お久しぶりです。
いよいよ梅雨が開けて本格的な夏が到来いたしましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は去年と変わらず熱中症との闘いの時期なので、今年も対策を怠らず夏を乗り切っていく所存です。
さて、現在連載中の『赤い鎖~』ですが8月中の完結を予定しております。
ラブコメってくっついたあとの引き際が難しくて、どこで区切りをつけるかな~と今も模索中ではありますが^^;
今作はいちゃらぶをメインに書きたかったので、このまま変わらずいちゃいちゃしながら突っ走ると思います。
もう少しのお付き合いとなりましたが、よろしくお願いいたします。
あと、ここから先はちょっとしたSSになります。
ギフト用に書いていたのですがなかなか時間が取れず公開がとても遅れてしまってすみません。ここで全体公開といった形で投稿いたします。温かい応援、まことにありがとうございます。
内容は1作めから、いつも通りいちゃいちゃしているタチさんとネコさんのお話です。
久々にこの2人に会いたくなって書きました。そういえばこの2人の夏の話ってなかったなと。『赤い鎖~』のキャラもちょっとだけ出てきます。
ではでは。
・SideB
大学生3年生の夏休みは落ち着かない。
社会の荒波へ漕ぎ出す時は日に日に迫っていて、周囲との会話は就活か卒論といった真面目な話題に移り変わってきている。
いまの時代は子供の数も減っているから売り手市場らしいけど、やっぱり圧迫面接や不採用続きになったらメンタル持つのか、って恐怖はある。仮に入ったとしてもそこからがスタートラインだしね。
運良く職場環境が肌に合って、運良く続けられそうな仕事内容で、運良く意地悪な社員がいない。
そんな超ホワイト企業に出会える確率は低いし、どこかで妥協して生きるために働かないといけない。どこまでも人生はガチャの連続だね。
ま、だからこそ就活が本格化する4年までに思いっきりストレス発散しておくのも大事だ。
とくにいまストレスはないけど、強いて言うならあの子と会えなくなる卒業後をふと考えたときに気持ちが沈む。
好きな人と過ごす日々は、どれだけ重ねても足りないものなのだ。
というわけで、今日も今日とて思い出の1ページを更新しましょう。
バイトを終えたあたしは、軽やかな足取りで受付を出た。
強い光が室内の明るさに慣れきっていた目を刺して、視界が眩む。
夏の空っていうと濃く力強い青色ってよりも、ひたすらにまぶしい白って感じなんだよね。
しゅわしゅわと、絶えず存在を主張するクマゼミの合唱が聞こえる。
梅雨明けしたから外はすっかり真夏日和で、火の傍にいるかのような遠慮を知らない熱気にむせ返りそうになる。
店の冷房だいぶ効いてたから若干寒いくらいだったのに、もう避難したいレベルの暑さだよ。
日傘を差していても、降り注ぐ熱線はカバーしきれていない。薄い傘生地越しにじりじり頭が灼かれていくようだ。
あまりの暑さに、あたしは遠回りの帰路を決めた。従業員専用口からぐるっと周って正面入口へと入り、突っ切る形で北入口に向かう。
あー、冷房風が沁み渡る。
「あれ、ハルさん」
北入口を出たところで、奥のベンチに見知った女の子が座っていることに気づく。
うちにちょっと前に入ってきた子だ。
前に体調を崩したとかで、シフトを代わったことがある。
本当に高校生なのか飛び級を疑うほどちっちゃくて、飲食業より読モのほうが向いてるんじゃないってくらい顔立ちが整っている後輩。
今日非番だったはずだけど、こんなとこで座って何しているんだろう。
買い物に来たなら袋ぶら下げてるはずだし、あそこは日陰とはいえ外で休む理由もない。誰かと待ち合わせでもしてるんだろうか。
「ねえ、君。ちょっと」
あらま。
高校生くらいに見える若い顔立ちの男の子が歩いてきて、後輩の目の前で足が止まる。少し屈んで、男子は親しげに話しだした。
もしや彼氏かと遠目で観察してみたけど、後輩は盾のようにバックを抱え込んで、戸惑った目を男の子に向けていた。
両足のつま先が逃げたそうに横を向いている。
どうやらナンパらしい。あたしも似たようなことは何度かあったから、一定の場所から動かないってけっこうリスキーなんだよね。
ちょっとちょっと、うちの店員勝手に口説くんじゃないよ。後輩が断れそうな状態になかったため、ここは割って入るべきか。
ベンチへと一歩踏み出したときのことだった。
「すみません。その子、困っているようですので。他を当たっていただけますか」
ここにいるはずがないと思っていた声が割り込んできて、足が止まる。
あいつが、いつの間にか2人の隣に立っていた。あれ、LINEでは家で待ってるってあったはずだよね。なぜにここへ?
「…………失礼しました」
第三者の介入に、男子はバツが悪そうに一歩引き下がった。
小声で頭を下げて、重い足取りでその場を去っていく。話が通じる子だったみたいでよかった。
後輩はあいつに首がもげそうなくらい頭を上げ下げしつつ、大型スーパーへと踵を返した。
途中声をかけるか迷ったけど、ナンパの一部始終をあたしが見てたと知られたら気まずいよね。
背を向けて、すぐ横の自販機で買う予定のなかった飲み物のボタンに指を伸ばす。
「おうわ」
気配ないから変な声出ちゃったよ。てきとーに選んだポカリを取り出し腰を上げると、背後にあいつが立っていた。
「……いつ気づいてた?」
「出入り口から出てきたときから」
「そうなるといつからお外いたねん」
「シフト表の退勤時間に合わせてだから、そこまででもない」
さらっと言い切る声に待て待て待てとつっこみの手刀をかましそうになる。
だとしても、君のアパートからここのスーパーまで5分はかかるじゃん。
他の季節なら待ちきれず迎えに来てくれたの素敵、なんて語尾にハート沸いてるけどさ。夏場はそうも言ってられない。
とっさにこれ飲めと買ったばかりのポカリを押し付け、腕を引く。
日焼け対策なのかこの炎天下でも長袖のカーディガンだから、余計に心配になってくる。半ば強引にあたしはスーパーへと連行させた。
「……無断で来てしまってすまない」
受け取ったスポドリを何口か喉に送り込んで、キャップを閉めたあいつが叱られている子供のように背中を丸める。
肩まで伸びた髪が犬の耳みたいにぺたんと垂れていて、なかなかかわいいと思ってしまった。
「怒ってないよ。熱中症を心配してただけだから。それに、うちの後輩助けてくれたしトータルでプラスなんで」
「余計なお世話かと迷ったが、……あ、貴方みたいに綺麗な人だと対象を変えるかもしれないと」
「そうだったの。頼もしい彼女で鼻が高いですねぇ」
はっきり口にすると、あいつの肩が縮こまった。こういうやりとりは一度や二度じゃないのに、未だにうぶな反応が帰ってくるのが面白い。
今は他人に気軽に声を掛けられない時代だし、事実さっきのナンパも通行人は視線を投げるだけで通り過ぎていた。触らぬ神になんとやらってやつね。
そういったご時世でも、臆せず立ち向かえるこの子は本当に貴重な人種だと思う。
だから、あたしの台詞に一ミリもお世辞なんてない。
「んで、今日はどうしたの?」
「少しでも、会える時間を長くしたかったから、です」
しどろもどろになりながらもはっきり言われて、ぶわーっと頬に来てしまった。
恥ずかしがり屋なのに恥ずかしい台詞はきっぱり口にできるって、そういうとこは腐っても手綱を握る側なだけある。
理由は分かってるくせにわざわざ聞くあたしも、なかなか誘い受けなとこあるけどさ。
「じゃあ君のリクエストにお答えして、今日は朝までいるよ」
なにか返ってくる前に手を取った。指を絡めると、応えるかのようにぎゅっと握りしめてくる。
言葉で、態度で。独占欲をこうして出してくれるから、この子といるとすぐ表情筋がふやけてしまう。
これでも高校までは冷淡というかつまんねえ子供って自覚があって、相手に合わせて笑ってやるのが多かったのにね。恋って人格変わるんだね。
さて。せっかくスーパーにいるんだし、夕飯のおかずもついでに買って帰りますかね。買い物カゴの取っ手を片方ずつ持って、食品コーナーへと足を運ぶ。
氷漬けの魚を眺めていると、あいつが話を振ってきた。
「就活への疑問なのだが」
「はいはい」
「自己分析というものが、よく分からない」
「あー、自分を褒めちぎるの難しいよね」
一気に大学生らしいやりとりになった。講義で教授から『自己分析』と『企業分析』は最低限やっとけと言われたらしく、苦心しているのだそう。
「面接は嘘つき合戦とは聞いているが、企業からすれば私たちは働ける年齢を満たしているだけの子供ではないのか? 会社のために働く人よりも、生活のために働かざるを得ない人が大半だろうと思ってしまう」
「それを解った上で建前を上手に言ってごらん、ってことだと思うよ」
まあね。この子、面接とか苦手そうだもんな。
そのぶん自分を売り込めそうなこと、たとえば資格や実績とかは着実に積み重ねているし、将来のビジョンもばっちり決まっている。
そこらの働ければどこでもいいや~って大学生よりははるかに、社会人としての心構えはできていると言っていいくらい。
でも、すぐれた人格者と社会人としてすぐれた人はまた別だ。
社会で嘘を付く能力は必要とされちゃうんだよね。臨機応変と聞こえのいい言葉に置き換えるけど。
正直者がバカを見るとはよく言ったもんだ。
「なら、他己分析ってのをやってみよっか」
「他己?」
「うん。他者の客観的な視点を取り入れて、自己理解を深めること。少なくともあたしは、君のいいところ10個は余裕で挙げられる自信はあるけど」
「なら、私はその倍だが……」
「あはは、ありがとよ」
これから長い時をかけて共に過ごすパートナーには、長所も短所も知ってもらったほうがいい。
最初から相性ばっちりの恋人同士なんていないんだし、いろいろぶつかってお互いへの理解を深めて、ちょうどいい形におさまっていくのが長続きの秘訣だと聞いた。
付き合って、それまで優しいと思っていた一面はぜんぶ自分と付き合うために装っていただけで、こんな人だとは思わなかったとギャップに苦しむカップルの話だって聞く。
愛されるための努力も怠ってはならんのだ。
「んで、今日は鮭にする? バジル散らしたやつもあるけど」
「それだとレモンがあるといいかもしれない。付け合せの野菜はパプリカとブロッコリーのにんにく炒めみたいな感じで」
「あ、それいただきー」
ときどき将来のことを話しながら、一緒にどんなご飯を食べるかスーパーを周っているこのひとときがなんでもないことなのに楽しい。
きっと、この子となら大丈夫だと。根拠はなく学生の夢見事と思われても、あたしは信じている。そうなれるように歩んでいくつもりだ。
今年もまた、いい夏になりそうですねえ。