おはようございます。
月瀬澪です。
夜通し、屋根を叩きつける霰の音が響き渡っていました。
まるで冬の訪れを告げるドラムが鳴り響いているようでした。
気象庁の定義では、雹や霰は初雪とはならないようです。ただ気温はとても低く、朝の6時で4℃でした。冬の足音ももうすぐ耳元で聞こえるようになりそうです。
最近、読書をしたり、映画やドラマを観たり、音楽を聴いていたりしていると、
「こういう表現好きだなー。メモメモ。勉強になるなー」
「そうか。誰かの感動を揺さぶるには、こういう話のもっていき方がいいのか」
「この比喩表現、どうやったら頭に浮かぶのだろう……」
などなど、正しいエンターテイメントの楽しみ方をしていない気がします。
なんだかいつでも、「心に響く文章って、なんだろな」と模索しているのです。
……それは果たして、いいことなのか、わるいことなのか。
わたしが好きな作家の一人にさくらももこさんがいます。
学生の頃、『ひとりずもう』というエッセイを読んで衝撃を受けて、人生に対する考え方が変わったことを時々思い出すようにしています。
この『熱量』がわたしの行動を支える土台になっていて、創作を続ける基礎となっています。
熱量。
これって、創作を続ける方にとっては、非常に重要ですよね。
常に新しい情報をキャッチできるように、自分の興味がない分野でもアンテナを張って、脳をアップデートしていかないと、成長が止まってしまいます。
社会人になると、「会社と家の往復だけの、単調な毎日だ」って嘆く人に少なからず出会いますが、どんなに仕事が忙しくても、わたしはそう思っていないです。思いたくない、と言った方が正しいでしょうか。
「日々の変化に気づいていないだけなんだなぁ」と。
同じ道でも、肌を撫でるそよ風と太陽の日差しが少しだけ冷たく感じたり、夜を切り取るような街灯と灰色の空のコントラストに足を止めたり、いつもお祖母ちゃんと手をつなぎながら笑顔で手を振る園児の服装が変わったり、――いろいろなところに視線を変えるだけで、心が潤います。
忙しいと書いて、心を亡くす。
心を亡くしては、せっかく内に秘めた熱量も、空きっぱなしの窓からどこかに逃げてしまいます。
なのでわたしは、日々の小さな変化も見逃さぬように心をしっかりと指先で握りしめて、心に響く文章をこれからも書き続けていきたいと思っています。
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昨日、年末までの執筆スケジュールを立てました。
やはり自分を奮い立たせないと一気に文章を書かないなと思い、いろいろと挑戦していこうと思います。
ではまた。