• 詩・童話・その他

好きだった人の話

最寄り駅から駐輪場までの道
後ろに歩いている人が、
聞き覚えのあるような特徴的な歩き方をしていた
元々武道の癖ですり足気味なのに
バックのせいで歩く時重心がズレて
右足だけが大きく鳴る足音
通り道にある安いアパートを宣伝してる
不動産屋のガラス越しに後ろを見た

ガタイのいい身体と少しだけ濃い眉
元々背は高かったけど
3年前のあの頃より随分とまた背が伸びていた

声をかけようと思ったけれど
あの頃の私と今の私は随分変わっていて
それがなんだか恥ずかしかったのと
何を話していいか分からなかったので
ただ淡い空を見ながら
懐かしい彼の足音に耳を傾けていた

彼とは家の方向が全然違うと思ってたけど
どうやら途中までは一緒だったようで
彼は付かづ離れず
遅いであろう私の自転車の後ろを付いてきた
どこにでもいる女子高生と男子高校生
きっと傍目には特になんでもない事柄かもしれないけれど
私にとっては何よりも優しい時間で

橋と脇道の分かれ道
私は橋を渡り、彼は脇道に逸れていった
橋の上から彼の方を見ると
彼もまた私の方を見ていて
お互い気まずさと恥ずかしさを誤魔化すように顔を逸らした
(彼がそうだったのかは分からないけれど)

次に見かけるのはいつだろうか
明日かもしれないし一ヶ月、一年後
はたまたもう二度と会えないかもしれない
そんなことを考えると、
声をかけてみるべきだったのかなと思うけど
好きだった人の思い出の最後が、
こんな淡いもので終わるのも
なんだか素敵なのかもしれない

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する