねぇ。
216:【モード】
あら~ん、イヤだわ~、うるせーだなんてあなた野蛮ね。とってもYA☆BA☆N☆ いいじゃないのよちょっとくらい空虚だって、ちょっとくらい空虚なほうがいろいろとはかどるのよ、そうよ、いろいろとはかどっちゃうのよ~、いったいどこの墓掘るの、むしろどこの穴掘るのって言いたそうな顔してんじゃないわよまったく。あら~ん。その顔は、やだあなた、知らないのねかわいそうなコ。だってねぇ、ほら考えてもみてごらんなさいよ。空虚な想いはせつないんだから。せつなくってキューってなっちゃうきもちはとっておきの魔法のオクスリなのよ、とってもきもちよぉ~くなれちゃうの。そうよ、そうなのよぉ。いや~ん、思いだしてきちゃったわぁ、ほら思いだしてきちゃったじゃないの~ん、あなたと☆あたしの☆ドッキング☆ いや~んおまたキュンキュンしちゃう、だってせつないんだもん、ウフフ☆ いい? 愛は恋と変の子供なのよ。それだけは憶えておいて。お兄さんとの約束よ。あらやだ素直。イイコじゃないの、キスしてあげちゃう。むちゅ~。舌からませて口のなかべ~ろべろしてあげちゃう。やぁん、どこいくの逃げちゃダメよ、めっ。
217:【ノード】
なにをやってるんだおれは……。このじぶんを案じる気持ちこそ、愛の根幹をなす因子である。それを胞子と言い換えてもいい。そう、なにやってんだおれ……。
218:【ポリティカルコネクトレス】
という言葉があるらしい。しょうじきよくわからないが、それが色々と議論を巻き起こしているようだ。きっかけは2016年11月にあったアメリカ大統領選挙の結果だ。詳しい話は割合しよう。ポリティカルコネクトレスに関する是非を問う騒動は、しかし、そんなに心配しないでもすぐに沈静化するのではないか。以前にステマがインターネット上のごく小さな規模で俎上に載った時期があった。しかしステマ、いわゆるステルスマーケティングという実態がある程度の共通認識を可能とするまでに可視化された段階で、あとはその共通認識がステマへの対処を、その扱い方を、集団へと学ばせた。俗にいう、「はいはいステマステマ」というやつだ。今回の騒ぎも、「はいはいヘイトヘイト」で済まされるようになるのも時間の問題だ(はいはい、で済まされるようになることが新たな問題の一つだと言えなくもない)。一時的な現象に一喜一憂している場合ではないよ、とそれっぽいことを述べておこう。
余談:【REDBULLよりMONSTER派】
2016年11月11日現在、某格闘家が躍っているCMにピンときた方がいらっしゃったら――ひとまずs**t kingz、それからNEGUINとISSEIだけはチェックしといて損はないですよ。チェックしなくとも支障はないですけども。
219:【内容のない夜】
きょうはこのコと、おてて繋いであるくし、まるくし、投げ捨てた幾度目かのラブレタ、書き直して破れた――夢みるよりも、あぶれた孤独なあのコの爪を切る、ふちにあてがい、からだよせあい、無粋な夢語るのはよせやいとうずめるゆびのぬくさに身を焦がし、君のとなり、影を縫いつけ置き去りにし、過去をおざなりにし、おさらばしたあとであのコのおさがりを着、たそがれどき、果てなき恋、思いだしながら、手と手取りあい、怒鳴りあうひとと肩並べ奪う愛、は底なし、のどん底をひとりテトテト這いずる小鳥はニャンと鳴き、小声で、肩震わせながら、こよいもお気にの譜面そらで歌うし、そらに浮かぶうだるような陽、土鍋を無駄に空焚きし、熱伝うし、期待し振る賽の、微に入り細を、穿つよりも差異を、ギリギリで振りかざす才の、繰りかえさぬ解とそのおかわりをたんとおあがりよキミ、影失くして鍵探し彷徨うのはもうやめよ。ねえどこにもないよ、ちゃんとみてよ。
220:【一人交換日記】
WEB漫画です。作者は永田カビさんです。既刊の「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」で現代の文芸が本来担うはずだった役割を代わりにこなしてくれた、たいへん優れた表現者です。そんな作者のWEB連載漫画。一人交換日記。とにかく五話が。五話目が抉りにきすぎている。あれはちょっとした史料として時代の変遷の節目を象徴するテーマとしてこれからさき、永らく語り継がれていくでしょう。おそらくいま三十代後半に差しかかっている世代はモロに喰らうのではないでしょうか(作者は2016年現在で29歳らしいのですが)。ある特定の人種のみを殺す、あれは猛毒です。ほかの大多数の人々には何ら作用を働かせないでしょう。ひるがえっては、殺された者は、自身がその特定の人種であったことを、心を抉られたあとで知るのです。あなたは無事でいられましたか?