火炙り小話「帰郷を拒む」

時系列:40話より後

「あ〜ぁ、これで男所帯に逆戻りか。むさくなるねぇ」

 ガルとホナミが去ったあとの食卓で、ハロルドさんが呟いた。明らかに残念そうな声音だが、多分に冗談を含んでいることは察せられる。なんといっても長い付き合いだ。

「そうは思わないかいバッツ君」
「俺は別に今の生活に不満無いんで……というか、ハロルドさんは奔放にやってるでしょうが」

 俺に話題を振ってきたハロルドさんを受け流す。ハロルドさんもハロルドさんで、俺の差し向けた少しの棘を、はっはと笑って受け流してきた。

 食事が終わり、片付けをしていた時のことだった。ギュスターヴさんは自室に戻り、ハロルドさんは考え事をするように、付け合わせの香草を手慰みに弄っていた。
 ハロルドさんが何を考えているのか気になって、皿を洗う手はそのままに聞く。

「ハロルドさん、あいつらのことは随分気に入ったようですね」
「揶揄い甲斐がありそうだとは思うね」

 ハロルドさんは、俺の背中に答えた。香草に爪が食い込んだのか、良い香りがふわりと漂ってくる。

「正直僕は、あの二人は従属契約を解除出来るとは思っていないよ」

 皿を洗う手が止まる。悪意を持って発した訳ではなさそうだったが、解除を望む二人にとっては酷な言葉だと思った。俺自身も、難しいことだというのは分かっているし、解除できなくても、二人なりに生きていけば良いと思ってはいるが……。

「あの平和ボケしたホナミに、フランの気持ちが察せられるとは思えないしね」

 くるくる、ハロルドさんは手の中で香草を弄ぶ。その言葉が、妹弟子を思ってのものかどうかは分からなかった。
 この人は、デリカシーが無くて人の内面に土足でずかずか入るような真似をするかと思えば、どこか他人を遠巻きに見ているような節もあって分からない。

「ま、お人好し平和ボケ娘だからこそ、奇跡を起こすかもしれないと期待しているけどね」

 にこ、と笑って、ハロルドさんは香草をゴミ箱に放り込む。勿体無いと思うとともに、いじくり回されてボロボロになった香草に憐憫も抱いた。この人に深入りすべきでないと、本能で察する。いや、もう手遅れなのかもしれないが……。

「バッツ君も、たまには故郷に帰ってきたらどうだい」

 部屋を出ようとしたハロルドさんが、突然立ち止まって言った。扉に隠れて顔は半分見えなかったが、そのヘーゼルの瞳が自分を真っ直ぐに捉えていることに、背筋が粟立つ。

「い、や……俺は……」
「気乗りしないなら無理にとは言わないけどね。たまには休暇も必要だと言いたかっただけさ!」

 俺が言い淀んだのを察したのか、ぱっと笑顔になったハロルドさんは、はははと笑いながら部屋を出て行った。

 苦手だな、あの人のああいうところ……。

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