火炙り小話「ハロウィン?」

「お菓子をくれないといたずらをします」
「……?」

 目の前のガルさんが首を傾げる。無理もない。急な思い付きで言ってみただけなのだから。

「菓子?」
「えっと、ハロウィンっていうのがあって。私の故郷の……お祭りみたいなもの? ですかね……仮装をして、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ〜! って言って近所を訪ねたりするんです。丁度このくらいの時期かなって」
「へぇ。……しかし、今は菓子は持って無いな……」

 予め教えておいてくれれば用意したんだが、と言うガルさんに、いやいや思い付きなので、さっきカボチャを見かけて思い出しただけの戯言です、と返す。

「この世界には、何かそれに近いような催しってあるんでしょうか?」
「う〜ん、何だろうな……。この時期なら、俺の故郷では慰霊祭だな」
「慰霊祭?」
「村の広場で大火を焚いて、もう使わなくなった毛皮とかの動物由来のものや、狩りに使った道具だとかを焚べるんだよ」
「おぉ……」

 ハロウィンとは趣が異なるが、どうやらガルさんの村にとって大切な催しであることは分かる。興味深く頷きながら聞いていると、ガルさんは故郷を思い出すように少し遠くを見ながら話してくれた。

「獲物の命や、日々の糧に感謝しながら、大火の周りで音楽を奏でて、踊ったりする」
「ガルさんも踊りを?」
「ガキの頃だけな」

 火の周りで踊る、小さなガルさんを想像する。可愛らしい。

「まぁ、元々の祭りの意味なんて廃れてきて、今や爺ちゃん婆ちゃん世代しか意識してないだろうな。俺達の世代やもっと下は、要らないモンの処分祭みたいな感覚だよ」

 私にとっても、ハロウィンはもはやコスプレパーティーのような感覚だ。どこもそういうものなのだなぁと、少しだけ親近感を覚える。

「あぁ、慰霊祭でペアで踊ってる奴らは大体番か、それに近いな。ある程度の歳になると、踊りに誘って受けてもらえるか……なんてのが一大イベントになる」

 つがい、という言葉は聞き慣れないが、文化祭の後夜祭のフォークダンスのようなものだろうか? 好きな人を誘って、一緒に踊る。若者にとってはロマンチックな一大イベントだ。
 私は、大きな炎に照らされながら踊るガルさんを想像した。薄暗がりの中、白銀の毛並みが橙色に煌めき、瞳のトパーズに大火が揺らめくさまは、さぞかし美しいだろう。

「見てみたいです、ガルさんの踊り」

 そう言うと、ガルさんが一瞬だけ固まった。その後、私から目を逸らし、少しだけ小さくなった声で言う。

「……一緒に踊るか?」

 その言葉に、咄嗟に「私なんかには無理ですよ」と言い返そうとして、思いとどまった。
 私はこの国の世界の踊りなぞ知らないし、大体元の世界でも踊りなんて得意ではなくて、創作ダンスなんてやらされた日には目も当てられない動きしか出来ないような人間だ。
 けれど、トパーズに揺らめく炎を一番近くで見てみたいと……願わくば、その瞳に私も映りこんでしまえたら良いのに、と思ってしまったのだから、こう返すしか無い。

「はい、ぜひ」

 ガルさんはその言葉に耳をぴくりと震わせて、ふわ、ふわ、と尻尾を揺らしていた。

「話を戻すぞ」

 今度はガルさんがこちらをじっと見つめてくる。戻す、とは、何か会話が途中になってしまっていた記憶はないけれど……。

「俺は今、菓子を持っていない」
「? はい」
「で、ホナミはどんないたずらをしてくれるんだ?」

 にやり、と不敵な笑みを浮かべたガルさんは、挑戦的な瞳で私を見る。明らかに面白がっていた。

「えっ……えぇ⁉︎ いたずら……?」

 いたずら。いたずらって何だ⁉︎ 思い返せば私、ハロウィンに悪戯をしたことなんて無かったのではなかろうか。
 急にいたずらをしろと言われてみると、思いつかないものだ。ここは王道のアレしかない……。

「目を閉じてください!」
「目⁉︎」

 お、おう……と言いながら素直に目を閉じたガルさんの背後に回り込む。ガルさんが不安そうに「ホナミ……?」と呟いた。
 そして。とんとん、と、二回ほどガルさんの肩を叩く。
 ん? と振り返ったガルさんの頬に、私の指が刺さった。これぞ悪戯の王道、肩を叩かれて振り返ったら指が頬に刺さるやつ。正式な名称は分からない。あるかどうかすら知らない。

「……ぶっ」

 堪らず噴き出したという様子のガルさんは、私の稚拙な悪戯が大層お気に召したようで、心底楽しそうに笑っていた。

「良い行事だ、はろうぃん」

 来年もやろう、と言うガルさんに、来年はもっと気の利いた悪戯を考えておかねばと決意をした。
 ……ん? 来年?

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